(3)
そこは南北と東西に延びる大通りが交差する交通量の多い場所で、学生だった当時、加代をはじめ大学の友人とよく溜まり場にしていた「
「懐かしいわ。まだちゃんと営業してるんだ」
私は加代の車を降りてドアを閉め、加代も後部座席から藍那を抱き上げてドアを閉めた。夕方になり、店内には次第に客が入り始めていた。店員は、乳児がいるためか、禁煙席の中でも客の少ない端の方の席を案内してくれた。椅子に座って、テーブルに置かれたメニューに目を通していく。
「あっ、まだサラダうどん残ってるね」
昔よく食べたメニューがまだ定番として残っていることが嬉しくなり、私はそれとドリンクバーを頼んだ。加代も「いいね、それ」と言って同じものを注文し、もう一つの定番であった枝豆と、ほうれん草のバター炒めも注文した。
「まだ授乳中だからか、すごいお腹が減るんだよね。本当は一番の定番だったフライドポテトも食べたいんだけど、母乳に悪いと思って、まだ自主規制中」
「あっ、確かに。それがあったわ」
私も当時を思い出して答える。加代もそれに笑顔で返すと、授乳ケープを巻いて藍那に授乳を始めた。
「まだほとんど水みたいなものだけど、離乳食を始めてるところなの。おっぱいも平日はそんなにあげてないから、そこまで飲んでることもなさそうだし」
そう言って藍那を優しく見下ろしながら授乳している加代を、つくづく大人だと感じながら眺めていた。
(私なんか、まず相手からよね)
前の会社の時は、とにかく忙しくて出会いの機会がなかった。合コンに行ったりもしたが、IT系の社員がセットする相手というだけあって、根暗でオタク系の男か、逆に激しく遊んでいるという軽い感じの男が多く、これは良かったという記憶はない。その結果、就職してからは付き合った経験が無かった。今は、会社も辞めてしまったので、尚更出会いの機会はなくなるだろうと思われて、やや暗い気持ちになってくる。
「どうしたの?」
「あっ、いや……何でもない」
「そう。……それにしても、本当にここには良く来たよね」
授乳を終え、そう言って藍那を抱っこし直した彼女を見ながら、私も頷く。確かに、普通にご飯を食べるだけではなく、試験直前の勉強や卒論の作業でも来ていた気がする。ふと周りを見回すと、勉強しているような感じの若者も目に付く。どうやら、今でもそのような使われ方をしているらしい。
「ちょっと聞きたいんだけどね。あの市川さんは、どんな感じの人なの?」
急に加代に尋ねられて、えっ、と思わず声が出た。
「どんなって……ううん。私もまだ少ししかこの仕事をしていないから、正直よく分からない。怪しい感じがしたかもしれないけど、占い師っていうよりは、気軽な相談相手って感じかなあ。まあ、私が言うのもなんだけど、少なくとも悪い人ではないと思う」
そう、と加代は頷いてから、オレンジジュースを飲んだ。
「あの人にどんな相談をしたの? 私、実は何も聞いていなくて」
「そうなの? まあ、相談したのは、寛さんだから、私も全部知っている訳じゃないんだけど」
加代はそう言いながら藍那を見下ろした。
「さっきも言ったけど、寛さんは、次のステージに上がるのに重要な場面でね。だけど思うような成果や評価がなくて、正直焦ってるみたいなのよ。私も仕事復帰したばかりなのに、寛さんの都合で急に藍那の面倒を見ないといけなくなったりして、結構イライラすることもあってさ。そんな時に、寛さんがどこかで市川さんの事を知ったらしいの。相談は完全無料だというし、寛さんがメールしてみたら、しばらくして回答があったから、とりあえずお願いしようって」
「ふうん……それで、どんな回答があったの?」
「ええと……確か、何か印象に残る夢を見たら、それを自分と会った時に教えてほしいって。寛さんは、夢なんて覚えてられないと言ってたけど、来てくれる日も決めてくれていたから、とりあえずやってみることになったの。そうしたら、数日経って、寛さんが妙に内容を覚えている夢を見てね」
私は加代の話に頷く。すると、やはり相談者は寛のようだ。その時、快の言葉が頭を過っていく。
『この話は、命の終わりに近づいている人から相談があります』
寛であれば、もう一つの条件である「後悔がある」ということも当てはまるような気がした。自分が学生の延長のようなものであり、加代に収入を頼っているような生活をしていることを後悔していることは十分にあり得る。しかし、それならば、寛に命の危険が迫っているということだ。無意識に強張った表情をしていたのか、加代が不審そうに私を見つめてきた。
「美里? どうしたの?」
「あっ、いや……あの、そんなにこの占いって当たらないと思うよ。これまで何度か私も見てきたけど、本当に参考程度なものだったから。あんまり信じない方がいいと思う」
「ああ、それはもちろん分かってるわよ。私も占いは信じる方じゃないし、所詮、占いは占いに過ぎないと思ってる。寛さんだってそうよ。ちょうど研究室に泊まり込んでウトウトしていた時に夢を見たみたいで、面倒だからって自分のスマホに夢の中身を録音したみたいなの。私にもそれを送ってくれて、後で聞かせてもらったら、寛さんがどこかの大学の助教になっているみたいな夢だった」
「そ、そう……」
私は冷や汗を感じながら精一杯平然とした様子で答えた。その時、藍那がワアワアと声を上げたので、加代は藍那を抱っこ紐に入れて抱きかかえる。加代が背中を撫でていくと、次第に声が治まっていく。
「そしたらね。実はね……私も見たの」
えっ、と私は聞き返す。
「見た? ……って何を?」
「同じような……不思議な夢」
ハッとした私の前で、彼女は持っていた薄い青色のトートバッグを開いた。そして、折りたたんだ紙を取り出して私の目の前に広げる。
「夢なんてすぐに忘れるだろうって思っていたんだけど、しばらく覚えていたから、不思議に思ってね。仕事中に何気なく要点をメモしておいたの」
「ふうん……そ、そうなんだ」
「そうだ! せっかくだから、もう一度思い出しながら美里に話しておくわ。夢の話で占いをするということなら、寛さんだけじゃなくて、私の夢にも何か意味があるのかもしれないし。どう、美里?」
「そう……ね」
そうだ、それが仕事ではある。ただ、直接の相談者ではないにしても、目の前の昔の親友から同じような夢の話をされるのは良い気持ちではない。内容を聞きたくない気持ちがあったが、その夢は既に加代自身の手で文字にされてしまっているし、どうせ明日には快に伝えられることになる。
(——相談者は、寛さんなのよね)
そう自分に言い聞かせる。初めに快に相談メールを送ったのは寛だ。そして寛は夢を見たらしい。だから、加代の夢には何も意味がないはずなのだ。
私は頷いてから、バッグからスマホを取り出して録音機能を立ち上げる。そして、「じゃあ、お願い」と言うと、加代はテーブルの上に置いた紙に視線を落として話し始めた。
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