【短編】恋は盲目

たかしゃん

【本編】恋は盲目

 町外れの田舎に若い女の子がいた。

 名をジラーノと言う。

 彼女は努力家であり、真面目で愛想もよく、気立てのよい少女として知られていた。

 職にしている店の給仕もはじめは失敗も多かったが、よく努めて、そのおかげか評判もすこぶるよかった。


 しかし、ひとつだけ、何とも言えない欠点があった。


 それは、一言で言えば美しすぎること。

 彼女と目のあった者は、その美しさに目を奪われて、悉く恋に落ちるのだ。

 これ自体は、さほど欠点とは言えない。


 問題はそのあとで、彼女は想いを告げに来る男たちに、にっこり笑いかけると、そのすべてに快く返事をしてしまうのだ。


 たちまち店は歓声に包まれる。


 そして、始まるのは、誰が一番彼女を思っているかを賭けた取っ組み合いの大乱闘だ。

 詰まるところ、誰か一人を選べと迫れば良さそうなものだが、彼女の美しい目を前にして、男たちはいつもタジタジで、自らの豪傑さを誇示して争う以外の、何も出来なくさせてしまうのだ。


 客が少なくなってきたあるとき、男たちは珍しく悪知恵を働かせ、こっそり、彼女の背後に近づき、柔らかい布で目隠しをした。

 きっと、いつもの調子で、愛嬌のある仕草であしらってくれるだろうと期待していたのだ。

 だが、男たちは途端にすっと胸の内が冴えていくのを感じた。

 なぜだろうか。

 ときに殴り合いにまで興じていた男たちが神妙に考えあぐねていると、目隠しをされたままの少女は布を濡らし始めてしまった。


「私は悪魔なのです。私の目を見た人は、私に釘付けになってしまうのです。この目のせいで、みんな私に夢中になってしまうのです」


 懺悔するようにそう告げる少女に男たちは大層困惑した。


 そして、ひとりの男が、どうして自分達の告白を受け入れたのか問うた。


「もし誼の誘いを断れば、私は熱のない石になってしまうでしょう。悪魔とはそういうものなのです」


 あまりのことに呆然とする男たち。

 何か言葉をかけるべきか、再び悩んでいる間に少女は深く頭を下げた。


「皆様の想いを弄んでしまったこと、申し訳なく思います。もう二度と、この目は見せません」


 そう言い残すと足早に店を飛び出してしまった。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 彼女は真面目だ。

 あんなことがあっても給仕の仕事をほっぽり出すことはしない。

 男たちも漢だ。

 あんなことをしでかしてしまったのに、彼女を放っておくことは出来ない。


 いつものように落ち合った、いつもより静かな店は、誰にとっても居心地が悪いものだった。


 彼女は男たちに宣言した通りに、目隠しをしたまま給仕の仕事をしていた。

 それを咎めるもの、理由を問うもの様々だが、彼女は僅かばかりの謝意の言葉とぎこちない笑みを返すだけだった。


 彼女にとっては、見ずともできるほど慣れ親しんだ給仕の仕事であったが、いざ目隠しをしてとなると、何事も上手くいかないようで、何もないところで躓いたり、運んでいる物を客にぶつけたりと、踏んだり蹴ったりの様子だった。


 彼女の頑張りも虚しく、ひとり、またひとりと客が店を去っていく。


 それをみかねてか、男たちは給仕の仕事を手伝い始めた。

 皿が零れ落ちる寸前に手で素早く受け止め、料理を待つ客の席まで丁寧に彼女を手引きした。


 男たちの仕事ぶりは、いつもの殴り合いとは打って変わって繊細かつ的確であり、いつも店に来ては彼女を見つめていたからか、とても慣れた所作だった。


 声で男たちに気づき、終始驚いていた彼女は、何故助けてくれるのか男たちに問うた。


 当然の疑問に男たちは、仲良く順々に答え始めた。


「あのとき、僕の胸の内は、さざ波ひとつないほど冴え渡っていた」

「すべてはキミの言ったように、美しいあの目のせいだと思っていた」

「あのときは、本当にそう思っていたんだ」


 男たちは言葉を続ける。


「確かに、キミが目隠しをしてからは悶々とした思いがどこかへ沈んで行った。けれど、僕たちが見ていたのは、キミの目だけじゃないんだ」

「そうさ。この給仕の仕事だって放り出さずに頑張っているし、僕たちのことを避けることもない」

「目のことだって、言わなくても良かっただろうに、正直に僕たちに打ち明けてくれた」


 男たちの胸の内は、月のように冴えていたが、どうやら想いのそれまでは冷めていなかったようだ。


 目隠しをした少女は、まさに目から鱗の様子で立ち尽くしている。


 少女の様子を知ってか知らずか、男の一人が口を開いた。


「だから、目隠しなんてしなくてもいいんだ」


 しかし、少女は「これ以上、あなた方の心を惑わしたくありません」と丁重に断った。


 その言葉に、男たちは頷き合った。


「なら、俺たちが君の目になろう」

「キミの手助けをしたいんだ」

「大丈夫、気にしないで」

「だって、もう僕たちの目は君に奪われているのだから」


 次々と紡がれた男たちのそれに、少女は再び目を遮る布を濡らした。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 程なくして、店は繁盛を極めた。

 目隠しをした給仕がいると巷を賑わせ、多くの人々が訪れたのだ。

 男たちの甲斐甲斐しい手助けもあり、いつしか少女の目隠しは、公然のものとなった。


 それでも、少女の気立てのよい人柄に惹かれて、店は繁盛を続けた。


 あるとき、意地悪な風が吹いて目隠しが外れ、少女は思わず客の目を見てしまったが、何も変わったことはなかったそうだ。

 たまに、想いを伝えにくるものも現れるが、悉く散っていった。

 それからも、看板娘のジラーノは、目隠しをし続けるのであった。



 余談だが、悪魔は人の恋の力を食らう魔物とされ、恋に落ちると力を失うと伝えられているらしい?


 このことを指して人はこう呼ぶ。


 恋は盲目――と。

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