第11話 急にぶつかり
夜がふけて、イライラはムラムラに変わった。
公民館での出来事を頭の中でくり返して、ハラをたて続けていたら、
(……したい)
と猛烈に思うようになった。ことわっておくが、あの男とそれをしたいわけではないし、ヤツが口にした「性奴隷」といったR18ワードのせいでもない。
突然、体の中からわき起こったような感じがするんだ。
(たまらん。じっとしてられない!)
くぅおーーーん、とぼくは心の中でオオカミの遠吠えをする。
ベッドの上でふとんをつかんで右にごろん、左にごろん。
誰かが恋しくてたまらない。さわりたい。さわってほしい。
え……えちえちしたくてガマンできぬ。
カタカタッとスマホがうごく。
画面をみておどろいた。
(あいつ、千里眼でもあるのかよ)
そこにはこうあった。
「Hな気持ちカナ?」と。
ぼくの本体の〈
つづけて、
「わかる、わかるよ~~~」
「そのへんは女子も男子といっしょだね」
「仲間! 仲間!」
「ではでは、あとはごゆっくり…………」
こら、とぼくはフリックで入れる。
「ツッコミどころありすぎ。てか、なんでぼくがエロくなってることを?」
「周期」
「は?」
「えーとね、体が入れかわったのがさ、だいたい生理が終わったところだったからー」
うっ。
女のヒトから「生理」だなんて。なまなましい。
言わせちゃいけない言葉を言わせた気がしてドキドキしてきた。
「今日ぐらいが排卵期だね。周期ってそれ」
「いやいや。わからん」
「ざっくり言うとね、私の体は、月末がきたらちょっとだけエッチになるってこと」
「まじか‼」
ならば、あと質問すべきことは一つだ。
「そんなときはどうしてる?」
シーンとした室内。
ベッドの側面にずうずうしくもたれている、特大サイズのクマのぬいぐるみと目が合った。
「私のほうは、うまくできたよ」
!
体を走る電撃。
うまく言えないが、こう……きわめて変則的ながら、ドーテーをうばわれたぐらいの衝撃だ。
女子校のJKが、お嬢様と呼ばれてる女が、ぬ、ぬ、ぬぬぬぬ
「ぽん! って感じで抜いたよネ」
そんなコルクの
ぼくも、初回はけっこう手こずったんだぞ……。やりかたがイマイチわからなくて。
「想像以上によかった♡」
「でも勇気の健康を考えて、あまりしないようにはしてるよー」
「遊希。もうぼくの話はいい。こっちの話だ。女の体の場合、〈抜く〉にはどうしたらいい?」
「あ、ごめ。
「遊希?」
「じゃあまた」
それっきり、何もこない。一時間も待ってみたのに。
はー……。
最初から部屋にはぼくだけだったけど、なんだか急に一人ぼっちで取り残された気分だよ。
(まてまて)
どうして頭ん中に、歴代の〈クラスでイケてる男子〉のことが思い浮かんでる?
もしや、これをオカズにつかえとでも?
……そうか、この体は遊希で、あいつは
(ぼくの記憶にあるヤツばっかりだな。遊希のほうはいないのか? あいつが好きな人とか初恋の男の子とかは――)
んー、と眉間に力を入れてがんばってみたが、思い出のカケラすら出てこない。
遊希自身の〈過去の出来事〉がぼくに流れ込んでくる――それを彼女は〈
ただ、
(これは)
思い出そうと
夕やけの空の、小学校からの帰り道。
「白いところしかふんじゃダメなんだぞ? いいか?」
「うん」
「じゃあレッツゴー!!!」
元気よくあがった右手。
ピンクのノースリーブの服と小麦色の肌。髪は耳だしのショートカット。ちょっとだけ茶色が入ってたかな。サラサラで。
小五の一学期だけ同級生だった女の子だ。
セットであだ名も思い出した。
はは。なんであんな、女子っぽくない呼び方で呼んでたんだろう。
帰り道だけじゃなく休み時間にも、向こうが女子のグループを抜けてやってきて、ときどきおしゃべりとかした。
そう、モテ期だ。
ぼくにとっては小五のこのときが唯一のそれ。
が、JSと下校デートというリア充生活が、ながく許されるはずもない。
まわりから冷やかされ続けることに、ぼくが耐えられなくなった。
一学期の終わりぎわの、小学校の正門前。
「なんで⁉ べーやん、今日もいっしょに帰ろうぜ!」
「…………ごめん」
「よっしゃーー! これからおれらと遊びにいくんだよなー? な、
こくっとうなずいて、ぼくはあの子に背を向けた。
そのあと、ふりむくことができなかった。
そして二学期に登校すると、彼女の机もロッカーも、すでにからっぽになっていたんだ。
(――しんみりしちゃったな)
あーあ、もう寝るか。
翌日。
「遊希にダ~~~~イブ‼」
うそだろ。
教室の入り口にあらわれるやいなや、ぼくに狙いを定めて、両手を広げながらこっちにくる。
ほぼほぼ180センチごえの体なんか、受け止めきれるか。こっちは160センチ台なのに。
全力のパーを向けて制止した。
「む!」
「メガヨ。おはよう……」
「あーいいにおい。いい触り心地」
突撃こそやめてくれたが、ぬるっと距離をつめられて、ハグされてしまった。
で、スムーズにぼくのおしりにまわされる手。
はあ……やってることは痴漢だろ、これ。
「遊希タイムじゃ~~~」
「ちょっとまて。おい。スカートの中に手をいれるのは……」
「ほれほれ」
くそっ。
もどかしいぜ、性格はともかく、そうとうな美人とこんなにくっついてるのに、ムラムラの出口がないから体の中にたまっていく一方だ。これぞ欲求不満。
昼休み。
ぼくは少しでもHな気持ちを解消するために、校内を散歩していた。
すると曲がり角で、
「あっ」
出会い頭に誰かとぶつかってしまった。
「ごめんなさい!」
「気をつけろ! バカ野郎!」
えー……。
そんなに怒ります?
こっちは、ちゃんと気をつけてたぞ。
むしろ、あやまるのはそっちだろ。
「ったく。ふざけんなっつーの」
ぼくは立ったままで、相手はしりもちをついていて、吐き捨てるように言った。ちょうど〈M〉の形で脚がひらいているが、肝心な部分はスカートにガードされている。
「手」
「は、はい?」
「手ぇ引いて、私を立たせるんだよ! そんなこともわかんねーのか!」
口わるっ。
よくみれば、リボンタイもつけてないし、中のブラウスも第三ボタンぐらいまであけている。あまり目にしない制服の着方だ。
この子は不良か? ヤンキーなのか?
(とりあえず、言うとおりにしよう)
「どうぞ」
「ふん」
がちっと握り合ったとき、奇妙な感覚があった。
(…………あれ?)
お互いさまなのか、彼女も首をかしげている。
耳をだしたショートヘアで、きりっとした眉毛の女の子。
そのままじーっと棒立ちで向かい合った。
なんとなく、自己紹介する空気なのだろうか。
「ぼ――――わ、私、
聞き終わって、一回、はっきりした音の舌打ち。
で、いかにもしょうがねぇなという口調で、
「
「ジーク」
無意識に、昨晩、久しぶりに思い出したあの子のあだ名を呼んでいた。
「……あ? いま、なんつった?」
「いやいや、べつに!」
「ちっ」
だるそうに前髪をかき上げて、キュッと細めた目でにらみ、彼女は背を向けた。
露出している二本の足は、夏の日焼けが残っているような色だった。
(へんな歩き方だな)
両足を交差させたり、ちいさくジャンプしたり。
あんなふうだから、前をよく見てなくてぼくとぶつかったんじゃないのか。
ハラたつなー。
(まあ、もう顔をあわせることも――あっ!)
彼女のローファーの着地ポイントの色。
白い。
床には、バラバラに色が塗られた大きい四角形がならんでいる。うすいイエローと雪のような白の二色。割合は7:3ぐらい。
(白いところしかふんでない)
数メートル先で、彼女がふりかえった。
「…………なんだよ」
バツがわるそうにこっちを見るその顔は、ほのかにピンク。
あはは、と愛想笑いして、ぼくはその場から逃げた。
(そういえば、風のウワサで〈お嬢様学校〉に転校したとか耳にしたかも)
なら十中八九、あれは
ショートカットで元気いっぱいの女の子がそのまま高校生になったって印象だったな。……ちょい、ワルそうになってるのが心配だが。
放課後。
教室を出たところで、ぼくは二の腕をつかまれた。
「はっ⁉ えっ⁉」
「私を『ジーク』とか呼びやがったな……神戸サンだっけ? アンタ、もしかしてある男の子と知り合いじゃねーのか?」
「おっ、男の子とは?」
「
「もし、その彼と知り合い……だとしたら?」
「会わせてくれ!」
片手で胸元をおさえ、真剣な顔つきの彼女は大声でいった。
「いまでもアイツのことが好きなんだ!」
二人のユウキ ♂♀ 嵯峨野広秋 @sagano_hiroaki
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