第10話 宿敵の横切り
ぼくは陰キャだ。
だから、彼女もちの男友だちがいるというグループとは徹底的に無縁だった。
陽キャのやつらはモンモンとしないのか?
自分の友だちが、テストで学校が早く終わる日や、休みの日とかに、つきあってる女の子とどエロいことをしてるなんて……
(シンジラレナイ)
心の中のぼくは、あまりの衝撃にカタコトになっていた。
目の前にいる、この妹系でショートボブの愛くるしいJKが、すでにアダルトだったなんて、…………
(イヤっ! シンジテマス!)
むん、とぼくは胸をはった。
まだあきらめるのははやい。
「えーっと、そ、その、男っていうのは……」
「ってかさー、ユウちゃんは――」
教室までの道では、さりげなく話題をそらされてしまった。
「じゃーバイバイ。わるいけど、放課後はソッコーで下校する予定だから」
「うん……また明日だね。サッチ…………」
「なにヘコんでんだよぉ。元気だせーーーー!」
おらぁ、とぼくのバストに逆水平チョップを寸止めで撃ってきた。なにくそおらぁ、とぼくもこれを撃ち返す。ネットで動画をみて、このやりとりを学んだ。プロレスでよくある
体を動かして声もだして、ちょっとテンションは上がった。
一回、チョップのブレーキをミスって、ふに、というやわらかい感触があったのはここ最近で最高のラッキー。
「なんかあったらラインな」
ぼくに笑顔で言って手をふって、その終わりぎわ、サッチはひそかにピースしていた。
おい。そんなに、今日の約束がうれしいのかよ……。
くそっ。
なんかNTRされた気分だぜ。
(いや待て。まだ彼氏アリ確定じゃないだろ)
とりあえず情報収集だ。
「遊希遊希遊希」
「……いや、あの、あいさつより先に名前連呼じゃなくてさ……」
ひとつのイスを半分こして座っている――というか彼女が強引に座ってきたから結果的にそうなったんだが――長身モデル女子のメガヨ。
まずは、こいつに聞いてみるか。
「ちょっと。おしりをくっつけてくるなって」
「え~、スキンシップでしょ~?」
「ずばり聞くけど」
「もう、こんなに人目があるとこで、言葉責めとか……」
「ちがくて」
鼻先をくすぐる外ハネの髪をよけながら、ぼくは言った。
「サッチって男いたっけ?」
瞬間、赤フレームのメガネがきらりと光った。
「ワクぼうがぁ~?」メガヨは、サッチを名字の
「いや……知らないの?」
「もー遊希ったらー。私が短期留学にいってたの、早くもお忘れ?」
そうだった。メガヨは先日、留学から帰ってきたとこだっけ。
ということは……少なくとも〈長いつきあい〉ではないってことがわかったな。
「あの子もとうとう大人のオンナの仲間入りかー。なんか、カンガイぶかいものがあるよね」
「……あんま聞きたくないけど」
「なにその前置き」よい、とメガヨが体をぼくに密着させる。女性の上半身のやわらかい部分が、おたがいに形をかえるほどぶつかっていた。「ばっちこーい、遊希!」
「メガヨって――処女?」
「処女」
うわ即答。
ひくほどバリはやで答えやがった。
いや、おまえは処女じゃなくていいんだよ。痴女らしく経験ずみであってくれよ。
「うばってちょうだいな~~~」
「ええい!」
抱きついてくるメガヨをふりはらう。
はっきり言って、
サッチだサッチ。
(男はみんなケモノだぞ。アレのことしか頭にないんだから)
というわけで、尾行することにした。
もしあの子に悪い虫がついていたら、即、ひきはなさないといけないからな。
最後の授業が終わると、ぼくは猛ダッシュで正門の近くに潜伏した。
(……きた!)
追いかけよう。
だが、学校の門を出て30秒ぐらいで、
「お嬢様」
と声をかけられる。
「なにかのお
「あー……」もう正直にいくか。「前。あの小柄な女の子わかりますか?」
「はい。ご学友の和久様ですね」
「あ、知ってたんだ」
もちろんです、と小声で言い、うやうやしく頭を下げる。
「あの方が、なにか?」
「放課後、これから男と約束があるって……」
「気になって尾行を?」
「まあ、そんな感じで」
ふっ、と伊豆さんが口元だけで微笑した。
「その必要はないかと存じ上げます」
「えっ? どうして?」
「お車にお乗り下さい。すべて説明しましょう」
そして移動すること30分ほど。
ついたのは、どこかの公民館だった。入り口の前が扇状の階段になっていて、下りきったところは広場みたいなスペースになっている。そこにたくさん人がいる。なにかのイベントがあるみたいだ。
「和久様の趣味、
「なんで……あっ!!!」
近くのポスターが目に入って、ぼくはすべてを理解した。
プロレスの試合だ。
ぼくはサッチにラインして確認した。
すぐに「そうだよ」ともどってきた。
「男と約束っていってなかった?」
「男も男!っていうか漢!気分はデートみたいなもんだから!」
はー、そうかー。とりあえず安心したー。
胸をなでおろしていると、運転席から、
「手配できましたが、いかがされますか?」
「手配?」
「席は和久様のとなりでございます」
「あっ! みるみるっ! ありがとう伊豆さん!」
がしっ、と彼の手をとって握手した。意外に
「トラブルの可能性もゼロではありませんが……監視されていると思うと、あまり愉快ではないでしょう。私はこのまま車に残って、お嬢様をお待ちすることにします」
ビルの間のパーキングに車をとめて、そこで伊豆さんとわかれた。
「おーーーい!」
「ユウちゃん!? なんで?」
きけば、チケットがそれなりの値段がするから、ぼくをさそわなかったという。
あと、まわりがガチ勢ばっかで〈浮く〉からって。
(はじめてだけど、おもれー)
生々しいヒット音や選手の息づかいまで聞こえてきたり、ばん、と足元にまで倒れたレスラーが接近してきたりで、全然飽きない。
そこに、
「失礼」
ぼくとサッチの前を横切って、誰かがとなりに座った。
レスラーよりかなり線がほそい、ふつうの男の人だ。
「大チャンスかな? いまなら、おれとキミの間に邪魔は入らないね……」
ひとり言にしては声が大きすぎる。
あきらかに、ぼくに向けた言葉だ。
「おそいよ。もうまわりは固めてる」
「……あなたは」
「おれがパチンと指を鳴らすだけで、楽勝で
「こんなに人がいるのに?」
「誰かが気を失って、それを救急隊員が運ぼうとする――キミはそれを見ておかしいと思うかい?」
うそだろ。
つまり手下は全員、救急隊員にカモフラージュしてるってことかよ……。
想像以上に、こいつはヤバい。
「これからどうなるかは、キミの態度次第だ。おれの
カンカンカンとゴングが鳴った。
この男と反対側の、ぼくのとなりのサッチをみる。
めっちゃ感激してる横顔。目をキラキラさせて。心の底から、今日のイベントを楽しんでるようだ。
……台無しにするわけにはいかないよな。大事な親友として。
「いいよ、やれば。でも、
「ははっ! ジョークですよジョーク!」
拍手しながら男は立ち上がった。明るい茶髪に、遊び人がお金をかけて仕立てましたって感じのチャラいスーツ姿。
「よけい好きになりました。いい態度でしたね~。それでこそ……奴隷にしがいがあるってもんだ。ではまた、近いうちに」
目を細めただけのヤな感じの笑顔を向け、立ち去っていく。
ぼくはテレビではモザイクがかかる一本の指を、あいつが消えたほうへ思いっきり立ててやった。
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