第9話 男性の影あり

 ひとつ、テクニックがある。

 いつどこで知らない人に出会ってもいいように、ネットでしらべたんだ。たまたま再会した、誰だったか思い出せない人にどうやって声をかけるか、ってやつを参考にして。



「えーっと、名前は……なんでしたっけ?」



 ぼくは運転席の彼に声をかけた。

 フードコートでからんできたヤカラを文字どおり――瞬殺――したスゴ腕の男の人に。


「私の名、でしょうか」

「はい。ど忘れしちゃって……」


 ふっ、と息をはいたような小さな音がして、

 運転席のシートごしに、ななめにこちらをふりかえる。

 その目は予想以上に冷たかった。


(こ、殺し屋かよ)


 ちょうどワケありげな古傷がついたほうをぼくに向けているから、迫力倍増。

 思わずツバをのみこんだ。


「イズでございます。お嬢様」


 ノータイムでぼくは、これを打ち返す。こここそがテクニックなのだ。


「それはわかってるよぉ~~~~」

「……」視線を前にもどして、進行方法にペコリと頭を下げた。「これは失礼をいたしました」

「み、名字はイズさん……だよね? 知ってる知ってる。私が忘れたのはぁ~、アナタの下の、な・ま・――――」


 ギン!!!! と強い視線。

 えーーっ!!! とぼくは心で悲鳴をあげる。

 ギリギリですまし顔をキープしてる〈お嬢様ぼく〉を見たまま、彼はちいさくつぶやいた。


「リュウ」


 龍? 竜? まあ、漢字なんかどうでもいいけど。

 この人にぴったりすぎる響きじゃないか。

 そしてつけ忘れたように、ひと文字足して「コ、でございます」。


(りゅうこ……? まさか、龍と虎で龍虎りゅうこなのかっ!?)


 イズは伊豆半島の伊豆だとして――伊豆いず龍虎。

 これで名前負けしてないんだから、エグぅ。


「それより、話を阿辺勇気にもどしますが」


 ウィンカーをカッチカッチと鳴らし、左に寄せて車をとめた。


「いったい何者……でございますか?」

「えーーーーーと」声を長く伸ばして、できるだけ考える時間をとった。ここからの発言に、矛盾やおかしなところがあってはいけない。あったら最悪――


られる)


 車のドアは、さりげなくロックされていた。

 この中は完全な密室だ。


「どうか……されましたか? もしかして、言いにくい理由でも?」

「友だち! ただの友だち、だよ?」


 窓にはドス黒いフィルムがはられている。そこにうすく映っているのは、萌えそでぎみに青いデニムシャツを着ているポニーテールのJKだ。

 外を歩く人に助けを求めても、たぶん気づいてもらえない。


「失礼を承知でお尋ねしますが、あの御仁ごじんはあの日、こう言いましたね……『おれがもらった』と」


 っ‼

 やっぱり、あの〈遊希との初対面〉の日も尾行されていたかっ‼


「なんの変哲もない、彼自身が召されていたジャージを指さして言っていたようでしたが」

「え!? う、うん、そうだよ。あれは私が彼にあげたの。た、誕プレだよ誕プレ!」


 そうでございましたか、と小声でいう。


「私はてっきり、お嬢様が大事な何かをあのヤロ……こほん失敬、御仁に奪われたのではないかと、内心、そう案じておりました」

「伊豆さん」


 ここはふんばりどころだ。

 ある程度勝負に出なければいけない。……ボロが出る前にな。

 なれっ。なるんだっ。お嬢様にっ。


「私の友人を疑うのもいけませんが、私のプライベートを盗み見るのは、あまり関心しませんね」


 わ。

 いきなりポーカーフェイスがくずれて、悲しそうな顔になった。

 音であらわすと「しゅん……」という感じ。下にうつむいている。


「申し訳、ありません」

「わ、わかればよろしい。じゃなくて、よろしいのデス」

「もう一つ、先日のことも謝罪させて下さい」


 くるっ、と天井のひくい車内で彼が飛んで回る。

 体をぼくのほうに向けて、シートの上に正座の姿勢。

 ふと、ツンと鼻をつくにおい。

 この人、イカつそうな雰囲気のわりに、ずいぶん甘い香りの香水をつかっているな。


「私としたことが不覚をとりました……ちょうど近くにポリこ……ごっほん、おまわりさんが見えたもので。その一瞬のスキをつかれてしまったのです」

「なんの話ですか?」

「遊希様の許嫁いいなずけの殿方でございます」


 思い出したくない光景を思い出した。

 通りすがりに「性奴隷せいどれい」とかブッこまれた件。


「今後、あのようなことがないよう、いっそうお嬢様の護衛に粉骨砕身で――」ぴく、と細い眉の片方が上がった。「お嬢様、スマホが動いたようですが」

「え? ああ……」


 ほんとだ。言われて気づいたよ。そしてびっしりかいてる手汗にも気づいた。


「ラインきてる」

「左様でございますか」

「かえしても……いいかな?」

「私はお嬢様につかえる身。それを制止できる道理など、あるはずがございません」黒髪オールバックの頭をぺこっと下げると正座をくずして、運転席に座り直した。「では、お車をお出しします」


 不自然さを悟られなかっただろうか?

 ラインの相手は、話題の〈阿辺勇気〉。

 あぶなかった。目にした瞬間「あっ」と声が出そうだったぜ……。



「映画なう」

「可奈ちゃんはとなりにいる」

「はじまる前から眠そう! ウケる!」 



 なにがだよ。

 しかし……あいつと二人っきりってことは、まぎれもなくデートだよな。人生初の。

 あーあ……本人がいないところで、一生の思い出をつくりやがって。



「いまぼくは、イズさんとデート中だよ」

「伊豆さん? へえ、もう接触したんだ」

「もう、って?」

「いやいや。伊豆さんはいつもニンジャみたく気配消してるからさ」



 ちら、と彼のほうを見た。

 まっすぐ前を見て運転に集中している。



「この人、つよすぎだろ」

「そりゃそうよ」

「で、すごい名前だな。龍と虎って」

「?」



 しばらくヘンながあった。どうしたの? と送ると、



「ぬふふ」



 なんか笑ってる。



「そうだよ。そうそう。たしかに龍虎。画数の多いほうの龍でまちがいなし」

「いい男でしょ?」

「いい男だよね?」

「ほ~~~んと、いい男でさ~」



 なんで3連続で、強調するように男男って言ってるんだ?

 わけわからん……。


 家について、お風呂と食事のあとに疲れがドッと押し寄せてきたので、ぼくは爆睡した。


 ――翌朝。


(今日は吹奏楽部に出るか)


 この問題はあまり長く放置しないほうがいいだろう。

 百聞は一見にしかず、フルートを吹けないっていうのを実際に見てもらえば、みんなも納得するはずだ。


「サッチ」

「ユウちゃん!」


 ぐっ、とキスできるぐらい顔が近づく。

 至福のときだ。

 毎朝、彼女とのこのコンタクトがあるだけでも、TSした甲斐があったってもんだ。……自力でTSしたわけじゃないけどな。


「おはー。おろ? 今日はポニテ?」

「うん」

「バッチリだけど……ゴム赤いじゃん!」

「えっ? かわいいと思って……」


 サッチはスクバの中をあさって、大きめの黒いヘアゴムをとりだした。


「だーかーらさーユウちゃん、うちのガッコ、先輩がキビいんだってば~」


 うしろに回って髪をとって(たぶん背伸びしてる)、ゴムの上にかぶせる感じでゴムをかけた。


「ま、これで。応急処置」

「ありがとね」

「一年は色つきの留め具NG。ちゃんとメモしとけよ」


 と、両手を腰にあてて言うサッチ。

 寝癖なのか、頭のてっぺんに触覚みたいなアホ毛がピンと立っているのが、またかわいくてたまらん。


「ところでさ」


 ぼくは言った。

 今日は、正々堂々と部活に出るつもりだって。

 てっきり、サッチもよろこんでくれると思ったのだが――


「そっか。んー、うれしいけど、残念だな」

「え?」

「放課後、約束があるんだ」


 えー。

 ショックすぎる。いっしょに部活いってくれないのか。

 冗談まじりに、


「約束って男と?」と口にしてみたら、

「そうだよ」と明るいお返事が。


「ん? どうしたの、ユウちゃん?」


 ……おい。

 ぼくの天使のサッチが、男だって?

 男???

 男がいるのかーーーーーーーっっっ!!!???

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