第8話 無敵のお守り
かよっている女子校には、ありがたくないことに土曜日も授業がある。
だからせめて日曜日ぐらいは、ゆっくり家で休みたい。
それか、遊希の友だちと外に遊びにいって、キャッキャウフフでリフレッシュするのもいいだろう。
ちっ。
ついてないぜ……貴重な安息のひとときを、こんなヤツとすごすことになるとはな……。
「なにをヨソミしておる。キサマ、立場はわかっているのか?」
ひじをピーンと伸ばして、ぼくを人差し指でさす女。
「…………わかってるよ」
「くくっ。世にも奇妙な男女のいれかわりがバレたら、ネット大炎上どころではないぞぅ?」
「あーもう、だるいなー」
ばん、とテーブルがたたかれた。コップや食器がカタカタとゆれる。
「だるいとはなんだ! だるいとはっ!」
近くの席にすわっている女子中学生っぽい子たちが不審そうにこっちをみる。
それを、
「やめろって。あきらかに向こう年下だし」
勇気、とこいつはぼくの名前を口にする。
「私は誰にもなめられたくない」ふん、と鼻を鳴らしてJCの集団から視線をはずす。「世間にも、キサマにも、そのへんの犬にもな。ただし猫だけはゆるす」
「はいはい」
ここは大型ショッピングモールのフードコート。
場所も時間もこいつの指定。で、いきなりパンケーキとコーラをおごらされた。あとアイスも。
向かい合って座っている女の子は、
ぼくの幼なじみの双子の姉妹の片割れだ。
(ぶんしんのじゅつ……?)
と、小さかったぼくはいきなり同じ顔があらわれたことにおどろいたもんだ。しかも同じ服まで着てるし。
外見は一言で言えば、ロリ。
服の趣味も、ゴスロリ。複雑な
中身は、精神攻撃系のS気質。ようするにネチネチせめてくるタイプってことだ。
「ちな、ねぇねがここにあらわれる心配はない。
「そうかよ」
「……しかし現実に見ても、まだ信じかねる。この
「おまえがポニテで来いって言ったんだろ」
「くくっ。記憶にないな」
「てか、なんとかしてくれよ、その口調。もっと女っぽくしゃべれって」
「じゃあ、見本をみせよ」
「……」
あー! なんなんだよこの地獄の時間はっ!!!
ぼくも映画いきてぇよーーー! かわいいサッチとーーーーっ!
「勇気。キサマの心の声が、のどから
「出したんだよ!」
「ふん。そう荒れるでない」よっ、と小さな体をのりだしてぼくの耳に口を近づける。「場合によっては、私が協力者になってもいい」
「まじか?」
よっ、とイスに座り直す。
そして上目づかいにぼくを見てくる。
ほんとに〈猛獣〉の姉そっくりの顔だ。ちがうのは髪型だけ。細い首の真ん中あたりの長さでスパッと切っていて、前髪パッツンのクレオパトラスタイル。この見た目と話し方なら占い師が天職といえるだろう。
「なお、キサマ……つまり
「家にでも呼んだのか?」
「そう」細い腕を組み、思い出すように目をつむる。「学校がえりにつかまえて、部屋につれこんで――あとは口ではいえないライフハックで彼女を眠らせて、ロックされていないスマホの中をチェックしたぞ」
おいおい。
こわすぎだろ、そのライフハック。
だからこいつはイヤなんだ……目的のためには手段をえらばない、頭のネジがぶっとんでるところがあるから。
「おい。誰がクレイジーロリだ」
「ぼくの心を読むなよ」
「それに近いことは、いま考えたはずだ」ふう、と小さく息をはいて、服の襟元をただす。「くくっ。安心しろ、私は強制的に眠らせたりなぞしていない。濃いめのコーヒーを飲ませてしばらく待ち、トイレにたったところを狙っただけだ」
「ずいぶん気の長いライフハックだな」
「だがおかげで、この事実にたどりついた」
ところで、とぼくはさりげなく前置きして、
「可奈のヤツには言ったのか?」
「なぜ気になるのか」
「知られたくないからだよ」
「ほんとにそれだけ?」
当たり前だろ。
ぼくは横に向いた。
そこには、
(うわっ。チョーわるそーなヤカラじゃん……いつのまにこんな至近距離に)
会話に意識がいきすぎてたか。
ニヤニヤした顔でこっちをみてる。
「ではな」
「ちょっ。おいおい。ぼくも……」
ぐい、と手がひかれた。着ているデニムシャツのそでごと。
名奈は一度もこっちをふりかえらず、爆速のスピードで視界から消えた。
「キミ、すっげーかわいいねぇ~~~。ちょっとおれと遊ばな~~~い?」
うわー。
リアルにこんな〈女にからむザコキャラ〉なセリフをいう人、いたのかよ。
バカだろ。
(スルーーーーーーっ!?)
誰かと目が合っても、スッと静かに目線をはずされる。
ウ、ウソだろ。
ここまで見て見ぬフリする?
そりゃ、トラブルに巻き込まれたくないのはわかるけ――――
「いたっ。さわらないで下さい!」
「ああぁん!!!???」
強めのボリュームで注意すると、その3倍の音量で返された。
いやマジでコレやばくね?
手をひっぱられて立たされた。そのまま、強引にぼくをどこかに引いていこうとしてる。
くそっ。プリン頭で
さもないと神戸遊希――いや、ぼくの体に危険が、
「お嬢様」
えっ、とふりかえったとき、すべては終わっていた。
男は白目をむいて口は半開きで、何事もなかったように、そばのイスにすわらされている。
(くっそ強い! はやすぎて見えなかったぞ)
ハンカチでヤカラがぼくをさわっていた箇所をぬぐい、かるく頭を下げる。
背の高い男。
オールバックで黒スーツ。
そして……目尻からほっぺにかけて斜めに一本、かんたんに〈ついた理由〉をきくことができないような古傷がある。
古いキズとかいったが、よくみると若い。
「なにか私の顔に?」
「い、いえいえいえ!」
「おかしなお嬢様ですね」
「あ、あの、ありがとう、ございました……」
ふっ、と男の口元がゆるんだ。
気がつけば、ここのフードコートにいる女性のほとんどが、みとれているように彼にクギヅケだ。
「今日はもう家に帰られますか?」
また、さっきみたいなことがあったら大変だ。当然「はい」とぼくは答える。
「では車でお送りいたします」
そこからのこの人の返事が、奇妙だった。
「お嬢様。どちらの家に帰られますか?」
え?
あの、高校に歩いて行ける距離にある家のほかに、もう一つ家があるのか?
「えっと、女子校のそばの――」
「かしこまりました」
こちらへ、と洗練された身ぶりで進行方向に手を伸ばす。
その
というか……
ぼく「お嬢様」なの⁉
車の中で、運転席にいるあの人が後部座席に向かって声をかけてくる。
「ところでお嬢様、いい機会ですのでお尋ねしたいのですが」
イヤな予感がした。
ぴん、とぼくの背筋が伸びた。
「
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