第7話 誰かの見破り
絵にかいたような、それでいて斜め上をいく最低の男と出会った。
ヤな感じの金持ちというのはドラマでもマンガでもよくあるが、あんなこと口走るかフツー。
(ぼくを
想像したくない。
あー、想像したくないってー、マジでー!
男のいいなりになって、心も体も支配されてしまう未来なんて最悪じゃないか。
(か……格闘技っ‼ あいつに襲われても撃退できる強さがなければっっっ!)
――と、さんざんネットでSWATのCQCだのクラヴ・マガなどをしらべたあとで、その無意味さに気づく。
ちゃんと道場なりジムなりにかよって、頭ではなく体のほうを動かすべきだし、
かといって痛いのはムリだし、
今のぼくの体は女だしで、
まったく強くなれる気がせぬ。
まだ、防犯グッズを持ち歩くほうが賢明ではないのか?
(てか、すでにその手のものを持ってたり……)
スクールバッグの奥のほうを
じつはこの中は、初日からあまりさわっていない。教科書類はだいたい置き勉で、全教科使用のルーズリーフをここから出し入れしているだけだ。
(!)
あった。
こんな言い方はおかしいが、フルセットでそろっている。
(スタンガン……催涙スプレー……防犯ブザー……おいおいおい)
いかに可憐なJKでも、やりすぎな気がする。
けど、心強いアイテムだ。ひとまず安心した。
――翌日。
それらのグッズを大量に所持していたにもかかわらず、
「静かになさい」
ぼくは暴漢にサラわれてしまった。
いや……女だから、
そのワリには言葉づかいが上品で、語尾が「しなさい」ではなく「なさい」。このちがい、おわかりだろうか。
倉庫のようなうす暗い部屋。
ぶ厚いカーテンのスキマから入るまぶしい光を背に、ぼくを見下ろして立っている女の子。
階段の踊り場からシュバァァァッと何人か出てきたかと思ったら、あっという間にこの部屋につれこまれて、イスに座らされて体をナワでしばられてしまった。
主犯は、このお嬢様ふうの女の子だろう。ほかにも二人ぐらい、はなれたところにいる。
「本当に――あなたったら罪な子だわ。私にこんなことまでさせて」
「あの……」
「お静かに」
「いや……」
「だ・ま・れと言っています。発言は許しませんのよ、マイ・セカンド」
毛先がカールした髪を指に巻きながら、冷たい口調でいう。
身長は160前後。出るトコは出てて、わがままな体してるぜ。
それより、いまヘンな呼び方しなかったか?
「これ以上の
「あっ。もしかして吹奏楽部のヒトですか?」
「…………熱は、ありませんね」
ひんやりした手をおでこにあてられた。
白目と黒目のコントラストがはっきりした、きれいな瞳でぼくをまっすぐ見る。
「私をけっして忘れるはずがない、あなたは私で私はあなたなのです。そうでしょう? マイ・セカンド」
あまり反抗しないほうが良さそうだ。
「そ、そうでした、ね」
「私のフルートは、あなたの旋律があってこそ完成するのです」
「はあ……」
「わかったなら、さっそく今日から部に顔を出すように」
なんとなく事情がわかってきた。
昨晩の遊希との長電話で、彼女――
「フルートはセカンドでやってる。えーと、セカンドっていうのは……まあ、早い話がファーストのサポートだね」
こんなことも言っていたか。
「ファーストは二年の先輩で、世間知らずのお嬢様。いい人なんだけど、完璧主義すぎるのがタマにキズかな」
なるほどね。
なんでも自分の思いどおりじゃないと、気がすまないってわけだ。
なんとなく、逆らってみたくなった。
「では、いきましょうか」
「いえ。いきません。今日も欠席です」
「ぬぁっ!!!!????」おすましフェイスが、一瞬でくずれた。カッと目をみひらいた変顔みたくなって。
「ちょっとワケありでして……しばらく部活は休ませて下さい」
「セカンド‼」
ナワでしばられてるといっても、ユルユルで結び目が胸元にあって、しかもちょうちょ結び。
抜けるのはたやすい。
そもそも、この先輩もかるいイタズラのつもりだったんだろうな。
「おまちなさいっっっ!」
入り口のドアに手をかけたところで、大声につられて立ち止まってしまった。
「セカンド……マイ・セカンド、私は本気なのです」
なっ!?
両サイドから、この先輩の仲間に両腕をとられてしまった。
「あっははははは、はっはは! ひーっ!」
「いかがかしら?」
「ちょっ、それっ、やめっ、あははは!」
「もっとレベルを上げましょう」
く――くすぐり!
なんてシンプルかつ効果的な攻撃をしてくるんだ。
この先輩の名前は……
「もっと? もっとしてほしいの? んー?」
やばい。
死ぬ。わらい死ぬ。シャレにならん。
指が十本以上あるようなこのテク――ただものじゃないぜ。
しかもお嬢様キャラの見た目どおり、どSかよ……。
「う、上之園センパイ」
「なぁに?」
やっと、手を止めてくれた。
「じつはですね、私が吹奏楽部に出れない理由が、このバッグの中に、あるんですけど」
「本当かしら」サッと優雅に髪をかきあげる。「一応、確認しましょうか」
ふー。
やれやれ。
だが、まだ左右に人がいるし、上之園さんの警戒も
(やるしかない)
今日のこれは冗談半分のラチだろうけど、近い将来、まじもんのラチに出くわす可能性もある。
修羅場を切り抜ける、予行演習だと思って――――
「こっちも、やられてばっかりじゃないですよ」
スクバに手をつっこみ、手さぐりでアレをつかんだ。
かたくて、太くて、棒状の……スタンガンだ。
「ひぃっ!!!???」
「そんなにこわがらないで下さい。防犯用に持ってるだけですから。でも、これ以上くすぐってくるなら……」
「変態!!!」
へ?
さっきまで強気だったお嬢様がめっちゃうろたえてるから大成功だと思ったのに、変態?
「みなさん、お逃げになって!」
バタバタバタと入り口に押し寄せて、そのまま全員出ていってしまった。
チャイムが鳴った。
カーテンの間から窓の外をみたら、空は真っ赤な夕焼け。
部屋に一人で立ちつくすぼく。
(スタンガン……じゃなかった)
どぎついバイブだった。
――あなたのメガヨより――
あいつのしわざかよ。やっぱりって感じだな。
まあでも、結果オーライ……か?
変態よばわりされちゃったけど、
(遊希からラインだ)
スマホをみる。
「ごめん!」
「ミスった!」
「私が〈
とメッセージ。
ぼくは言葉を失った。
胸がドキドキしている。
バレた……だって?
それは……、
いったいこれから、どういうことになるんだ?
「ここにいるってきいたけど、まだいるのかなぁ~」
外からサッチの声。
つづいて、がらりとドアが横にスライドする。
「おーい、ユウちゃ~~ん」
「サッチ」
「あ、いた。大丈夫?
「バイブ」
「ふつうに答えんな!」
ばし、と頭にチョップされた。
遊希の親友のサッチは、まだぼくを遊希だと思ってくれている。
まだ、今のところは。
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