山野人虎伝
「心当たり、本当に無いんですか? まだ奥さんたちや私にも話してないこと―――ありませんか?」
全く、李徴にとっては意外の
李徴は自らが虎と化してしまった事実を認めた時、日に数時間戻る人間の頭で可能な限り考え、この不思議の原因は、己の心の醜さにこそあると結論づけていた。
しかし、袁傪に促され、改めてよく検討したところ、
これまでは、複雑な思考が戻っても、それに値する知的な会話をすべき相手が周りになかった。それが袁傪という話し相手を得て、日に日に
「そう言えば―――――。……、……どうして忘れてたんだ……? ……そうだ。これは、本当にまずい。虎の所業と
「はい……! はい!」
「もうずっと昔の
李徴はひどくばつが悪そうに口籠り、虎の耳を
「ボクは、彼らの家に火を
「ただの
「全くだにゃん……。これはきっと、正直に罪を告白し、刑に服さにゃかったボクに対する天罰に違いにゃい。
李徴の自嘲癖は
「う~ん……その話自体は驚きですけど、まだちょっと具体性に欠けますねぇ……。そうだ、虎になる前の晩とか、どうだったんですか?」
「ああ……ああ、ああ。すまにゃい、少し待ってくれ……。
「げぇっ罪状追加! ……ま、まぁこの際それは置いときましょう。その後は……?」
「その時の彼女の
「何だ、よかったぁ……仲直りできたんだ。それにしても、自分の非を認めて目下の人に謝るだなんて、李徴さんも成長しましたね……」
「その夜から、だったかにゃ? 体調を崩して
「ちょっと待って!! 急に雲行きが怪しくなってきたんですけど!?」
袁傪は変わらず自嘲的な態度を取る李徴を
「あの……私、話を聞いている限り、その下僕の女性が淹れてくれたっていう"お茶"が気になりますぅ」
「……袁傪。君は
そして必ずしもそうではないことは、かつて
李徴が
「
「どう考えてもそれが原因ですよぉ!! 頭が獣になるってのは本当みたいですねッ!」
「そ、そんにゃ!? う……嘘だ、だって彼女は良く出来た部下だったにゃ。思えば辛く当ってしまったことも
「人間だった頃もそのくらい素直ならよかったのに……」
袁傪が身も蓋も無い感想を述べ、李徴はしょんぼりと肩を落とした。
――――――――――――――――――――――――――――――
東の空が
すると袁傪の部下が、行列へと近づく人影に気づき、
「何者か? 我らは陳の監察御史、袁傪の一行である。
「ええ、知ってるわ。けれど心遣いは無用」
答えたのは、よく言えば
「―――その虎を放ったのはアタシだもの。
――――――――――――――――――――――――――――――
李徴が、一晩を明かして尚、己が理性を保ったままであることに内心驚愕していると、ある一人の女が現れた。
「やっと見つけたわ―――李徴子」
長い髪を側頭部で二つ結びにした、豊満な
袁傪の知己ではない。となると、李徴を知る者であろう。しかし、李徴が
「き、君は! ボクの部下の……!」
「久しぶりね。そう、アンタが毎日のようにパワハラをしてくれてた下僕……そして、アンタが
「にゃ―――にゃんだってえぇぇぇ!?」
「そんなことだろうと思ってました」
李徴の鼻を明かして
曰く、李徴と交際していたかの未亡人の家族は、家を焼け出されあわや
そこで家族は、古い
衣食住の代価に、家業である呪術を周囲に広め、時折村に訪れる旅人を"神"への
だがある時、旅人の一人が運良く生贄の儀式から逃げ
「そんにゃっ……そんにゃことが……!? にゃ、にゃんてことをしてしまったんだ、ボクは……!!」
「……あの。ごめんなさい、李徴さんの放火が決定打になってしまったのはわかるんですが、一つだけ。もしかして、その未亡人の夫……つまり、あなたのお父さんが亡くなった理由って、お聞きしてもいいですか」
「? そうね、都の屋敷で"儀式"をしてたところを見咎められて処刑された、って聞いてるわ。それが何? ―――だいいち、そのことからして
袁傪は目元に
「身分を隠して街に戻り、下女としてその男に近づいて、アタシは復讐の機会を
「秘伝の霊薬……、呪術の家系の娘……!」
「かつてママを
「う……うわあああああぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「いや餌も住処も自力で何とかしてましたよこの人。
冷静に女の計画の
色々と――"色々"の一言で済ませてよいかは最早
当人が、自分はもう人の世には戻れそうもない、今後は虎として山野に在るべきだ、と言うのだから、袁傪はその
しかし、このような
「ぶっちゃけもうそろそろ何もかも諦めて帰りたいフェーズに入ってますけど―――李徴さんは、私の大事なお友達ですっ!! ただで引き渡すわけにはいきません!」
「袁傪……!」
「愚かなことを。アタシには
女は懐から、不均整な形の、奇怪な彫刻の施された小箱を取り出した。箱の中には、赤い線の入った黒光りする宝石が
李徴は
「グエエェェェ―――――!!」
獣の力で殴りつけられた女の
「……」
「………………」
「…………、……えっと」
「……にゃん……」
「「……―――――」」
衣服の糸の
袁傪は部下に命じて女の身の回りを
辺りはすっかり明るく、昼間になってしまっており、これより向かう嶺南の役所には、
「慥か荷物の中に、羊のお肉がありましたねぇ。干し肉ですけど、食べます~?」
「ああうん……、ありがとう。じゃあ、その辺に置いといてよ。
「立ち去ったらというかぁ……。ねぇ、李徴さん」
「
言いながら、李徴は己を見つめる袁傪の眼が、少しばかり熱を帯びているように見えた。
それが先刻の女の、
「実は私、昔から猫、飼ってみたかったんですよぉ。でも、言葉も通じない動物を責任持って最期まで飼うって、ちょっと怖いというか、何だか重い話じゃないですか」
「うん? そうかもね。……って、まさか」
「はい! そのまさかですぅ! 李徴さん、いや李徴ちゃん、私のお家に来ませんか!?」
「にゃあぁ!?」
袁傪は李徴の
「妖怪
「今飼うって言った!? それじゃあの
「大丈夫ですっ、優しくしますから! ……ああ、でも、もし元の姿に戻れたなら、その時は李徴ちゃんだって家族の下に帰りたいですよねぇ……。残念だなぁ。ずっと一緒に居たいな~……」
「君ってそんにゃキャラだったのにゃ……? い、いくら君の提案とはいえ、ボクは妻以外に
「だったら問題ないですね。今は男と女ではなく、女と女なので浮気にはなりません! ていうか李徴さん友達としてはさておき、生涯の伴侶としては全然
「にゃっふ!?」
「さ、行きましょうか李徴ちゃん! 差し当たっては、李徴ちゃんに似合う服が必要ですねぇ。嶺南には良い服屋さんあるかな~♪」
虎は、既に
全てが去ってから、一匹の
袁傪と人虎と呪術師の
【了】
萌え萌え山月記 ごまぬん。 @Goma_Gomaph
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