第3話;3月28日 (2)

 

魔法少女ヒロインが登場するまでのシナリオはいつも同じ。

 幸福な日常を破壊されて嘆く人々の前に、魔法少女は現れる。

 魔法少女は日常が破壊され尽くさなければ現れない。

 魔法少女は日常を破壊する。


 ハンバーガーを食べ始めた時からずっと聞こえていたサイレンの音が、激しさを増す。複数台のパトカーがぞろぞろとエイトモール周辺に駆けつけ、重なったサイレンは大合唱のようだった。

「何があったんだろう。大きな事故とかじゃないといいけど」

 紅茶を飲み終えた桜は心配そうに窓の外を覗く。

 モールの二階に位置するクライシス・バーガーのガラス窓を通して、道を行き交うたくさんの車が確認できた。

「訓練とかじゃないの? 一度にあんなたくさんの覆面パトカー、見たことないし」

 柊子のトレイに残っていたコーヒーが、断続的に続く振動により黒い水面を揺らす。


《 マジ!? マジ!! 皆―― 》

 ぷつん、と店内に流れていた楽曲が止まる。

 入店してから引っ切り無しに再生され続けていた騒がしいリズムと歌声に慣れてしまっていたせいか、その静寂に奇妙な感覚を覚えた。

 世界を覆っていた温かい膜が、途端に弾けてしまったような。

 遮るものが無くなったことで、パトカーのサイレンが鮮明に聞こえた。

 午後三時。

 食事をしていた頃店内に満ちていた穏やかな雰囲気は消え去り、ざわざわと客席からどよめきの声が広がっていく。

 連続していた小さな振動が、今はもう机を揺らすほどになっていた。

「ねえ、ひーちゃん。なんか……変じゃない?」

 桜だけではなくその場にいる全員が、日常が軋む音を聞いていた。

 蛍光灯が点滅して消える。

 残されたのは沈みかけた太陽が放つ、淡いオレンジ色の明かりだけ。すぐにでも闇に染まってしまうような頼りない光。

 そして続く音が日常を完全に破壊した。


 強烈な破壊の音色。

 ドアのひしゃげたパトカーが回転しながら道路を転がる。

 人間で表現をするのなら前転。

 柔軟性のない自動車という鋼鉄の塊が前転をした結果は、当然スクラップだった。

 ガソリンタンクに引火したのか、車は火花を散らしながら赤く燃え始めて周囲を輝かす。次の瞬間ぱっと車全体に炎が広がり、ショッピングモール内にまで届く爆発音を響かせた。

 突然のことに呆然としていた客たちも、この爆発で我に返る。

 そうして、蜘蛛の子を散らす様に爆発現場とは反対の方向へ逃げ出した。


「――は?」

 柊子は目の前で何が起こっているのかわからなかった。

 警察車両の前転も、警察車両の爆発炎上も、彼女にとって初めての経験だった。

「ひーちゃん!」

 桜は上の空の柊子の手を強引に掴み、腕力で無理やりソファから立たせる。

 体格差もあるためか、片腕だけの力で簡単に持ち上がった。

「ひーちゃん、しっかり!」

「う、うん……」

 二人は手を繋ぎ、桜が道を先導する。

 慌てふためく客に押されながら、なんとかバーガーショップの店内から抜け出した。

「とりあえず、駐車場まで行こう。……大丈夫、何があってもひーちゃんのことは絶対に守るから、安心して。手、離しちゃダメだよ」

 姉の澄んだ灰色の瞳は、前だけを向いていた。


 ちょうど春休みだったせいか、エイトモールの客層はバラバラだ。ベビーカーに収まる赤子から杖をついた老人まで、幅広い層の人間がそこにはいた。

 老若男女共通なのは表情。

 止まない破壊音に対して、泣きそうに顔を歪めながら、皆一様に怯えていた。

 事件の起こった方角からは、何かの焼けているような焦げ臭い匂いと共に相変わらずの爆発、そして黒板を引っ掻くような不快な金属音が終始聞こえていた。

 音を聞いた周囲の人間は半狂乱になりながら各々の方向へと走っていく。

 爆発現場から離れるもの。好奇心から現場へ向かうもの。恐怖から動けず、その場に留まるもの。

 ほとんどは離れていくもので、柊子と桜もその流れに身を任せていた。


 バーガーショップのあった二階から一階へ向かう最中、エスカレータを見つける。モール内の放送設備や照明設備と同様に機能は停止していたものの、階段のように利用して、下の階へと移動することはできるはずだった。

 多くの人がエスカレータに詰めかける中、ガラスの砕ける音が響き渡る。

 モールの主要な通りは吹き抜けになっており、二階の縁から音の正体がよく見えた。

 ガラス製のドアを破壊し、二転三転して入場してきたのは車だった。

 一階にいた何人かはその車の下敷きになって、動かなくなる。辛うじて無事だった人々も、突然のことに動きが止まっていた。


 静まり返った大通りに、ドアのあった方向から足音がする。

 足音に合わせて小さな振動。

 柊子は揺れていたコーヒーの波紋が頭によぎった。

 ただ歩行が揺れを起こすほどの巨大なものがガラス片を踏みしめるたびに、じゃりじゃりと床が鳴った。

 二階からはまだ姿が見えない。

 しかし、一階の人々にはすでに全貌が判明しているはずだ。

 なのに誰も動こうとしなかった。


 それが大通りの中央にまで歩み寄り、ようやく柊子の目にも映った。

 姿を現したのは歪みだった。

 空間が渦巻き状に切り取られたような超常存在。

 そこだけゲームのテクスチャ貼り忘れたかのような違和感。

 赤外線や紫外線の色を認識できないように、四次元以上の高次元空間を認識できないように、人間はその歪みの根源を認識する機能がなかった。


「****……」

 三メートルはゆうにありそうな歪みが、何かを発声すると、近くにいる仰向けに倒れた成人男性に腕のような部位を伸ばした。

 狙いを定められた男性は逃れようとするが、腰を抜かしたようで動けず、手をついた状態で虫の様に床を這って反対方向へ向かう。

 だが数センチ逃げたところで、その進行方向は反転した。

 男性の身体が綿毛のようにふわりと浮き上がると、歪みの手元へと吸い寄せられていった。

 

 周囲の人間は助けることも叶わず、ただ赤ん坊のような不明瞭な声を上げる男性の姿を見ている。

 歪みが受け止め襟元を掴み上げると、男性の叫びは完全に止まった。

 動かなくなった男性が歪みに取り込まれ、姿が見えなくなる。残っていたのは恐らく人間のものと思われる赤い血痕。それだけが歪みに上書きするように辛うじて視認できていた。


「****」

 歪みは次の獲物を見定めて、逃げ惑う女性客の一人に腕を伸ばす。不幸にも狙われた人間には変化が訪れた。

 口元から一筋の血が流れたと思うと、苦しそうに胸を押さえて悶える。

 次第に増していく喀血を留めるために手を口元に移動させた瞬間、胸部に穴が空いた。

 心臓ハート

 肋骨と皮膚を置き去りにして、ただその臓器だけが彼女の体の中心から飛び出す。

 歪みは何ともなさそうにそれを納めるキャッチすると、先ほどの男性と同じ様にまたもどこかに取り込んだ。


 その力に距離は意味を為さなかった。

 どれだけ歪みから離れていようと変わらない。一人、また一人と一階にいる人々は次々に心臓を抜き取られ、血液を流しながらその場に倒れ込む。

「……」

 柊子はあまりにも簡単に人間の命が奪われる屠殺場のような状況に、言葉を発することができなかった。

 繋いだ姉の手を強く握り締め、なんとか正気を保ち続けようとする。

 そんな柊子を嘲笑うかのように、エイトモールの大通りには、さらに信じられないものが現れた。


 玩具おもちゃのようなステッキを持った女子高校生。

 ブレザータイプの制服を着た少女が、逃げる人間の流れに逆らってゆっくりと歩いていた。

「っ!?」

 柊子は信じられない光景に声をあげそうになる。

 あまりにも現実離れした、フィクションのような展開。

 人間の血液によって仕立てられたレッドカーペットの中心に立つと、少女はステッキを掲げて唱えた。

「――ネクロマ☆チェンジ」


 今までの陰鬱な雰囲気を無視するような軽快なBGMが流れ始めたかと思うと、少女の身体は光に包まれる。


 歪みを含め、誰もがその眩い光を凝視していた。

 これが勧善懲悪を題材とするアニメーションなら、きっと正義の魔法少女が現れて化物を倒してくれる。無辜の人々の期待が少女に注がれる。

 しかし、予想に反して光の中から出現したのは、可愛らしいフリルの服を着た少女ではなく、少し小ぶりな、少女の形をした歪みだった。


 

「****!」

 化物は奇怪な声をあげて少女もどきに腕を伸ばすが、待てども変化はない。

 今まで起こっていた結果に反して、その行為で少女から心臓を奪い取る事はできない。

 特別な力が彼女の肉体を保護し、化物の行為を阻害しているようだった。

「……」

 対する少女は手に持っていた物質を、動きの止まっている化物に投げる。

 矢のように高速で放たれたそれは衝突すると起爆して、化物を仰け反らせた。

 たじろいでいる隙に五月雨式に爆発物を放つと、ぶつかった数発が化物の表皮を焼き払う。強烈な爆撃は三メートルという規格外の大きさを持つ歪みにすら、ダメージを与えたようだった。


 だが、それよりも攻撃の被害を受けたのはショッピングモールの内壁だった。

 化物に当たらなかった残弾が近くの壁にぶつかり炸裂する。爆発物への耐性など全く考慮されていない壁は、即座に飛び散ってガラクタになった。

 少女はそんな様子など気に留めず、手元からさらに爆発する物質を乱射。

 モール中に爆撃の音が鳴り響き、二階までもが振動とともに大きく傾いた。

「あ……」

 柊子が転びそうになったところを、桜が手を引っ張って留める。

「とっ! ひーちゃん、大丈夫?」

「うん……」

 姉の手を強く握り返す。

 今この場で頼れるものは、姉の手のぬくもりだけ。


「……まさか、魔法少女……じゃあないよね? 私たちをあの大きな怪物みたいのから守ってくれそうな雰囲気はないし、ともかく離れた方が良さそうだけど。……一階に降りてあそこを通り抜けるのは厳しそうかなあ。エスカレータはすぐそこなのに」

 桜は体勢を低くして階下の様子を見据える。

 戦闘は未だに継続中で、煌びやかだったエイトモールの内装は爆風によって剥がれ落ちてゴミのようになっていた。影響の大きいところでは、二階部分すら崩れかけていた。

 続く爆撃が天井を突き破ってコンクリートの雨を降らす。細かな砂のような破片が二人の上にも注いだ。


 近くから何度目かわからない悲鳴が聞こえた。

 影響が及んでいるのは既に階下だけではない。爆撃か、それとも巨大な歪みによる殺戮かは不明だが、二階からも三階からも絶望の声がこだましている。

「うん。下に降りちゃ、駄目だと思うけど――」

 ――どこに行っても同じかもよ。

 思わずそんな言葉が口をつきそうになって、柊子はごまかす様に咳をした。

「……二階も三階も、いつ崩れてもおかしくなさそうだし。それでも早めに外に出た方がいいと思う」

「そうだよね」

 桜は少しだけ逡巡したかのように目を伏せると、即座に決心して立ち上がった。

 柊子の手を引いて走り出す。

「お、お姉ちゃん、どこ向かうの!?」

「イチかバチか! エスカレータで一階に降りよう!」

 桜はぐんぐんと速度をあげ、柊子はついていくのが精一杯になる。

 戸惑う暇もなくエスカレータまで辿り着き、機能の停止したそれを、二人は駆け足で下っていく。

「……っ!」

 柊子は息も絶え絶えで必死に歩を進める。転ばないように足元だけを見ていた。

 化物と少女。

 歪み同士の戦闘を見ている余裕は無かった。

 けれど、何故かその時は奇妙な声も、爆撃も振動も、何も聞こえてこなかった。

「よし。セーフ、かな」

 二人がエスカレータを下り切ったところで桜が呟く。まだ走り続けてはいるものの、足場が不安定ではなくなったことで、若干の安心感が生まれていた。

「急に走らせてごめんね。まだもうちょっと走るけど」

「……ぅ……!」

 息を切らして返事もできない柊子に対して、桜は汗ひとつ掻いていないような涼しい顔で話す。

「もうちょっとで、外だから」


 照明の消えた薄暗いモール内に、夕陽の光が刺し込んでいるのが見える。

 惨劇の影響を受けずに無事であるガラス製の出口が、別世界へ繋がる扉のように感じられた。

 残り十数メートル。

 背後で再び爆発音が鳴り始める。相変わらず二体の戦闘は周囲に構うことなどなく、ただただ破壊という行為を繰り返していた。

 爆発が起こったかと思うと、熱風がすぐ近くまで届いて不快なガソリンのような匂いが鼻腔をくすぐる。走ったせいで体中も汗で濡れていて、どこかで擦りむいた脛の傷に汗の塩分が触れてじんわり痛んだ。

 酸素が欠乏してぼんやりとした頭では何も考えられず、視線はずっと姉の先導する後ろ姿だけを追う。

 そのせいで、後ろから迫って来ていたそれ、、に柊子は気が付かなかった。


 何かが柊子のすぐ足元で爆発する。

 爆風で身体が浮き上がり、閃光と轟音で五感が失われる。

 視界が戻って最初に見たのは姉の顔だった。

「――!! ――――!!」

 柊子に向かって叫んでいるようだったが、耳は間近で爆発音を聞いてしまったせいでほとんど聞こえず、微かにキーンという耳鳴りが残っているだけだった。

 ふわふわとした現実味のない感覚。

 いつも優しい姉の、見たことのない必死な形相を夢心地で見続ける。

「――ちゃん!! ひーちゃん、しっかりして!!」

 次第に五感が戻ってくるのを感じた。

 触覚がまず捉えたのは相変わらず温かい姉の手のひらの感触。

 次に感じたのは信じられないような痛みだった。


 痛みの元を目で追った先に、自身の右膝からつま先にかけての部位が無くなっていることに気が付く。

 代わりに赤い鮮血が流れ出し、右足の輪郭を補っていた。

「うっ――」

 激痛と恐怖で叫び出す寸前だった柊子の口を桜の手が押さえる。

「大丈夫。ひーちゃん、大丈夫だから」

 泣き出しそうな子供をあやす様に、落ち着いた声で囁いて柊子の頭を撫でる。

 桜はハンカチで負傷した部位をきつく締めると、お姫様抱っこのように柊子を抱えた。

「何があっても、ひーちゃんは私が守るから。……お姉ちゃんだもんね☆」

 背後からは止まない喧騒の音が聞こえていた。激化していく戦闘は既に建物全体を揺らしている。衝撃があるごとにぱらぱらと大きな塵が落ち、二人の髪を白く汚す。

「……マジ♪ マジ~♪ ふふ」

 桜は引き摺った足で出口へと向かう。

 程度こそ違えど、彼女も同様に足に怪我をしていた。

 頭部からも血が流れ出し、顔に一筋の線を描いている。

「……皆の幸せ、平和、友情のために~♪ ……もうちょっと、もうちょっとだよ」

 エイトモールの出口はすぐそこ。

 五メートル。


「……あー、そう上手くはいかないかあ」

 桜の視界が急に明度を落とす。

 照明の無いモール内とは言え、一秒前までこれほど暗くはなかった。

 桜が顔を上げると目の前には、外から刺し込む光を遮って巨大な歪みが立っていた。

「**」

 桜は瞬時に判断を下す。

 腕に抱えた柊子を、出口の方へ突き飛ばす。

 柊子は残りの数メートルを地面を転がってドアへと辿り着いた。

「……ぅ、ぐ」

 投げられた柊子は痛みを堪えながら身体を捻って、姉のいる方向を見る。

 そこには姉がひとりと、歪みが二つあった。


「……**」

 巨大な方の歪みは姉を人質として抱え、動かないように首元で締めあげる。

 いつの間にか対面していた小さな少女の歪みは、姉のことなどまるで見えていないかのように、攻撃のモーションを取る。

 今までと同様、恐らく爆発物であろう物質を手元に構えた。

「お姉ちゃん……!!」

 動くことのできない柊子は、せめてもの抵抗として声の限り叫ぶ。

 だが、絞り出した声が二つの歪みの行動を変えることは無かった。

 唯一、姉の桜だけが柊子の方を向いて優しく微笑んだ。



 間近で生じた二度目の閃光と轟音。

 瓦礫とともに吹き飛ばされ、もみくちゃにされて地面に転がる。

 数分間気絶し、柊子が意識を取り戻して最初にしたことは、何よりも大事な人間の安否を確かめることだった。

「お……姉ちゃん……」

 土煙の中を腕の力だけで這いずり回りながら、手探りで姉の姿を探す。


 幸運にも、しばらくして見つけた感覚は、姉の手のぬくもりだった。

「……!」

 こんな状況にありながら、その感触が柊子を何より安堵させる。

 周囲を覆っていた土煙が晴れだす。

 耳は相変わらずほとんど聞こえなかったが、爆発の際の光を直接見なかったおかげか、視覚ははっきりとしていた。

 温かくて柔らかい優しい手。

 この手を握っている限り大丈夫。

 煙が晴れた先には、お姉ちゃんがいる。


 けれど、繋いだ手の先には何も無かった。

 柊子が握っていた手のひらだけがあるだけで、手首から先、頭から足に至るまで桜の肉体は何ひとつ、その場には残っていなかった。

「…………え」

 血液が不足しぼんやりとした頭で、状況を理解しようと努める。

 姉の手を握ったまま周囲を見渡す。

 爆風で押し飛ばされたそこは、既にショッピングモールの外だった。 

 モールの様子を見る。

 姉と初めて訪れた『エイトモール』は崩壊し、不揃いのコンクリート組み上げられた山になっていた。


 やっぱり夢のようだと思った。

 走馬灯のように、柊子の頭に今日の出来事が蘇る。

 引っ越しの段ボールの荷解き。

 お姉ちゃんが適当に詰め込んでいたせいで荷物の整理は全然終わらなくて。

 お腹が空いたから、二人でクライシス・バーガーを食べに来た。


 瓦礫の山の中から、瓦礫をかき分けて巨大な歪みが姿を現す。

 歪みは柊子が最後に目にした時と、明らかに雰囲気が異なっていた。

 人間の肩から右腕の部分が不格好に欠けて、強い疲労を感じさせる歩き方をしている。

 少女の歪みとの戦闘によって、酷い手傷を負ったようだった。

「……****」

 なぜか、顔も見えない歪みと目が合った気がした。

 相変わらず言っていることは意味不明。

 けれど、やはりこれから起こることは柊子にも予想ができた。


 歪みが、瀕死の柊子に向かって手を伸ばす。

 肋骨が割れ、胸が裂ける。

 身体の中心に大きな穴を開けて中から飛び出したのは、生きようと脈打つ心臓だった。

 痛みはほとんどなかった。

 あったのかもしれないが、足の痛みと吹き飛ばされて全身を打った時の痛みと、霧がかかったような不明瞭な意識のおかげで、何も感じなかった。


 胸から血を吹き出しながら、地面に転がる。

 それでも、姉の手は離さなかった。

「……ね……ちゃ……」

 強引な心臓摘出のせいで肺が破損し、ほとんど呼吸もできない。

 歪みは今までのように柊子の心臓を取り込むと、一瞬でどこかへと消え去った。

「……」

 ホットチリクライシスバーガーはいつも通り辛味が強くて、舌がひりひりとした。

 先に食べ終わって、外の景色を見ていたお姉ちゃんの横顔。

 柔らかそうな栗色の髪と、綺麗な灰色の瞳。

 姉の微笑み。

 姉を殺した二つの歪み。

 強く姉の手を握ると、握り返してくれた気がした。

 もちろん、そんなことが起きるはずもない。

 機能が停止する寸前の脳に生じた不具合だった。

 

《 ネクロマ☆ 》

 だからこれも、それが見せた幻覚だと思った。

 宙に浮く、ピンク色のステッキ。

 安っぽい玩具のような物体が、中心に嵌め込まれた赤い宝石を明滅させながら合成音声で話しかけてきた。

《 あなたはネクロマ☆ステッキに選ばれました。魔法少女として蘇える権利があります。 》

 これは悪い夢だ。


《 『ネクロマ☆チェンジ』と、唱えてください。 》

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仮題;ネクロマ 平 四類 @shiki4

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