第2話;戦闘☆魔法少女!


 お姉ちゃんならこうする。

 高々と玩具おもちゃみたいな杖を掲げた時、そう思った。


《 おかえりなさい。 》

 柊子は手に持ったステッキから女性の合成音声のようなものを聞いた。

 背中に尖った凹凸の異物感。

『ネクロマ☆チェンジ』と叫んだ柊子は気が付くと、瓦礫の山の上に仰向けで寝転がっていた。

「ん。……ねえ、私、死んでた? なんか走馬灯みたいなのを見た気がする」

 拷問のような走馬灯だった、と柊子は思った。

 よりにもよって、人生最悪の日を頭からもう一度見ることになるなんて。

 

《 はい。ユニフォーム換装中に頸部を切断され、四秒間死亡していました。ネクロマ☆ステッキの自動蘇生機能によって、損傷部位は修復完了。使用ネクロマ☆ポイントは十七ポイント。残存は三十三ポイントです。 》

「よくわかんないんだけど。変身中に首切られて死んで蘇ったってこと?」

 ステッキから返答は無い。

 柊子はこの杖に意志があるわけでなく、決まった問いに定型文でのみ答える機械であることを思い出した。


「ていうかユニフォームって――」

 言いかけて、現在の自分の姿を正確に認識する。

 肩から膝にかけて、隙間なく埋め尽くされたピンク。

 フィクションの世界から飛び出してきたような鮮やかなカラーのミニドレスに、およそ戦闘向きではないような高いヒールの靴。手首と足首には柔らかな素材で作られたシュシュのようなアクセサリが装着され、指先までネイルによってピンク色に染め上げられていた。

 まさに、あの日見た、テレビの中の魔法少女の姿。

 学校指定の制服を着ていたはずの柊子の体は、『変身』によって過剰なフリルとレースに包まれていた。


「……似合わな」

 彼女は溜息をついて、崩れそうな瓦礫から立ち上がる。

 目の前には、『歪み』の本来の姿があった。

 しかし、歪みを正面から認識できる柊子の視界に映るのは二メートルほどの巨人である。彼女の目から見たそれは、ほとんど人間の成人男性と同型であったが、明らかに異質な箇所が二つ。

 一つ。上半身は服を着ておらず、肌が見える部分には奇妙な入れ墨をびっしりと彫り込まれていた。

 そして二つ目。両腕の肘から手首にかけて日本刀のような鈍い光を放つ金属製の物質が癒着していた。

「……」

 突然姿の変わった柊子を警戒をしているのか、向こう側から動き出しそうな気配はない。不可視の刃によってバラバラになった建物の残骸の中心に静かに佇んでいた。


 平和で幸福な日常は建物とともに粉々に砕け、今はもう跡形もない。

 柊子の視界に映っている景色に、生きた人間は一人もいなかった。

「で、どうやったらアイツ、殺せる?」

《 ボディに残留する魔法式マジカル・フォーミュラを分析中。 》

 杖は柊子の質問を無視して人工音声を流す。

《 …………分析完了。死因、『強奪』。 》

「ねえ」

《 登録完了。はじめまして、――魔法少女『マジカル・スナッチ』。 》


「はいはい、初めまして。で、訳わかんないことはいいからさ、私に何ができるのか教えてくれない? 死んだらポイント使ってゾンビみたいに生き返ることと、それ以外は? 今のところ私、魔法少女というより化け物なんだけど」

 その言葉に反応して、杖は中心に埋め込まれた赤い宝石を数回点滅させた。

《 ……送信完了。貴方の携帯端末に対して『ネクロマ☆ステッキ』および『マジカル・スナッチ』の性能詳細を記載したテキストのデータファイルを送信しました。ご一読下さい。 》

「は?」

 柊子は素っ頓狂な声をあげて、信じられないとでもいうような表情で手に持ったピンクの杖を見る。

「怪物を目前にしてそんな時間あるないでしょ……。概要だけでいいから魔法の使い方でもなんでも説明しろ……!」

《 はい。――抽出した魔法式『強奪』を元に構成された『マジカル・スナッチ』の能力は『認識したものを手元に引き寄せる』魔法です。 》


 舌打ちをして、柊子はすぐさま行動に移す。

 足元に落ちているこぶし大のコンクリート片を見つめ、左手をかざす。

 呪文を唱えるわけでも、魔法陣が出現するわけでもない。

 しかし次の瞬間、視線の先の瓦礫が生きているかのように跳ね上がり、柊子の手に収まった。


「ん。わかった」

 過去に一度この現象を目の当たりにし、、、、、、、、あまつさえ自身の肉体で体験した、、、、柊子にとって、この現象に対しての理解は容易く、これまでも当たり前にしてきた動作のように、あまりにも簡単に魔法の利用方法を習得した。

「ていうか、最初からそう言って」

 尋常ならざる魔法の力で手元に引き寄せたコンクリート片を適当に放り投げ、再び左手をかざす。

 掌を向けた先は瓦礫の中に立つ怪人。

 視線はさらにその向こう側。

 町蔵駅、駅舎。


 町蔵駅。

 地方都市町蔵の中心部に位置し、一日における駅の平均利用者数は約十万人にも上る。

 駅としての機能だけでは無く、内部にはアパレルショップや生活雑貨、地下には生鮮食品を多数扱う食材売場などが併設されており、ショッピングを目的に訪れる来客も多い。

 地下一階、地上四階建てのビル群。

 その巨大な複合施設を――

強奪スナッチ

 ――手元に引き寄せた。


 地鳴りの様な、世界が割れるような音。

 当然割れているのは世界ではなく、町蔵駅の土台である基礎構造だった。

 表面のモルタル素材が剥離し、建造物を支えていた柱に巨大なひびが走る。

 まず最初、堪え切れずに飛来したのはビルの窓ガラス。

 駅と柊子の直線上に立っている怪人に対して、突風のようにガラスの破片が降り注ぐ。

 怪人は異常事態に素早く反応し、回避行動を取ろうとしたが、広範囲におよぶ攻撃からは逃げ切れず剥き身の上半身にガラスの雨を浴びる。

 吹き出す血液は人間と同じ赤色だった。


《 物質を引き寄せる速度は緩急のコントロールが可能。また魔法を解除することで引き寄せた物質を減速、および停止させることも可能となっています。 》

 次に接続の弱いパーツ。

 駅の内装である電光掲示板や券売機、そして階段の手すり。徐々に巨大になっていく駅の構成物が怪人を襲う。

 四階建て建造物の主要な支柱だったであろう直径数メートルの円柱が彼の背中を叩き、続けざまに頭を打つ。

 呻き声に似た音を上げながら、怪人はうつ伏せに地面に倒れた。


《 魔法少女は固有魔法の使用にネクロマ☆ポイントを消費しません。 》

 支柱が外れた駅は全壊寸前だった。

 木組みの玩具ジェンガが崩れるかの如く、傾いた方向へと駅は構造崩壊を起こして瓦礫となっていく。

 しかし瓦礫になったところで、柊子が求める限り、その『強奪』は止まらない。

 コンクリート。鉄筋。ガラス。

 強靭な建築物の素材が雪崩のように倒れ伏す怪人を覆い隠し、質量で押し潰した。

 

 柊子が左手を下ろす。

 残ったものはさらに多量になった瓦礫の山と、八割ほどスケールが減った駅舎。

 駅のホームと無人の電車だけがぽつんと置かれ、吹き曝しになっていた。

 彼女の足元に、『町蔵駅』と印字された看板が転がり落ちる。

《 以上が、『マジカル・スナッチ』の性能概要です。 》

 


「なんか、思ったよりまとまって飛んでこなかったけど。駅」

《 原因についてはテキスト二百四十六ページに記載があります。……主に認識の問題です。『強奪』は視認した対象が具体的であるほど効果を大きく発揮し、強力な力で引き寄せることが出来る一方、境界の不明確な抽象概念を引き寄せる場合は、認識方法に工夫が必要です。 》

「……ふーん」

『目の前に落ちているコンクリート片ひとつ』と『町蔵駅』では、対象の具体度に大きな開きがある。前者の場合は十人が十人同じものを特定できても、後者の場合はそうもいかない。『駅』とはどこまでの範囲を指し示す言葉なのか。駅の階段。駅の花壇。改札から駅前までを舗装するアスファルト。どこまでが駅と受け取るかは、人によって違う。

 その対象への認識の曖昧さが、柊子が魔法を行使した際の不安定さとなっていた。


「それより、二百四十六って……全部で何ページあんの?」

《 全三百二十二ページ。カラー図式付きで合計五.二ギガバイトです。 》

「五.二ギガ!? ステッキ……!! お前、そんなものを勝手に私のスマホに送ったの!? 今月の通信料金、どうなると思って――」

 右手に持ったステッキに対して大声で叱りつけていた柊子の左腕が、宙を舞う。

 左手の手首に巻かれていた可愛らしいデザインの、白とピンクで編みこまれたシュシュ。

 加えて、人間の血液である緋色が辺りに飛び散った。


「っ!!」

 突然の出来事に声を詰まらせながら、すぐさま切断された腕の根元を反対の手で押さえる。

 離れた彼女の二の腕から先は、ゴムの塊のように跳ねて転がり落ち、動かなくなった。

 柊子はあまりの痛みに呼吸もままならず、地面に両膝を着く。ねっとりとした不快な汗が全身から吹き出すのを感じた。

 首だけを動かして、睨むように前方に視線を動かすと、刺青の彫られた不気味な長い腕が瓦礫の中から這い出てくるところだった。

 まだ、死んでなかった。

 柊子は自分の甘さに心底嫌気がさした。


《 ネクロマ☆ポイントを使用しますか? 》

 傷口を押さえるために、いつの間にか地面に落としていたステッキから、音声が出力される。危機的な状況にもかかわらず感情を排した抑揚のない口調は、人間の苦痛などなんとも思っていないかの様だった。

「……て」

《 ネクロマ☆ポイントを使用しますか? 》

「とっとと使って、早くこれ直して、、、。アイツ殺さなくちゃ」

《 認証完了。魔法式『死霊』を起動します。 》

 ネクロマ☆ステッキが軽やかなサウンドとともに光り出す。

 呆然としているのは柊子だけでは無かった。

 建築材の雪崩から辛くも脱出した怪人すらも、その異様な光景を目にして動きを止めていた。


 動かなくなったはずの柊子の腕がぴくぴくと独りでに活動を再開し、五本の指を器用に使って主人の元へと駆けつける。

 柊子の足元まで来ると腕は浮遊し、地面を赤く染め上げていた血液とともに集まって、あるべき場所――彼女の腕へと戻っていく。

 骨は癒着し、血液は血管へと流れだす。

 皮膚は切り傷などなかったかのように滑らかな白磁を取り戻した。

 科学と医療の発達した現代の技術でも到底成し得ない、切断部位の完全復元。

 ネクロマ☆ステッキはそれを難なく成し遂げた。

《 使用ネクロマ☆ポイントは十ポイント。残存は二十三ポイントです。 》

 ステッキに嵌められた赤い宝石の上に、『23』という文字が出現する。

 ホログラムの様に半透明で、宙に浮いていた。


 少女はステッキを拾い上げ、ゆらりと立ち上がる。

 首の切断と腕の切断。普通の人間ならば、ここまでの戦闘で既に二回死んでいた。

 しかし、ピンク色の可憐な少女は何事もなかったかのように、死の淵から何度でも蘇る。

 くっついたばかりの腕の動きを確かめるように、手を数回ぐーぱーと開閉してから再び怪物を見る。

「悪夢みたいでしょ? 私も同じ気分だよ。死ぬはずだったのに、こんな服着て、魔法使って怪物と戦ってる」

 柊子は手をかざす。

「……なんて言っても無駄か。私の言葉なんて、アンタらには通じて無いだろうから」

 怪物のことは眼中にはない。

 彼女が見ていたのは、その背後に埋まっていたH型の鉄骨だった。


「****!!」

 怪物が分かりやすく叫び声を上げる。

 言葉を解せない柊子にもそれが悲鳴であることはわかった。

 体の中心をH鋼で貫かれて、平気な生物など存在しない。

 怪物は震える手で、突如背中から刺さった鉄骨を抜き取ろうと藻掻く。

「……**!」

 追撃を恐れたのか、藻掻く最中、柊子に向かって不可視の斬撃を飛ばした。

 刃の速度を覚えてきた柊子はタイミングに合わせてジャンプし、避けようとする。

 斬撃の位置は不明だったが、元いた位置から移動したおかげで狙いははずれ、片足が切断されただけで済む。

 吹き飛んだ足は、ポイントを使用し即座に修復された。

《 使用ネクロマ☆ポイントは十ポイント。残存は十三ポイントです。 》


「ねえ、人のこと言えないけどさ、アイツどうやったら死ぬの?」

 回避したのち、柊子は身体を隠せるサイズの瓦礫の後ろに身を隠す。

《 彼らは自身の肉体に蓄積した魔法エネルギーをもとに回復を行っています。そのため、エネルギーを消費し切るまで相手の身体を損傷させ続けるか、またはより強力な一撃によって回復の間に合わない致命傷を与えるか。どちらかでなければ、撃退することができません。 》

「致命傷ね」

 柊子は遮蔽物を踏み台にして跳躍する。

 魔法少女の肉体は常人の膂力を遥かに凌駕し、一息でビルの三階部分までのジャンプ力を見せた。

 壁を蹴ってさらに高く跳ね上がる。

 その足は怪物の頭上を飛び越え、駅へと向かっていた。

「**」

 しかし、敵もその隙を逃さない。

 遮蔽も壁も無くなった上空。地面に着地するまで身動きの取れなくなった柊子に向かって腕を伸ばし、斬撃を飛ばす。

 対する柊子も、向かい来る刃を横目に、地面に向かって手を伸ばしていた。


 空中で切断されたのは柊子ではなく、巨大なコンクリートブロックだった。

 二つに分割されたそれらは重力に従って地面に落ちる。

 少女を見失った怪物は辺りを見渡し、さらに遠くの上空に姿を見つける。

 再び刃で攻撃をするが、少女は魔法で空中まで瓦礫を引き上げ、巨大な瓦礫を踏み台にして空中で方向転換を行った。

 刃は足場に使われた瓦礫だけを切断して、空へ消えていく。

 続けざまに攻撃を行うが、いずれも空中で回避され、ひとつとして柊子には当たらなかった。

 

「ん。あの見えないヤツ、慣れてきた」

 空中散歩を終え、柊子は駅の入口に着地する。

 駅は先ほどの『強奪』により、看板も改札も吹き飛び、駅のものと言える部品パーツはホームと取り残された一台の電車のみだった。

「ほら。アンタも、早くこっち来なよ」

 身体を翻し、怪物に向けて手のひらを向ける。

 時を待たずして怪物の背後にあった瓦礫が、柊子の手のひらに向けて津波のように蠢き立つ。


 高質量による同じパターンの攻撃方法。予想していた今回の攻撃に対して怪物は迅速に行動を起こした。

 そして取られた行動は、柊子の狙った通りのものだった。

 怪物は猛スピードで駆け出し、柊子と距離を詰める。

 その長身から繰り出される跳躍の様な走りは、柊子の呼び寄せた津波よりも早く彼女に接近した。

「……」

 間近に迫った怪物に怖気づくことなく、柊子は落ち着いた表情で駅のホームへと誘い込む。

 破壊された改札をパス無しで通り抜け、階段を四段飛ばしで上った。

 背後では次々と床が縦に裂けていく。


《 ――日も……線をご利用いた……りがとうございます。 》

 柊子が階段を登り切った拍子、偶然にも駅構内の自動アナウンスが流れる。破損していた音響設備からは途切れがちで、ノイズ混じりの音声が放送された。

《 まもなく、一番線に……行きの電車が参……す。 》

 当然電車が来るはずもなく、搭乗する客も駅には存在しない。

 今、駅のホームに立っているのはフリル過多で派手な服を着たピンク色の魔法少女と、あらゆるものを切断する二メートルの巨人だけ。

「**」

 言葉を解さぬ怪物は、ホームに立ってからもじりじりと柊子との距離を詰めていた。彼女もそのことを把握し、間隔が縮まりすぎないように摺り足で後ろに下がる。


《 この電車は……線直通、快速。西……ゆきです。 》

 柊子の足がぴたりと止まる。数秒遅れて怪物の歩みが止まった。

 ホームに電車がやってきたからではない。

 二人の足が止まった理由は、単に歩ける場所がなくなったからだった。

 駅ホームの末端。

 ゆっくりと逃げながら、柊子はいつの間にか行き止まりに来ていた。


 電車は既に運行を停止している。

 活動しているのは定刻通りに来るはずだった電車のアナウンスのみ。

 遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえる。

 町蔵駅周辺の壊滅的な被害状況は既に知れ渡り、町蔵駅の前後にある駅から電車は全く動いていなかった。

 町蔵駅にあるのは完全に停止している電車。

 怪物が暴れ始めた頃に運悪くこの駅に到着した、不幸な十両編成だった。


「**」

 睨みあったまま動かない少女に向かって、痺れを切らした怪物が手を伸ばす。

 予期していた柊子も同時に横方向の線路に飛び込み、怪物の攻撃を回避しようとした。

 何度も目にしてきたこの仕草。避けるタイミングは完璧だった。

 しかし。

 線路へ向かって飛んだ柊子の体が、腰を中心として上下に両断される。

「……っ! ぅ……ステッキ!!」

 即座にネクロマ☆ポイントを使用して、飛び散る血液と体の部品を掻き集める。

 着地はうまくいかず、砂利の敷かれた線路の上に肩から落ちた。


《 使用ネクロマ☆ポイントは十三ポイント。残存はゼロポイントです。 》

「……ぁあ、その切るヤツ、横向きもいけるんだ……」

 修復が完了したにもかかわらず、腹部に鋭い痛みを感じて手で押さえる。

 生暖かい液体のような感触があって、柊子は濡れた手と損傷した部位を見た。

「ねえ、直ってないけど……!」

《 完全修復にはネクロマ☆ポイントが七ポイント不足しています。 》

 七ポイント分。

 十ポイントで腕や足の切断が修復されたことを考えると、未修復の部位だけでも、ほとんど致命傷だと予想される。

 柊子は小さく舌打ちをした。


「お姉ちゃん、やっぱ私、向いてないよ」

 少女は誰に向けてでもなく言葉を吐く。

「きっとお姉ちゃんなら、もっとうまくやったんじゃないかな」

 怪物が駅前で暴れ出しても、すぐには動けなかった。

 町蔵駅をめちゃくちゃにしたのに、それでも怪物は倒せなかった。

 油断して体を真っ二つにされて、息も絶え絶え。

 姉が言った言葉を、頭の中で反芻する。

『私は、ひーちゃんに魔法少女になって欲しいなあ』

 あの時の姉の、花が咲いたようにぱっと微笑む顔が浮かんだ。

「……お姉ちゃんなら、この怪物ともジャンケンで勝敗を決めたりしてね」


「**、**」

 少女が初めて手傷を負ったのを好機と見てか、とどめを刺しに怪物もホームから柊子のいる線路の上に降りてくる。

「……相変わらず、アンタらは何言ってるのかよくわかんないけどさ、前からひとつ訊いてみたかったんだ」

 身体を動かすたびに砂利がかちゃかちゃと音を立てる。仰向けで倒れた体勢から、左腕を支えにして上体のみを起こした。

 べっとりと付いた赤い血を見せびらかす様に、柊子は右の手のひらを怪物に向けた。

「こんなふうにたくさんの人を殺して、どう思ってるのかって。アンタは私が探している、、、、、ヤツじゃなさそうだけど、雰囲気的に同類だし、きっと同じ理由で人を殺しまわってるんでしょ?」

 血は止まらない。

 身体を揺らすたび、ひびが大きくなっていくように、中途半端に修復された腹部がの傷が拡がっていく。

 痛みに唸って咳をすると、口の中いっぱいに鉄の味がするのを柊子は感じた。

「ねえ、どうして?」

 今までと打って変わって弱々しい魔法少女の姿を見てか、怪物の動きも緩慢になっていた。

「……」

「……ああ、もし実はアンタらには私たちの言葉の意味が通じていたり、本当はニホンゴが喋れたりしても、別に答えなくていいよ。これ、時間稼ぎだから」

 柊子は身体を揺らす。

 仰向けの状態のままでわずかに移動していることを悟られない様に、会話で意識を逸らし、吐血で油断を誘った。


 そして柊子は予定通り、、、、の位置に着く。

 柊子と怪物と電車。

 三点が一直線上に並ぶ。

 両端は少女と十両編成の電車で、間に立つのが怪物だった。

 出血を見せびらかす時に、対象物に向けて既に手のひらは広げられていた。

「ねえステッキ。この力、引き寄せるときの最高速度は?」

《 時速三〇〇.〇キロメートルです。 》

「まあ、たぶんミンチでしょ」

 駅のホームにアナウンスが響く。

《 発車します。閉まるドアに……ください。 》

「……やっぱ私、向いてないよ。魔法少女ってやつ」

 柊子は、電車を手元に引き寄せた。


 十両編成の快速電車は、発車とほぼ同時に最高速度に到達する。

 本来モーターエンジンで動くこの電動客車では考えられない加速。

 それも当然だった。

 今この電車を動かす動力源は蒸気でも、電気でもない。

『強奪』による未知の、魔法のエネルギー。

 人類が遥か昔から夢想していた、魔法という奇跡を動力源にして駆動する魔法列車マジカル・トレイン

 その夢の列車が、世界で初めて人を轢く。


「**!!」

 怪物が雄叫びを上げる。

 向かいくる暴走列車に対して、自身を鼓舞するように。

 長い腕を数百トンの鉄塊に向けた。

 

 列車が普段の三倍の速度で運行しながら怪物に衝突する寸前、先頭車両が左右に裂ける。

 続く二両目、三両目も同じように真っ二つに切断、、されていく。

 分かれた車両は怪物の目前まで迫るが決して当たらない。

 まるで意志を持って衝突することを避けているかのように、怪物の左右を走っていった。

 怪物は振り返り、安堵の混じる勝ち誇った顔で柊子を見下す。


「縦向き。二。三。四。……そこね」

 しかし、柊子が見ていたのは怪物でも電車でもない。

 四両目が真っ二つになり、五両目を縦に裂き始めた不可視の刃の位置を、刃の輪郭を、柊子はしっかりと両目で捉えていた、、、、、

「――強奪スナッチ


 不可視の刃は逆行する。

 電車を一両目から五両目までと、半分ほど切り終わったところで、くるりと行先を変更した。

 目的地は少女の手のひら。

 そこにたどり着くまで、道ゆきに何があろうと関係なかった。

「……**!!」

 その刃の鋭利さは、魔法を使役したものであろうとも容易く両断する。

 電車が真っ二つに裂かれたように、怪物も左右に二つに裂ける。

 体を分離させた傷は、誰が見ても致命傷だった。


 透明の刃は柊子の手のひらから薄皮だけを切って停止する。

 同様に『人』の字のように切られた電車も、彼女の目前で停車した。

「……まず、ひとり。……まあ、たぶんこいつは違うけど」

 辛うじて起きていた上体が後ろに倒れる。

 腹部からの流れ出す制御できない出血が、柊子から命を奪っていく。

 線路は両断された怪物から溢れだす血と彼女の血で、真っ赤に染まっていた。


「……でも、すぐだから……待っててね、お姉ちゃん」

 薄れていく意識の中で、ぼんやりと呟く。

 手にもほとんど力が入らず、柊子は左手からピンク色のステッキを取り落とした。

《 ……心肺の停止を確認。魔法式『死霊』を起動します。 》

 地面に落ちたステッキがひとりでに声を発する。

《 ……エラー。ネクロマ☆ポイントが不足しています。残存はゼロポイントです。 》

 


「あらあら、これはどういうことかしら」

 吹き抜けになった町蔵駅のホームは外から内部の様子がよく見えた。

 近くの雑居ビルの屋上から、彼女、、は観察する。

「魔物が出たからと駆けつけてみれば、目に映るのは町蔵駅の可哀そうな姿」

 紫色を基調としたロングドレス。

 刺繍の施された優美なスカートは深くスリットが入っており、布地の隙間から肉付きの良い健康的な太ももが覗く。

 ウェーブのかかったブロンドの髪は、プロポーションとも相まって彼女を年齢よりも大人びて見せていた。

「加えて魔物の死体に、見たことのないピンク色の魔法少女、の死体」

 手に持った、身長よりも大きい杖に嵌まっている紫の宝玉が、沈みかけた夕陽に反射して輝く。

「あら? あらあら、まあ」

 彼女の視線の先にはサイレンを赤く灯した何台もの覆面パトカーがあった。さらには救急車両も続々と駅へと走ってきている。

 次々と警察と救急隊が動員され、駅の周辺は慌ただしい様相を呈してきていた。


 駅構内で死亡している魔物と少女の遺体が見つかるのも時間の問題だった。

「これは――」

 紫色のコスチュームの少女は目を細めて微笑む。

 長いステッキを握りしめると、ビルの柵を蹴って屋上から飛び出した。

「――魔法少女の出番ですわね」

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