第5話 初めて嬉しいと感じたチョコ

 TAFAM星バトル編前に起きた出来事です。

 第88話『戦いの後 進みゆく恋』でこの話題がでています。


 双葉夏美ふたばなつみは穏やかに微笑む大橋美栗おおはしみくりに手を合わせて頭を下げた。

「アタイにチョコレートの作り方、教えて!」

 もうすぐバレンタイン、男の子にチョコを送る日である。毎年開催される恋人達の祭り。愛しの片想い男子のためにフタバはチョコ作りをすることを決意した。

「シマムラに?」

「そう☆」

 フタバの片想い相手である島村秀人しまむらしゅうとは頼れる秀才タイプで勉強嫌いに加えて派手なものを好むフタバとは正反対のタイプである。タレ目の眼鏡イケメンというフタバの異性の好みにぴったり当てはまるシマムラは初めて出会った頃からフタバに好意を抱かれており、シマムラ自身もそのことを知っている。しかし、告白をされるわけでもなく、フタバは半ばアイドルとして見られているようなファンのような状態でもあり、シマムラはそのことに関しては何も触れなかった。

「だってイケメンじゃん!心も見た目も!☆」

 フタバはうっとりしたように手を組んだ。

「いいよ、一緒に作ろうか」

 ミクリは微笑んだ。フタバは顔を輝かせた。



 恋する高校生のビックイベント、バレンタインがやってきた。昼休みになり、トミオカがいつものようにシマムラの待つ教室へ行くと、端で空気よりも空気に徹しているシマムラがいた。

「・・・何しているの?」

 トミオカはお弁当を大事そうに抱えながらシマムラに尋ねる。シマムラはうんざりしたように自分の机を指さした。

「あそこ」

 机の上には数個のチョコが並んでいる。

「凄い・・・モテるね、やっぱり」

「そうじゃないんだよ」

 シマムラは首を振る。ユーシアだと近くにサクラギがいるため、いつもはあまり目立たないが、シマムラの顔立ちはイケメンの部類である。クラスの女子が学校一クールなイケメンと言っていたことをトミオカは思い出した。女子生徒の間ではシマムラは進学校の王子様、抜け駆けなんてせず、眺めていたい。自分のことは気づかなくてもいい、ただチョコとかは渡したいという存在らしい。所謂高嶺の花のような扱いで、直接声をかけられるというよりかは眺められているのだ。

「あのチョコ、俺がトイレに行っている間に置かれたんだ。つまり、誰からかわからないんだよ」

「でも・・・バレンタインだし・・・そういうものじゃないの?靴箱にチョコとか」

「そうかもしれないけど、その、何て言えばいいんだろう。とにかく、ここじゃないとこで食べようぜ。あそこにいたら注目を浴びる」

 シマムラはロッカーからお弁当を取り出し、足早に教室から出て行った。



 まさしく穴場ですと言わんばかりの空気を醸し出すベンチに座ると、シマムラはお弁当を広げながら話し始めた。

「俺さ、恋愛には向いていないんだよね」

「・・・・・どうして?」

「俺のこと、好きになってくれる子とか、今日みたいにチョコをくれる子が信じられないんだよ」

 シマムラはお弁当を見つめながら続ける。

「俺は、その子達のことを知らないし、知ろうとも思わない。それどころじゃないし、興味がないんだ。俺にはやらなきゃいけないことがある。そう考えるとさ、どうして俺なんだ?って思っちゃうんだ」

 シマムラは制服のポケットから可愛らしくラッピングされたチョコを取り出した。

「さっき、トイレの帰り道に貰ったんだ。後輩だった、知らない子だった。俺のこと、静かでクールで、大人っぽくてかっこいいって言ったんだ。でも、俺はそうじゃないぜ?」

 トミオカはシマムラの話を聞きながら、どう返そうか悩んだ。これは決して共有できる悩みではない。経験しないとわからない、葛藤があるのかもしれない。

「・・・・僕、思うんだけど・・シマムラはきっと恋愛に向いていないんじゃなくて・・・納得する人に出会っていないんだよ」

 トミオカはゆっくり、自分が感じたことを話し始めた。

「納得する人?」

「ありのままの君を見てくれて、ありのままの君を知っている人だよ・・・ほら、理想や願いを持たれる・・・こうであってほしいっていう期待って・・・持たれた方の受け取り方次第で・・・その期待の持つ感情は変わるんだ・・・君はそれが理解できないって思っている。それってありのままを見てくれる人を求めているんじゃない?」

「ありのままの俺?」

「・・・うん。もし、そんな人に出会ったら、きっとシマムラはその人に興味を持つだろうね」

 トミオカは控えめに微笑んだ。

「お前ってさ、人生何回経験しているんだ?大人すぎやしないか?」

 いつもより大人びて見えるトミオカにシマムラはそんなことしか言えなかった。



 本部の研究室にて、シマムラは資料を読みながらトミオカの言っていたことを考えていた。

「ありのままの俺ねぇ」

 そんな自分を知っているのはユーシア関係者のみだ。あまり自分から交流するタイプじゃないシマムラの交友関係は水たまりよりも浅いとシマムラは自覚している。確かに同じ高校に友達がいるというのは嬉しいし、楽しいことだった。ライバルのようでもあり、どんな難しい話も聞いてくれるトミオカがいてくれたことで高校生活は明るくなったが、一人でも平気だった。そんな自分を理解し、受け止めてくれる人間なんているのだろうか。第一、まず自分が向いていないと自覚し、恋愛に興味がないのだから、そんな人がいなくてもいいのではないだろうか。

「意味が分からなくなってきたな」

 シマムラは頭を抱える。答えのない問題ほど苦労するものはない。答えがでなくても、ヒントをくれるトミオカは不在で、ますますわからない問題にシマムラはじれったさを感じた。

「珍しいじゃん、頭なんか抱えちゃって☆」

 頭上からの声にシマムラは顔を上げた。いつものように派手な見た目とツインテール、自分をアイドルのように見る人物、フタバは満面の笑みでシマムラの隣に座る。

「シマムラでも頭、抱えるんだね☆」

「そりゃ、俺にだってわからないことがある」

「ま、そうだよね☆いつもがわかりすぎなんだよ」

 フタバはツインテールをいじりながら俯いた。

「で?何の用?」

「これ」

 フタバは小さな箱をシマムラに渡した。

「バレンタイン」

「あのさ、一ついいか?」

 小さな箱を受け取らずに、シマムラはフタバと目を合わせた。

「俺の、どこがいいんだ?」

「え?」

「俺、たぶんだけどフタバが思っているような人間じゃない。それに、こういう行事にも、こういう感情にも興味がない。向いていないし、やらなきゃいけないことが多いんだ」

 フタバは目を丸くした。シマムラは黙ってフタバを見つめる。フタバは顔を赤くし、頬を掻きながらシマムラと目を逸らした。

「あの、アタイさ、知っているけど」

「へ?」

「シマムラが、そのアタイにっていうか恋愛とかに興味ないんじゃないかなって薄々感じてたよ」

「そうなのか?」

「うん、だってシマムラって鈍感じゃないでしょ?アタイだって隠してないし。でも、アタイはその、別にいいかなって思う」

 珍しく真剣に話すフタバにシマムラは黙って聞く。

「アタイは迷惑じゃなければ勝手にシマムラのことを好きでいたいし、こういうふうにアピールしたい。簡単に好きじゃなくなるとかできないから」

 フタバの目が少し潤む。

「どこがいいって話だけど、アタイはその、見た目が好きなのは勿論だけど、努力家なとこも好きだよ。ほら、アタイらの疑問に答えるために島も、能力もここでいつも研究してくれているし、答えてくれる。大人っぽいというより、みんなのために冷静でいようとしてくれたりするでしょ?そういうとこ頼りになるって思った」

 シマムラは目を見開いた。

「でも、やっぱり迷惑だったみたいだし、これは持って帰る」

 フタバは小さな箱を持って立ち上がった。

「待って」

 シマムラは驚いた。どうして、フタバを引き留めたかがわからなかったからだ。

「俺、フタバのこと、恋愛として見てない。けど、フタバが俺のこと、理想を突き付けて好きになったわけじゃないってわかった。ちゃんと俺のこと見てくれているってわかった。だから、その、それ、貰える?」

 シマムラは申し訳なさそうに、フタバの持つ箱を指さした。

「いいの?」

「うん、ごめん」

 フタバは嬉しそうに微笑んだ後、シマムラにチョコを渡して研究室から出て行った。シマムラはチョコを見る。初めて嬉しいと感じたチョコだった。

「どうしたんだろ、俺」



 時は少し戻り、食堂では意気揚々と研究室へ向かったフタバを見送り、ミクリとトミオカはお茶をしていた。

「わざわざ研究室から出てきて、トミオカはあの二人を応援しているの?」

「・・・・・どうだろうね」

 トミオカはミクリの淹れた紅茶を飲む。

「・・・・フタバのことは応援しているけど、シマムラに強制したいわけじゃないから」

 優しく微笑むトミオカにミクリは笑った。

「トミオカって何かお兄さんみたいね」

「・・・・お母さんって言われるミクリに言われたくないよ」

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普通じゃない高校生の普通の恋愛物語 小林六話 @aleale_neko_397

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