第4話 初めて美しいと言われた日
未確認戦闘員編の後、どこかで起きた出来事です。
ミクリの過去に関しましては第36話で読むことができます。
この関係は果たして発展するのか、しないのか。
夜の十一時。ミクリはいつものように食堂で料理をしていた。夕飯も終え、食堂の主であるタエが帰る時間帯を見計らってミクリは料理の練習をしていた。勿論、タエの許可は取ってある。
食べることも作ることも大好きなミクリはユーシアの母のような存在になるほど、母性があり、近くにいると落ち着くとユーシア内では評判である。特にユートピアを見つけ、島にいた怪物を倒してから余計にミクリは母のようになっていった。
「あ、ミクリ。お願いがあるんだけど」
食堂にユウビが顔を出した。この時間帯に来る客と言えば、徹夜常習犯のカナメか勉強家のシマムラ、トミオカくらいだ。
「こんな時間にどうしたの?」
「その、お腹がすいちゃって」
「あぁ、なるほど。いいよ、簡単なものでいいなら作るわ」
「ありがとう、申し訳ないネ」
「いいのよ、丁度料理をしているから。座って待っていて」
「ここでいい?作っているところが見たいから」
「別にいいけど。面白くないんじゃない?」
「それはワタシが決めるヨ」
ミクリは不思議そうにユウビを見つめるが、ユウビは椅子を取りに行ってしまった。
「めずらし、何もかも」
ミクリとユウビの付き合いはまだ一年もない。高校も同じだし、一時期同じチームにいたが、ユーシアに正式加入してからはフタバ、ツチダと一緒にいることが多く、任務になるとシンスケがよく三人の引率をしている。ユウビと二人になったことは、よく考えるとないに等しかった。
「はい、オムライスでいいかな?」
ユウビとのことを振り返りながら、ミクリは完成したオムライスを渡した。
「ありがとう」
「テーブルまで運ぶよ。いこ」
「ありがとう」
ユウビのテンションは低かった。いつもなら、鏡を見ながら自分を褒め称え、すれ違う人に自分の良さを語るくらい変人なのだが、今日はしおらしさがある。それに、今日は薔薇を持っていないなんておかしすぎる。
「ねぇ?何かあったの?」
ユウビと向き合って座ったミクリは思い切って尋ねてみた。
「うーん」
ユウビはあからさまに目を逸らした。
「ユウビ」
「ねぇ、ミクリ。ワタシ美しい?」
「は?」
綺麗な顔でおかしなことを言うユウビにミクリは思わず眉を寄せた。
「今日、高校で聞いたんだヨ」
「何を?」
「ワタシがいつものように薔薇と会話しながら中庭を歩いていた時、男子生徒が話していて、ワタシのこと美人じゃないって」
ユウビの話をまとめるとこうである。今までの変人さやナルシストさは綺麗な顔でカバーされていたが、同じ高校に通う人間にはそろそろその顔も見飽きてきたというのだ。美人は三日であきるならぬ美人は一年半で飽きられたとのことだ。男子生徒達の会話を柔らかくすると、顔は整っているが輝きに偽物感がある、言うほど美人じゃない、うちの高校で輝いているのはシンスケやヒロだろうとのことだ。確かにこの二人のコミュニケーション能力はかなり高い。絵にかいたような学校の人気者ぶりである。対するユウビは変人扱いが多く、友達は片手で数えられる程度、つまりユーシアのみである。
「別に、あの二人だってワタシほどじゃないけど輝いているヨ。でも、ワタシの方が、いや、そうじゃなくて」
「いつもの自信はどうしたのよ?」
「何か、二人と比べていると輝いていないような気がしてならないんだヨ。でも、そう思わないと自信がなくなってきて、でもこれは最低だって」
おそらく今までそのようなことを言われていたとしても、彼の耳には届いていなかったのだろう。生まれて初めて聞いた所謂影口にショックを受けており、立ち直り方法がわからないのだ。それどころか、友達と比べて自分の自己評価を上げようとしている自分に嫌悪している。
「馬鹿ねぇ、ユウビ」
ミクリは頬杖をついて、仕方のなさそうに笑った。本人が深刻なのはわかるが、ユウビの男子高校生のような一面を微笑ましく思ってしまった。
「そんなの、気にする必要ないのよ。言わせとけって話よ。綺麗とか、美しいとかそんなの自分が決めることなんじゃないかしら?確かに言われたら嬉しいし、そう思われるに越したことはないと思うわ。でも、ユウビのことを言った人はユウビが常に美しくいるために努力をしていることなんて知らないのよ。そんな人達に認められても嬉しくないでしょ?」
同じ基地に住んでいるからこそ、ユウビがスキンケアに気を使っていること、服には皺ひとつないこと、マイアイロンを持っていること、早寝早起きをしていること、食べ物に気を使っていることをミクリは知っている。
「じゃあ、ワタシは美しいの?」
「えぇ、いつも通りよ。薔薇が似合う」
ユウビの顔が明るくなった。
「ミクリ、ありがとネ。やっぱりワタシは美しい!」
立ち上がり、どこからか取り出した薔薇を持つユウビはいつものユウビだった。
「さ、早くオムライス食べたら?」
「うん、そうネ」
ユウビはオムライスを食べながら、ミクリと目を合わせた。
「なに?」
「ワタシさ、今まで見てきた人間の中でワタシ以外だとサクラギとイオが美しいと思っていたんだよネ」
「そうね、特にイオのことは気に入っていたものね」
「でも、ミクリも美しいネ」
「えっ?」
ミクリは目を丸くして、目が合うユウビを見つめた。ユウビは微笑んだ。
「料理をしているミクリとか、さっきワタシに向かって微笑んだ姿とかは聖母みたいな美しさを感じたヨ。ミクリも輝いていて美しいネ」
ユウビはそれだけ言うと、またオムライスを食べ始めた。ミクリはまだ固まっている。二人の間に気まずい空気がないことから、ユウビは純粋にそう思って言っただけかもしれない。しかし、その言葉は生まれてから綺麗な妹と比較され、綺麗どころか可愛いとすら言われてこなかったミクリには固まり、身体が熱くなるくらいの魔法の言葉だった。ミクリは徐々に赤くなる頬に手を当てる。
「ごちそうさま」
「うん、ありがとう」
その日の夜はミクリにとって小さな特別な夜になった。
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