高岩 沙由

生贄

 新月の夜、竜弥は林の中を走っていた。

(生贄になど、なりたくない!)

 その一心だった。


 竜弥は海から近いところの村に両親と共に住んでいた。

 朝起きて、畑を耕し、日中は近所の幼馴染と遊び、夜には両親と共に食事をとり、眠る。

 単調ではあるが楽しい日々を送っていた竜弥の状況が急に変わり始めたのが5日前。


 1年のうち雨が多く降る季節を迎えたのだがこの村では晴天が続いた。このままでは農作物が実らないと思った村人はみな集まり、近隣で評判のいい祈祷師を呼び、雨ごいをしてもらうことにした。

 だが、それでも雨は降ることなく、変わらず晴天に日々が続いた。


 ところが、5日前に突然この村を訪れた祈祷師によって状況が変わり始める。

 祈祷師が村を訪れ、雨が降らないのは水神様の怒りだ、と言い、この村に竜のつく子供がいるのだから水神様の生贄に差し出せと言い始めた。

 なぜ、怒っているのか村長が質問したところ、竜と言う字は水神様が許した人間しか使うことができないからだと説明する。

 応対した村人は、それなら、子供が生まれ年から雨がふらなくてもいいのではと反論した。

 祈祷師は明確に反論してこなかったが、ならば、私が明日雨を降らせれば文句の言いようがないだろう、と村から出ていく。

 村人は笑いながらその姿を見送る。

 だが、翌日。

 この村に久しぶりに雨が降った。

 その雨の中、祈禱師が村を訪れ、生贄を出せ、と言ってくる。

 村人は、たまたまだろう、と言い放つと、祈祷師が天に両手を伸ばす。その瞬間にピタリと雨がやんでしまう。

 祈祷師と話をしていた村人は真っ青な顔をして、また雨を降らせてくれ、というが、祈祷師は生贄と交換なら、と平行線に終わる。

 困り果てた村人は、村長のところに行き、事情を話す。

 話を聞いた村長は祈祷師の元に行き、5分でもいいから雨を降らせてくれたのなら、生贄を出そう、と話す。

 祈祷師は半笑いしながら、村長の求めに応じて、雨を降らせる。

 その光景を目にした瞬間に竜弥が生贄となることが決まった。

 この村に竜を使った名前の子供は竜弥しかいなかったからだ。


 それから竜弥は村人によって雨を降らせるための生贄にされたことを知る。

 反論など何もできないまま、猿ぐつわをかませ、手足を縛り村の外れにある家に監禁されることになる。

 その夜、竜弥はなぜこんな目に、と泣きながら眠りについた。


 翌日からは生贄になるのだからと、食事もさせてもらえなくなった。

 竜弥は何も考えられず、空腹と絶望感を頂きながら過ごすことになる。

 

 いよいよ、竜弥が生贄になる日がきた。

 夜から儀式を行うということで、村の中はざわついている。

 もちろん、この日まで雨は降っていない。


 竜弥がぼんやりとしていると申し訳なさそうな表情を浮かべた村人が家の中に入ってきた。

 ごめん、とだけ言うと、竜弥を抱え村の外に設えた祭壇に連れて行かれた。


 祭壇に到着すると、村人がなぜか、手足を縛っていた紐を解き始めた。

 竜弥はそこで、一瞬の隙をついて新月であたりがよくわかない暗闇の中を走り始めた。


 もちろん、見張りの人間に見つかり、すぐに追っかけてくる。

 竜弥も全力で走るが、大人相手には分が悪い。

 

 村から林まで入り込み、走り疲れてきているが、ここで立ち止まってしまえば生贄になるだけだ。

 

 ふと、前方を見ると海が見えた。

(海に飛び込めば、巻くことができるか)

 竜弥がそう考えた時、何かに躓いてしまい、地面に倒れこんでしまう。

「おい、そこまでだ! 大人しくしやがれ!」

 村の男性達の怒鳴り声を聞きながら、竜弥はあきらめかけた。


 その時。

 ばさ、と何かが羽ばたく音が聞こえてくると、男性達がうめき声をあげている。

「なんだ、これは! 離れろ!」

 竜弥はその声を聞きながら体を起こすと海に向かって走っていく。


 林を抜け、砂浜に到着した竜弥は近くの松の木に寄りかかり座りこむ。

 竜弥は肩で息をしながらをしながらあたりの気配を探るが男性達の声は聞こえてこない。

 だが。

 また、ばさ、と大きな羽音が聞こえてきて竜弥は身を竦める。

 何かが横を通ったような風を感じて、目を開けると、砂浜に茶色の髪を風になびかせている少女が立っていて、その肩には3本足の黒い鳥が乗っていて、こちらを見ている。

「からす……」

 それだけ呟くと少女は口角を上げる。

「一緒にいきましょう」

 竜弥にその言葉を否定することはしない。村に居場所などないのだから。

 そのまま頷くと竜弥は立ち上がり、少女の後を追って歩いていった。

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高岩 沙由 @umitonya

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