百の言葉より

きょんきょん

百の言葉より

 週末のバッティングセンターには、似たような草臥くたびれたワイシャツ姿のサラリーマンの姿がちらほら見受けられた。

 その中に混ざっている俺も似たようなものか――と、自嘲しながら金属バットのグリップを握ると、隣のバッターボックスから年上を敬うということを知らない後輩の言葉が届く。


「嫌なことがあるたびにバッティングセンターに憂さ晴らしに来るとか、先輩の行動って実にわかりやすいですよね」


 辛辣な言葉に動揺しなかったといえば嘘になる。普段であれば余裕で打ち返せる直球ストレートの球を空振りしてしまい、バツの悪さを誤魔化すように肩を回してから声のする方へ視線を向けると、一丁前にシャツの袖をまくってバッターボックスに立っていた凪沙なぎさのバットが空を切るところだった。


「そんな大振りしたって当たらねぇよ。もっと自然体で構えてみろ」

「公私共に失敗ばかりの先輩に、上目線で言われたくないですね。ていうか……後輩にここまで言われてるんですから反論の一つでも言ったらどうです?」

「あーはいはい。考えとくよ」


 俺が新人の頃は、上司がとにかく怖くて常に顔色を伺っていたというのに、今年入社してきたばかりの凪沙は六つも年上の俺に一歩も引くどころか、気に入らないことがあれば詰め寄ってくる。性格に難はあるが仕事にはどん欲に取り組むので上司の覚えは良かったが。


「私みたいな小娘に言われなくてもわかってるとは思いますけど、先輩って自分に自信なさすぎです。だから仕事で失敗もするし、部長にも怒られるし、長年付き合っていた彼女にも愛想つかれてフラれたりするんですよ」と、内角を鋭く抉ってくるような言葉を涼しい顔で投げてくる。


「うるせえ……。いちいち思い出させるな」


 三年付き合って、結婚も考え始めた彼女とはすれ違いの末、嘘のように呆気なく別れた。

 そういえば、あいつともこのバッティングセンターにも来てことあったっけ――と、取り戻すこともできない過去の記憶に浸っていると、またしても大きく空振りをしてしまい、気がつけば残りの球数も少なくなっていた。 


「あ――」


 意識が散漫だったせいか、バットの芯から外れた球が思いきり脛にあたってしまい、あまりの痛さに悶絶してると先に全球空振りをした凪沙が片手を差し出して入ってきた。

 すまんな、と手を掴もうとすると、「勘違いしないでください。バットですよ」と訂正されたうえに、有無を言わさず俺の代わりに打席に立つ。


「やめとけ。そこの球速は140キロもあるんだぞ。お前がさっきまでかすりもしなかった120キロの球とは、段違いの速さだ。今日来たばかりの女に打てるわけがない」

 赤くなった脛を擦りながら伝えると、人の忠告も聞かずに素振りを始めた凪沙は、タイミングを合わせるようにボールを一球見送ってから、振り返ることなく訊いてきた。


「先輩、一つ賭けでもしませんか?」

「なんだ、まさか酒を奢れとか言わないでくれよ。今月はもう財布が」

「もしホームランを打てなかったら、二度と舐めた口利きません。しおらしい部下であることを徹底します。その代わり、もしホームランを打つことができたら、そのときは私と付き合ってください」

「……は?」


 また一球見送り、とうとう残り一球。


「いや、お前……。俺はつい最近まで結婚を考えていた相手と別れたばっかだぞ。そもそも、どうして俺のことなんか」

「先輩が元カノのことをどれだけ好きだっかわかってますよ。散々居酒屋で愚痴ってたじゃないですか。でも、誰かを好きになるのに理由なんていります? 納得する理由が伴わないと認めてもらえませんか? いいからそこで黙って見ててください。私の思いが本気だってことを証明してみせますから」


 ごく自然体にバットを構えた凪沙は、小気味良い金属音を響かせて宣言通りに軽々とホームランを打ってみせた。


「あたしは先輩を認めてるんです。その先輩がいつまでもウジウジしてるなんて、見てらんないですよ」


 呆気にとられていると、バットを元の位置に戻した凪沙が、振り返って自信に満ちた顔でこう言った。


「私がここまでして告白したんです。保留なんてなしで、答えを聞かせてください」

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百の言葉より きょんきょん @kyosuke11920212

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