後編
水曜日、また名札のないお菓子があった。今度は三色ゼリーだった。赤と黄色と青色。信号機カラーだ。
僕は一応、部員に確認したけれど誰も提出していないと言う。三日連続だとさすがに気味が悪くなってきた。
僕はこの日、トマトゼリーを提出していた。ゼリーが被っていたが三色のアイデアは面白い。負けたと思った。
木曜日、僕が鍵を開けて家庭科室に入るとすでに名札のないお菓子が置かれていた。一体誰が置いたのか。
そのお菓子はホールのケーキだった。生クリームでデコレーションされて
けれども違和感がある。苺の配置がおかしい。
ケーキをよく見てみる。ケーキ上面の
しかも一度置いた苺を抜いた形跡がある。そこは生クリームが抜けて、スポンジ生地が見えていた。
スポンジ生地が見えるということは、苺はある程度固定するために押して置いたと思われる。ただ置いただけではすぐに倒れてしまう。それを抜いた意図はなんだろうか。
「これは、なにかのメッセージでしょうか?」
菱田くんが腕組みをしながら言う。やっぱり探偵ぽい。
「ホールのケーキってところに、本気を感じますね」
角川さんが言う。確かに、この名札をつけないお菓子を提出した人は月野先生の誕生日ということを知っている。
金曜日。僕は担任の先生に事情を説明し、ホームルームを欠席して家庭科室に潜んでいた。名札のないお菓子を誰が持ってきたのかをつきとめるために。
入口から見えない位置に隠れて耳をすませる。鍵を開けてドアが開く音がした。
足音がテーブルに近づく。コトッ。お皿を置く音がした。
「
僕はテーブルの下から姿を現す。お皿を置いた犯人は驚く。そりゃそうだろう。
「五条くん、やっぱり君か」
五条くんはバツが悪そうな表情をする。
「どうして僕だと分かったんですか?」
五条くんは観念した表情をした。
「苺が一個抜けていた。イチゴひくイチで、ゴ。月曜日のクッキーは五枚だし、ごませんべいのゴ。共通するゴで五条くんかと」
「三色ゼリーもあったじゃないですか」
五条くんはいたずらっ子のような表情で聞いてくる。
「あれは単にミスリードだろう」
「正解です」
五条くんは笑っていた。
「なんでこんなことしたの?」
僕は一番気になっていたことを聞く。
「恥ずかしかったんですよ、お菓子を作ったことがバレるのが」
五条くんはうつむいて答えた。
「じゃあなんでお菓子クラブに入ったの?」
「お菓子作りが好きだからです」
僕は少し呆れてしまったが、彼には彼の事情があった。
五条くんはイケメンなので、お菓子クラブと言うといつも驚かれるそうだ。それが彼にはストレスだったようだ。
周りには、お菓子クラブは緩いから入部していると言ってることも打ち明けられた。
本当はお菓子作りが好きで入部したのに、周りのイメージを尊重している五条くんが
「他人のイメージと五条くんは関係がないよ。お菓子作りが好きなら思い切り楽しもうよ」
僕は思ったことをそのまま言った。
ホームルーム終わりのチャイムが鳴り、部員が次々と集まる。
僕は五条くんに許可を得て、今までの名札なしのお菓子は五条くんだったとみんなに打ち明けた。
みんな最初は驚いていたが五条くんの正直な気持ちを知って、五条くんを励ましていた。
「お菓子作りが得意なイケメンってかっこいいよ」
「もっとモテると思うよ」
「五条くんてお菓子作り上手なんだね、教えてほしい」
部員の絆が深まり、以前よりいい空気になっていた。
投票の結果、月野先生のバースディパーティには五条くん考案のガトーフレーズが選ばれた。
翌週、五条くん指導でガトーフレーズ作りの練習が始まった。
材料を用意して、コツを教わる。たまご、砂糖、小麦粉。意外にシンプルな材料だ。
ガラッ。部室のドアが開いた。月野先生だ。
「月野先生、貧血でお休みじゃなかったんですか?」
月野先生は肌が雪のように白い。貧血で具合が悪くなることがよくあるそうだ。今日もそうだと聞いていた。
「来週は満月よ、今のうちに出ておこうと思って」
満月……月野先生の誕生日は、満月か。
そういえば五条くんが提出したお菓子は丸いお菓子ばかりだった。五条くんは月野先生のことをよく知っていたのだろうか。
それに、五条くんは家庭科室の鍵をどうして持っていたのだろう。
部長・副部長の僕たち以外に鍵を持てるのは先生しかいない。ああそうか、月野先生と五条くんは仲間なのか。イケメンなので気にしなかったが、五条君はとても色白だ。
月野先生は吸血鬼だ。僕は血が好きな先生のために赤い色のお菓子を考えたけれども、それだけじゃだめだったのか。
丸と赤、両方を備えたお菓子を提出した五条くん。
僕も食べる人の気持ちを考えたつもりだったけれども、僕はまだまだだな。
お菓子クラブ 青山えむ @seenaemu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます