命と命

青いバック

おはよう、おやすみ世界。

深夜の三時。1人の歌が奏でられる。誰の耳に届くこともないその歌は今日も世界を包む。


「いぇーい! 今日もやってきたぜ! さっ、寝てないで起きな!」


ベットで横たわり、寝てる君を起こすように俺は叫ぶ。君は起きる素振りをいつも見せてくれない。起きてもらわないと困るというのに。


「うーん、起きないけどやっていこう!」


けれど、そんなの慣れっこだ。起きないことなんてずっと前から分かっていて、君を起こすためにやってるんだから。


静寂を切り裂くような綺麗な音色。なんてなかった。あるのは何も変わらない君の部屋。


それもそのはずだ。彼は楽器を持ってない。彼は音楽が出来ない。いつもそこに楽器があると想像し、エアーで全て演奏をしている。寝ている彼女が起きない理由の一つでもある。


「……あれ?」


後ろから聞こえた玲瓏な声。それは横たわっている君の声。久しく聞いていなかった声を聞き、彼は首が取れてしまいそうな速度で後ろを振り向く。


黒檀の髪の毛に、華奢な体。色白い肌。紛れもない君の特徴。


「お前……そうか。 寝ちまったか」


「私は起きているよ? 早……」


「っと、名前を言うのはやめてもらおう」


彼の名前を口走ろうとする、彼女の口を抑える。名前を呼ばれてはいけない、理由が彼にはあった。


起こそうとしていた彼女は寝てしまった。こうなることは覚悟していた。


覚悟はしていた。だけど、この結末を望んだ訳では無い。もっと、明るくハッピーな世界を望んでいたのに。思い通りにいかないのは、世界の常なのだろう。


しかし、彼女はまだ寝るべきではない。寝てしまってはいけない。


「……いや、いいんだ。 おれがどうにかする。 だから、お前はここにいてくれ」


「よくわからないけど、君がそう言うなら私はここで待つよ」


聞き分けのいい彼女。優しくて、察しが良くて、気配りができて、完璧才女といった君は何も変わりはしてなかった。


だからこそ、君を起こしたいんだ。まだこちらへは来させない。


何とかすると息巻いたが、方法なんてこれぽっちも思いついてなかった。一人でどうにかするしかない。


「クソ、なんで寝ちまうんだよ」


寝てしまった人間のタイムリミットは、48時間。それを超えてしまったら、ずっと起きることは無い。


家へ帰り、本棚からどうにかする方法を探る。ページの端から端まで目を動かす。


幸いにも、彼は寝なくとも、食べずとも、飲まずとも生きてゆける体だ。全ての時間をこれに費やすことが出来る。


そして見つけた、一つの解決策。寝ている人間との融合。


「……よぉ! 解決策見つけたぜ!」


「そうなの? よく分からないけど、疲れてない? 大丈夫?」


彼の顔は少し青白がった。不眠不休で生きられる体だとしても、不調は表に現れる。


「いや、今はそんなことはどうでもいい。 そこに寝てるやつと重なるように寝てくれ」


「これと?」


「そう、それだ」


彼女は自分が寝ているのに、これ?と言う。寝てしまった人間は、自分の体を認識出来なくなる。元々一つでいいものが、二つあるのだ。片方はなかったことにされる。


「よし、いいぞ」


彼女が自分に重なる。タイムリミットはあと三分。ギリギリで間に合う。


後は彼が命を捨てるだけ。寝てる人間との融合。彼がやろうとしているのは、自らの命を亡くす禁術だ。


昔、好奇心で買った本に記載されていた。そんなもの載せるな。と思ったが、普通誰もやらない。


だから、載せたのだろう。誰もやらないと信じて。


この禁術を使えば、彼の命と彼の記憶に関する全てが消える。命と命の等価交換。これが禁術。


「じゃあな、千春!」


彼は自らの命を捨て、愛した一人の少女を救う。

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