1-11

「トーマス三竜団長! もう持ちませんッ!」

「メルディが……息を……ッ!」

「自分の竜も……ダメです……」

 次々とトーマスの耳に入ってくる敗報。

 竜騎士が、竜が死んでいく。国のために死んでいく。

 四頭を相手取る戦力はどんどん削られていき、最早、討伐不可能になってしまっ た。

 三竜団長として不甲斐ないと自分を責め、激しく歯噛みするトーマス。

「ここにアクアやヴァイラスがいれば……クソッ!」

 現在の残る戦力は五人と三匹の竜。戦死者は……二人。戦える竜も傷だらけで戦線離脱を余儀なくされていた。

 そんな絶望的な状況に、更に凶報がトーマスを襲う。

「何ッ!? 避難所に竜が現れたぁ? んなバカなッ!」

「じ、事実です……。ですが……下竜士数名が住民の避難と竜の足止めを……」

「な、何ぃいいいいいいいッ!? 足止め!? だ、誰だ?」

「例の……フレド=スパーバス? とカルラ=ノビリスの二名です!」

 思ってもみなかった二人の名前に、開いた口が塞がらないトーマス。

 下竜士は竜を使えない。つまり今、生身で竜と戦っている。

 そして、あろうことか住民の避難は滞りなく済んだとの報告なのだ。

 一頭あたり、四人の竜騎士が相手していて……このザマだと言うのに。

「敵わんな……全く。……よっぽどアイツらの方が、竜騎士に相応しいではないか」

 目前では好き勝手に暴れ回る四頭の竜が、破壊の限りを尽くしている。

 だが、ここにいる竜騎士達は新王国が誇る美しい街並みが瓦礫の山と化している光景を、ただ指を咥えて見ているしかなかった。

 肩を落とし、剣を握る手が弱まる百竜士。

 開く傷口を押さえる手が震える百竜士。

 亡くなった仲間の下で涙を流す百竜士。

 戦闘に再び復帰できる者は……もういない。

 ……たった一人を除いては。

「俺とて三竜団長……どれだけ血みどろでも責務を全うしなければならん」

 静かに己の心に炎を灯すトーマスは、一呼吸すると大剣を掲げる。

 思い出すは、はるか昔の記憶……。

「俺は幾つもの戦場を駆け、何人もの好敵手と仲間を失い、挙句の果てには相棒の竜を失った。それからの俺は竜騎士として成すべき道を見失い、真っ暗な世界で耄碌な自分を殺し続けた。戦いから目を背けた夜は、自分の首にこの大剣を押し当てたくらいだ」

 今の相棒の竜、カールの頭をそっと撫でながら、だが……と続ける。

「ある日。俺自身の弱さ、醜さ、愚図さ。その全てを気付かせた男が現れた。それがフレド=スパーバスと言う男だ。まさか見習い騎士にも満たない子供が……と最初は思っていたが、騎士たる強靭な志と魂の剣を持ち備えているフレド=スパーバスに、俺は確かに敗れた。……今ならその理由が痛いほど分かる。そして認めざるを得ない。フレドの方が俺より優れた竜騎士だと言うことを……」

 フレドと交わした剣の重み。未だ、しっかりと覚えている。

 いや、忘れたくても忘れられないものだろう。己の恥が覚えているのだから。

「俺は三竜団長トーマス=ネヴァーッ! アパータム新王国竜騎士団の名にかけて、ここで折れるわけにはいかんッ! この声が聞こえる者達よッ! 今自分が出来ることを……己の騎士道にかけて全うせよッッッ!」

 戦場に響き渡るトーマスの喝とも言える咆哮。

 誰の背中を押し、その闘志を震え立たせたかは定かではないが、顔を上げる者は確かにいた。

 剣を取り……立ち上がらせた。

「行くぞカール。俺の相棒は常に死地と共になるが……覚悟はできているな?」

 語りかけられるカールは何も反応を見せず、ずっと四頭の竜を睨みつけている。

何も言うまでもない。そう言いたいのだろう。

 今一度、暴れ回る四頭の竜を見やるトーマス。

 その威圧感、狂暴たるや、人の心を砕くには十分だろう。

「……弱い俺を導いてくれ……バース……ッ!」

 覚悟を決めたトーマスはカールに跨り、飛び立つ。

 ヤム平原の時は孤軍奮闘をしてみせたが……今は相棒のカールと愛竜の剣がある。

 心を奮い立たせるに、これ以上のものはないだろう。

「ここからが俺達の……戦いだぁああああああああああああッ!」


 住民の避難を終えたフレドのクラスメイトが、半壊の避難所に戻ってきた。

 彼らは、各々の自由で戦場に戻って来たのだ。下竜士として、何かしなければと思う気持ちが故に。

 そこで見た光景を、下竜士一同は一生忘れられないものとなるだろう。

「フレド……カルラ……」

 巨大化した黒の竜は見た目以上に速く動きまわり、二人を攻め立てる。

 地面に突き刺さる爪。

 振り回した尾で破壊される建物。

 一面を燃やし尽くす《竜炎》。

 だが、黒の竜よりも速く動く二人は、その猛攻を完璧にかわし、しっかりと学舎敷地内に黒の竜を足止めしていた。

 人の目で追いつける、ギリギリの速さで。

「カルラ! 《三連刃》の準備をして! タイミングは僕が出すから!」

「分かったわ!」

 果敢に二人で攻める姿は、見ている者を歯がみさせるしかなかった。

 それは、あんなに速い《合詰め》を使えないから。

 それは、竜の一撃をいなす剣技を使えないから。

 それは、竜を相手に生身で戦う勇気が……ないから。

 実は心のどこかで感じてはいた。

 トーマスと戦う勇気があったフレドは、並大抵の覚悟を持っている訳ではないと。

 誰だって竜騎士団長と戦おうなどと思わない。例えどんな理由があろうとも。

 それでもトーマスと戦い、あまつさえ互角に近い戦いをしてみせた。

 カルラもそうだ。

 どんな崇高な志を持っていたとしても、貴族の中の貴族の家の出なら、生身で竜と戦おうなどと思わない。思えない。

 その筈なのだが……フレドの声に異議も反対もせず、ずっと一緒に戦っている。

 完璧なフォローにカバー。フレドが主となって戦いやすいように、カルラはずっとバックアップしているのだ。

 お互いの信頼あっての戦い方。

 ウーターとレイジには特に響くスタイルだろう。

「なぁ……ウー」

「俺も……そう思う」

「まだ何も言ってない」

「……」

 ただ黙ってフレドとカルラの戦いを見ているウーター。

 悔しそうで、それでいて希望に満ちた目を向けている。

「俺達も負けてらんないよなぁ……」

「あぁ……レイジがもうちょっと剣を使えたら……」

「ぶん殴るよ?」

「じ、冗談だって……」

 ウーターとレイジは、改めて自分達の無力さを思い知らされる。

 もっと腕を磨かねば。もっと呼吸を合わせなければ。

 それができなければ……いつまでも、フレドとカルラに追いつくことも、追い越すこともできない。と……。

 下竜士達がフレドとカルラの戦いを見て、どう思っているのか。何を感じているのか。

 きっと……こう思っているだろう。

 ―—自分達はまだまだだと。だから……負けていられないと—―

 とは思っても、この戦いに参加する者はいない。

 やはり、覚悟に技量は追いついていないのだから、仕方がないだろう。

 その時だった。

 黒の竜は、今まで狙いをつけていたフレドから、カルラに標準を変えてきた。

 フレドの有利な立ち回りの原因に、カルラが何枚も噛んでいることに気付いたからだろう。

 フレドを殴りつける素振りを見せて……初めてフェイントを繰り出し、尾でカルラを突き飛ばす。

「く――――ッ!?」

「カルラッ!?」

 瓦礫の山がクッションになったが、ほぼノーガードだったせいで全身に痺れと硬直が襲い、軽く意識が飛ぶカルラ。

 間髪入れずに《竜炎》の構えをとる竜は、カルラしか捉えていなかった。

 直後に放たれる《竜炎》。直撃する前になんとか意識を取り戻すカルラだったが、逃げる時間などない。

「あっ………………」

 視界が真っ赤に染まる――――。

 ……。

 ……。

 あの日と同じ……。

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