1-7
終わりを告げるチャイムの音と同時に、バルバの授業は終わった。
他のクラスメイトは、次の授業の準備をせっせと進めているが、約二名は机に頭を突っ伏していた。
「ぅうう……。全然分からない……。カルラぁ……」
「……私もよ。やっぱり上等騎士の座学が優秀でも、手も足も出ないわ」
「え? カルラって優秀だったの?」
「失礼ね。これでもまぁ……片手で数えられるくらいの順位にはいたけど……はぁ……」
頭を抱えるフレドと、肩を落とすカルラ。
突然だが、竜騎士団内には学年に類似した階位が、かなり細分化されている。
竜騎士団内最高階位、竜騎士団長。
以上の五階位となっている。
フレドとカルラは、現在最下の下竜士。
下竜士の座学は、それ以前の騎士階位で修めていれば、そこまで影響のないレベルではあるのだが、二人には決定的に必要学力がない。
授業についていけないのも無理はないと言うより、根本的に不可能だろう。
「……フレド、カルラ。……今から……私の部屋に……来なさい」
いつの間にいたのか、バルバがフレドとカルラを呼び出す。
周囲の反応をみる限り、あまりいい感じではなさそうだが……。
「……ついてこい」
多くを語らないバルバは、二人を全く気にせずに自分のテンポで教室から出ていく。
「えぇ……っと、行こっか?」
「そうね。ちょっと怖いけど……」
長い廊下を二回程曲がると、兵舎を抜ける。
抜けた先に広がっている裏庭のような場所は、木々に囲まれた秘密基地のような雰囲気を醸し出しており、なんとその最奥に一つの小屋があった。
嵐の一つでもあれば、簡単に潰れそうなおんぼろ小屋。
その小屋は、草木が生い茂り、ツタがそこら中に絡まり、蜘蛛の巣がたくさん張りめぐっている。
一瞬、ゴミ捨て場ではないかと勘違いしてしまう二人を置いて、バルバは外で待つように二人に言い残すと、強引に傾いたドアを開け、暗闇に消えていく。
何用で呼ばれたのかも分からない二人は、只々黙って成り行きを見守るしかない。
しばらく待っていると、突然、大きな物音と共に小屋から異常な軋み声が響き渡る。
「ゴホッ……ゴホッ……」
埃にまみれながら小屋から這い出てくるバルバ。
そのバルバを追うかのように何十冊もの本が雪崩を起こし、小屋から溢れ出てくる。
「だ、大丈夫ですか……!?」
慌ててフレドが助けに向かうも、バルバは何事もなかったかのように立ち上がり、本を蹴っ飛ばす。
「……あぁ。問題……ない」
適当に服の埃を払うと、机と椅子を二つ、そして黒板を引っ張り出す。
「……トーマス三竜団長……から……話は……聞いている。……席に着け」
どうやら、バルバはここで、二人だけに授業をしてくれるらしい。……この青空の下で。
新鮮ではあるが違和感しかない二人は、言われた通り席に着き、話を聞く姿勢に入る。
……。
……。
淡々と進む個別授業。
それぞれのレベルに合わせて、確実に、そしてテンポ良く進んでいく。
そのバルバの教えの上手さというと……圧倒的だった。
最初に基礎を簡単に教え、次に基礎五割の応用、最後に発展といった一連の流れをフレドもカルラも全く違う学習域だというのに、完璧に教えこなす。
適度な休憩も怠らないバルバの技量で、フレドは下等騎士が学ぶところまで。
カルラは騎士団長が修める学習域まで到達していた。
二人の集中力もさることながら、バルバの教えの上手さも相まって、日暮れに気付かないくらい、机にかじりついていた。
「ふぅ~~~~~ッ! バ、バルバ先生……ありがとうございました。僕達のために……」
「本来、五年以上かかるはずの内容を……たった半日で……。ありがとうございます!」
思わず感服してしまうフレドとカルラだが、自分達の伸びに、自分達が一番驚いていた。
今日の授業内容の理解のできなさに心が折れそうになっていたにも関わらず、この個別授業のおかげで、勉強の楽しさと取り組み方が多少なれど分かったのだ。
教師として改めて尊敬の念と感謝を送るべく、頭を下げる二人を他所に、照明に使かっていたランプを片付けるバルバは、手を動かしながら口を開く。
「……フレド=スパーバス。君の戦いを……見ていた。君の……騎士たる覚悟も……。素質はある。……良い騎士を目指さずとも……騎士は、騎士だ……」
どこか含みのある言い回しに疑問は持ったが、バルバもフレドを認めているようで、少し歯がゆくなるフレド。
「……カルラ=ノビリス。君の吸収力……スーファス総帥から……聞いていたが……、私以上だ。……フレドには……君が教えるんだ。それもまた……学び」
先ほど出た『五年』という数字。これは下等騎士から騎士団長になるまでの、あくまでも『早ければ』の数字なだけであって、ここ数十年、五年以内で昇級した例は一つもない。
それを半日で突破するなど、あり得るはずがないのだが……あり得てしまった。
その上、途中からバルバの教えを感覚で掴んだのか、カルラは殆ど一人でペンを走らせていた程だ。
地頭の良さ、ここに現れり。と言ったところか。
「分かりました。しっかり、フレドに教えておきます」
とん、と胸を叩くカルラ。
「……期限は、設けん。……君達のペースを……忘れるな」
それだけ言い残すと、バルバはおんぼろの小屋の中に消えて行ってしまった。
かなり個性の強い人だが……いい人なのは、よく分かった。
「……戻ろっか?」
「えぇ。……ところで、フレドの部屋ってどこなの?」
「確かに……どこだろう? ずっと救護室にいたから、聞いてないや」
「呑気……。スーファス総帥に聞きに行くしかないわね……」
「あはは……。ごめんね?」
本来ならば、総帥とは簡単に会えるような人ではないのだが……。
二人の遠慮のなさと言うか、何と言うか。
ちなみに、フレドに部屋の話をし忘れていたのは、他でもないスーファスだったのは、また別の話。
翌日は、朝日と共に決闘場に集合となった。
皆一様に、眠そうな顔を浮かべているのだが、それは日付が変わるまで授業があったからだ。
下竜士といえど、一日のスケジュールはかなりハード。
初体験のフレドは見るもの全てが新鮮で、朝一でも元気なのだが……。
フレドの復帰よりも先にこの思いを経験していたカルラは、とてもじゃないが、女の子の顔をしていなかった。
「ぅうう……いくらなんでも早すぎよ……。ってそんなことより! なんで私とフレドが相部屋なのよッ!?」
「そ、それは僕だって知りたいよ……」
悪びれる様子のない軽い謝罪と一緒に、スーファスからフレドの部屋事情が告げられた昨晩。
「確かに、私一人にしてはベッドの数が多いなぁ……とは思ったけど! それでも同じ部屋に男女を入れるッ!?」
「そんなに怒らなくても……あっ、寝相が悪いのは、誰にも言わな……」
「んなっ!? あっ、当ったり前でしょう!? あぁ、頭が痛い……」
先が思いやられる故の頭痛。そもそも何故、二人が相部屋なのかというと……。
『ん? 仲が良いと思っていたんだが……違うのかい?』
スーファスの勝手な思い込み且つ、無駄な気遣いが原因。
どのみち、空いている部屋が他にないらしいので、カルラには我慢してもらうしかなかった。
今後の部屋の細かい区切りをどうしようかと考えているカルラを他所に、初めて見る女の先生が一人、決闘場に姿を現した。
小柄な体格に似合わない
「今から二人一組になって模擬戦を行うッ! 細かいルールはいつも通りよッ! 後……カルラ=ノビリスは私のところに来なさいッッ!」
何故かカルラだけが名指しで呼び出され、それ以外は二人一組に分かれていく。
呼び出されるような事はしていないはず……と思いながら、女の先生の方へと向かうカルラ。
「初めましてね。カルラ=ノビリス。私はミューダ=アスラスよ」
「は、初めまして。そ、その……私、何かしましたか?」
「別に何もしてないわ。でも……そうね。最初に言っておくわ。私は貴女が、嫌い」
「……」
下等騎士の時もそうだったが、他人から嫌われることが多かったカルラ。
女が騎士になるなとか。家の名を鼻にかけているとか。それはもう……たくさん。
そもそもヴァンドラム王国の頃も、アパータム新王国も男尊女卑の風潮がある。
とは言っても、今は古い考えを持つ極一部が男尊女卑的発言をしている程度で、新王国の法はそれを認めていない。
認めてはいないのだが、騎士階位を受けやすい貴族階級の多くは、偏った思想の親を持つ子が多い。
そんな親達は、「男の方が優れている」や、「女は戦えない」など、それはもう時代錯誤の遺物にすぎない考えがこびりついており、そのような教育を我が子にさせ続けてきた。
この国には「竜を道具として扱う」、「男尊女卑の思想」の二つが表面化していないだけで、人々の意識にこびり付いている厄介な「当たり前」となっているのだ。
それと……。
「私が……『ノビリス』だからですか?」
貴族階級は基本的に搾取側の人間。
貴族階級にない人間は、貴族嫌いが当たり前なのだ。
「……えぇ。でも、今の私と貴女の立場は、差し詰め教師と生徒。だから割り切るわ」
ミューダは模擬戦用の木剣をカルラに投げつける。
「私が貴女を竜騎士にさせるわ。……見せてみなさい。貴女の剣を」
「……分かりました。行きますッ!」
突如として始まるカルラとミューダの激しい模擬戦。
遠くからその様子を心配そうに見つめるフレドの横には、腹を抱えて倒れるクラスメイトがいた。
「いってぇ……」
「あっ、ご、ごめん! やりすぎた……。えぇっと……?」
「あぁ……僕? そ、そういやまだ名乗ってなかったね……」
そう言うと、先程までの痛みはどこへやら。一息で立ち上がると、鎧に付いた砂を払い落とす。
そして、胸のあたりを叩きながら自己紹介を始める。
「僕はレイジ=アーテナル。あのウーターとは腐れ縁かな? んまぁ、よろしく」
黒髪眼鏡のレイジは、ウーターと同じくらいの背丈で、フレドを余裕で見下ろせる。
だが、眼鏡の下から覗く目はとても友好的で、ウーターに近しいものを感じる。
「もう一戦やろう! あ、手加減はいらないからね?」
「分かった。……本気で行くね」
「一応言っておくけど……《刃》はナシだよ?」
「……あっ、そっか」
「フレドのは多分、木剣と言えどさすがにヤバいと思うしなぁ……。ちなみにあの《刃》って、誰に教わったんだい?」
「孤児院のおじいさんだけど……」
「何者……。おじいさん……」
確かに、《刃》の威力を知っている竜騎士団の人間ならば、フレドの《刃》を教えた人間が誰か気になるのは必然だろうし、そもそもフレドの《刃》はざっと見積もっても、下竜士以上のレベルに匹敵するだろう。
興味をそそられるのも、無理はないと言うものだ。
「やっぱりフレドの……」
「ダメだってレイジが言ったんじゃ……。しかも《刃》は模擬戦で使ったらダメってルールがあるんでしょ? すっかり僕は忘れてたけど」
「んんん……もう一回見たいんだけどなぁ……」
「あははは……」
孤児院にまだいた頃。《刃》の練習がてら、森で薪集めに《刃》を使いまくっていたことは伏せておこうと、一人思うフレドだった。
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