1-5

 『○○○……。竜ヲコロセ……。オマエノ……シメイ……』



「ぅうううう……」

 身体中の痛みのおかげで、目覚めるフレド。

 まるで金縛りにでもあっているかのように身体が動かない。

 首回りなんて凄い固定方法を施されており、横も上手く向けられない。

 自分がどんな状態なのかも分からないまま、ただベッドの上で横になっていた。

「あ、フレド……。大丈夫?」

 リンゴの皮を器用に向いていたカルラが、フレドが目覚めたことに気付き、顔を覗き込ませる。

 容態を気に掛けるカルラは、心配の表情を浮かべていた。

「ここは……?」

「救護室よ。トーマス三竜団長と……派手にやり合って、全身ボロボロなのよ?」

 頭蓋骨、左肩半身、肋骨、脚……。挙げられた骨という骨が折れていたり、ヒビが入っていたり。

 残念ながら当分は歩けないだろう。それくらいド派手にやったのだ。

 ……して、この戦いで得たものはあったのか?

「トーマス三竜団長は?」

「え、えぇっと……」

 口籠り、視線が泳いでいるカルラは、何か言葉を探している。

 その時、ノック音と共に一人の人物が入室する。

「失礼するよ?」

「ス、スーファス総帥!? なぜここに……?」

 大物の登場に腰を抜かすカルラは、手にしていた果物ナイフを手放してしまい……。

 美しい弧を描いた果物ナイフはフレドのベッドに突き刺さる。

「カ、カルラ!?」

「あっ、あっ、ご……ごめんっ!? 大丈夫!?」

「だ、大丈夫だから! お、落ち着いて!? そ、その持ち方、また落とすでしょ!?」

「ふふっ。二人は仲が良いみたいだね」

 よっこらせ。と言いながら近くの椅子に腰を下ろすスーファスは、なにやら一枚の紙を持っており、それをカルラに手渡す。

「これはフレド君の騎士団入団証書なんだが……まだ正式に入団できない問題がフレド君にはあってね……」

「それは……トーマス三竜団長に敗れたからですか?」

 重い空気になる室内。

「いいや。もっと簡単で、難しい問題だよ」

 スーファスの言っていることがよく分からないカルラは、証書を見て大きな問題にすぐに気付いた。

「名前が書いて……あっ! そっか!」

 フレドを起き上がらせて、スーファスから受け取った証書を一緒に覗くカルラは、とある箇所を指さす。

「何何?」

「姓だよ! フレドの姓!」

 この国では、姓を持たない人間が兵役に徴収されることは珍しくない。だが、昇級資格がない。

 本来、一定の収入や家、個の力を持たなければ正当な騎士にはなれないのだ。

 見習い騎士になれたのは、孤児院の後ろ盾があったからだが、今のフレド自身には収入も家もない。

「とまぁ、深刻な問題ではあるのだが、家は持っていなくとも生活を寮で行えば問題はない。収入も見習い騎士でもそこそこ入るから黙っておこう。ただ姓がないと……」

「僕に、見習い騎士から……上が……ない……?」

「そんな……どうにかならないんですか!?」

 道半ばに見えた、出生の壁。それはあまりにも大きく聳え立ち……。

「なるとも。君が好きな姓を決めてくれたら、後は私がどうにかしよう」

「……え?」

 思いの外、大きくなかった壁に驚きつつも、いきなり自分で自分の姓を決めろなど……そんな適当でいいのか? と拍子抜けしてしまう二人だが、最大の問題が姓であり、フレドが決めるだけでなんとかなるのなら、それに越したことはない。

「……でも、いざ考えると難しいなぁ……」

「死ぬまで使う姓かもしれないんだから、慎重に考えるのよ!」

「う~~ん……」

 イイ感じの姓など、すぐに思い浮かぶわけもなく、ただ沈黙に陥ってしまう。

 そんな一室に、一人の男が姿を現す。

「邪魔するぞ」

 疲労などが一切見えない、トーマス三竜団長だ。

 さすが歴戦の猛者と言ったところか。そのタフさ、竜騎士団内最強かもしれない。

「トーマス三竜団長! ぼ、僕の姓なんですが……いい案とかありませんか?」

「……なぜそれを俺に訊く? 先程まで剣を交えていた、言わば敵だぞ」

 困惑を通り越して少し苛立ちを見せるトーマスに、逆にフレドは不思議そうな顔で返す。

「剣を交えたら竜も人も友だって、おじいさんが言っていましたよ?」

 あどけない無垢を浮かべるフレドに、最早、呆れの感情が芽生え始めるトーマス。

 だが、大きなため息一つすると、なんとフレドに頭を下げる。

「……お前の覚悟への非礼、全て詫びる。お前の……勝ちだ」

「えっ……。そ、そんな……。勝負は僕の負け……」

 トーマスが何を思って頭を下げているのか。その理由は、トーマス自身の口から続けられた。

「かつての俺は、お前と同じく竜を愛する竜騎士だった。だが……一生の相棒を失ってから、この世を憎むようになった。そんな俺を竜騎士として引き戻させたのは……間違いなくお前だ」

 フレドに見えぬように一筋の涙を流すトーマスに、同じく涙を流すスーファス。

 その真意はフレドに分からないだろうが、いくつもの戦いを経験してきた男には、いくつも背負うものがあるのだ。

 大きな背中では背負いきれない、いくつもの後悔と懺悔と贖罪。

 そんな中で、唯一大切にしていたものを壊されたトーマスが、正気を保っていられなくなるのも無理はないだろう。

「俺の目指していた幻想と似て非なる覚悟を持つお前を、今の俺は肯定しない。……だが、認めよう。……フレド」

「トーマス三竜団長……」

 この戦いで得たもの。それは……真に大きなものだった。

 トーマス三竜団長との、『信頼』。

「やったじゃない! フレド!」

「うん!」

 わきゃわきゃと騒ぎだす二人は、怪我の事などお構いなし。

 まるで子供のように喜び合う。そんな二人に、改めて向き直るトーマス。

「カルラ=ノビリス……。お前の覚悟はなんだ?」

 名前を呼ばれて驚くカルラは、借りてきた猫のようにビクビクしながら、ゆっくりとトーマスの方に体を向ける。

「わ、私は…」

「おろおろするな。まさか……フレドの覚悟よりくだらないのか?」

「べ、別に僕のは……」

「やかましい! 今はノビリスだ!」

 まさか、自分も聞かれると思っていなかったカルラは、言葉選びに苦心しながら、なんとか言葉にしようと試みる。

「わ、私は……」

 カルラの目指すものは……実は誰かに言えたものではない。

 フレドとて例外ではないが、フレドは自分の覚悟を貫き通すと決めているのだ。

 だと言うのに、自分は……酷い。

「私は、家の名に恥じない立派な騎士になるため……ではありません。私は、父を見返すために竜騎士団を目指しています。そして……この「ノビリス」を捨てるために」

 他の兄弟と違って、差別的な扱いを受けてきたカルラ。

 開花させた才能を利用されるカルラ。

 そんな都合の良い傀儡で終わりたくない。

 世界最高峰とも名高いアパータム新王国の竜騎士団に実力で上り詰め、そして父を見返す。

 カルラの存在の意味を大きくして……そして……。

「ふん……。フレドより、よっぽどお前の方が使えるだろうな」

「す、すいません……。完全な私怨で……」

「その方が御しやすい。……スーファス総帥。二人を、預かってもよろしいでしょうか?」

 おもむろにスーファスに何かの許可を取るトーマス。

 だが、スーファスは驚く様子も、考える仕草もなかった。

「ははは。そう言うと思っていたよ」

 意味ありげな会話を繰り広げ、置いてけぼりな二人にスーファスは別に用意していた二通の手紙を渡す。

「「これは……?」」

 何やら高級そうな封筒に、竜騎士団のロゴの入った封蝋印で綴じている手紙に戸惑う二人。

「フレド君。カルラ君。両名を特別に、三竜団に配属することを、ここに言い渡す」

 ……。

 ……。

「「えぇえええええええええええええっ!?」」

 思ってもみなかった話に思考が完全に停止し、開いた口が塞がらない。

 カルラは騎士階位があるにせよ、まだ上等騎士。騎士階位の最上位である騎士団長シュバリエ=ドミヌスをまだ授かっていない。

 普通、騎士団長の次が竜騎士団なのだ。

 それに比べ、フレドに至っては、まだちゃんと入団証書を受け取っていないのだから、かなり異例中の異例だろう。

 あまりにも現実味のない話に、放心状態になってしまう二人。そんな二人の肩に手を置くスーファスは、真っすぐな目で話し始める。

「本来なら騎士団長の次が竜騎士団なんだがね……。フレド君。君は百等騎士センタム=シュバリエから騎士団長昇級に必要な《合詰め》を使え、あまつさえ、竜騎士団昇級に必要な《刃》を付け焼き刃ながら使える。この二つはフレド君の力として認めざるを得ない。それに、カルラ君。君は恐らく、自分でも知らぬ間に《合詰め》を使えるね? 君単独での検挙率がずば抜けているあたり、《合詰め》で逃走する者を気絶させて捕縛しているようだね。……これは私の勝手な推測なんだが……カルラ君は、見よう見まねで《合詰め》が使えるようになったのだろう。

よって両者の潜在能力とこれまでの努力は……評価に値すると私は思うのだが、どうかね?」

 その声は二人を強制するものでもなければ、無駄に褒め称えるだけのものではない。

 二人を一人前の騎士として見ている。

 これは決して同情や優しさなどではない。竜騎士団総帥としての勅命なのだ。

 無論、二人の答えは決まっていた。

「やります。僕の目標のためにッ!」

「私も……。あっ、我が剣に誓ってッ!」

 二人の答えを聞き届けたスーファスは笑顔を浮かべ、二人の頭を撫でる。

 父を知らないフレドと、父にあしらわれているカルラにとって、スーファスが頭を撫でる感覚は、実の父に撫でられているようで……不思議な気分に包まれる。

「と言っても、お前達の《合詰め》も《刃》もまだまだ未熟。……しごいてやるから、精々覚悟するんだな」

 そう言って部屋を後にしようとしたトーマスはふと足を止め、フレドを見ずに声をかける。

「お前の姓………………『スパーバス』はどう……。いや、忘れてくれ」

 あまりにも小さい声に聞き取りづらかったが、フレドの姓の案をくれていたらしい。

 それ以上何も言わず、トーマスは足早に部屋を去ってしまった。

 トーマスがいた場所を少しの間見つめるフレド。

 何を思ったか、一つ頷くとスーファスに向き直る。

「スーファス総帥。僕の姓……『スパーバス』で、お願いします」

「はははっ。分かったよ」

 スーファスは胸元からペンを取り出すと、カルラの持っている入団証書に名前を書き記す。


 —フレド=スパーバス—


 新たなる物語を紡ぐ主人公が、ここに誕生したのだった。

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