1-3

「なっ……、なっ……、なんでこうなってるのよぉおおおおッ!?」

 フレドを探して、だだっ広い竜騎士団の兵舎内を駆け巡っていたカルラ。

 他の騎士達の噂のような話を聞いて、急いで決闘場に来てみたのだが…。

 まさか、あのフレドが決闘場のど真ん中で、トーマス三竜団長と向かい合っているとは思いもしなかった。

 トーマスは愛用の大剣グレートソードを、フレドは衛兵に貸し出されている並みの片手半剣バスターソードを構えている。

 フレドとトーマス。

 無階位の少年と、第三竜騎士団の団長。

 二人の差はあまりにも大きく、この戦いの結末など見るまでもないだろう。

 そう思いつつも興味本位で見物人が決闘場に集まってくる。

 最早、入団式云々の騒ぎではなかった。

「あんなの勝てるわけねーだろ」

「なんでも、三竜団長を怒らせたらしいわよ」

「あ~、違法オークション現場を荒らしたとか?」

「それだけじゃねぇみたいだぜ?」

「まぁなんにせよ、三竜団長の戦いをこの目で見られる機会なんてそうそうね~んだから、精々頑張って耐えて欲しいもんだ。わはははっ」

 フレドを応援する者など、いなくて当然。

 それでもやはり、同期や後輩になる人間に対して、少しくらい何かあってもいいはずだ。

 腐り始めたアパータム新王国の騎士道に、何を言っても無駄だろうが。

「フレド……それでも私は信じてるわよ……。あなたはこんなところで挫けないって……」

 たった一人、カルラを除いては……。


「今ならまだ、貴様が逃げることを許してやるが……どうする?」

 トーマスの大剣はフレドの身長程あり、なんとそれを片手で持っている。

 刀身は普通の剣より二倍以上幅があり、剣というより戦斧に近しいだろう。

 そう。これは真剣の戦い。場合によっては……死者が出かねない。

 だからこその最終勧告。ここがボーダーラインということだ。

「……僕は逃げません。絶対に」

「殊勝なことだ。では……覚悟しろ」

 姿勢を低くし、片手半剣バスターソードを構えるフレド。

 トーマスとの距離は約十メタ。かなり距離があるが……。

 フレドはローステップから急激なハイステップで踏み込み、一気に間合いまで駆ける。

 トーマスの大剣の性質上、超近距離戦を仕掛ければフレドにも勝機はあるからだ。

 だが、それはトーマスも承知の上。いくつもの戦場を共にしてきた相棒の強み弱みは誰よりも使い手が知っている。

「狙いはよし。だが貴様の剣が届………ッ!?」

 後方に跳躍し、大剣の間合いを作るトーマス。距離を作る至極単純な作戦。

 であるならば、トーマスの間合い作りより速く間合いに入り込めばいい。

 それはトーマスにも分かっていた。これまで相対してきた敵との一騎打ちでは、この戦法がセオリーだったからだ。

 これまで相対してきた敵と同じならば……の話だか。

 フレドの間合い詰め。その速度はトーマスの歴戦の猛者達を優に超えていた。

「はぁあああああああああああッ!」

 完全にトーマスの間合いに入ったフレドの猛攻。

 トーマスが反射的に防御に回ったのは、やはり腕の立つ竜騎士だということだろう。

「ぬぅ……!?」

 右、左、死角……。迫りくる斬撃に一方的に押され続けるトーマス。

 だが、押されているはずのトーマスの目は……どこか一点を見ているようで、うっすらと笑みを浮かべていた。


 決闘場の頂。

 眼下では二人の男が剣を、魂をぶつけている。

 苛烈に、激烈に、猛烈に。

 それをどこか不安気な顔で見つめる人がいた。

「トーマス……」

 竜騎士団総帥スーファス。竜騎士団のトップだ。

 そこに二人の男女が姿を現す。

「総帥。この茶番は一体なんだ?」

 スーファスを相手に無礼な言葉つかいで話しかける長身で細身の男。深紅の鎧を纏っており、特に人目を惹いている。

 また、自らの背を超える長さのランスを手にしているのが特徴だろう。

「茶番とまでは言いませんが……意味を見出さない戦いではあると思います」

 眼鏡を掛け直す、これまた長身の女。

 その身は蒼い鎧を纏っており、腰に細剣レイピアを帯剣し、何か分厚い本に目を落としながら話していた。

「それを茶番と言うんだが?」

「貴方はいつもそう喧嘩腰よね。どうにかならないの?」

「てめぇはその気色悪ぃ本ばっか読んでんじゃねぇよ!」

 荒々しい態度と言動の男。

 この男は、一竜団長ファスタ=ドミヌスヴァイラス=レイロード。

 そして、すまし顔でヴァイラスを受け流す女。

 この女は、二竜団長セコン=ドミヌスアクア=ラフィアス。

 このヴァイラスとアクアとトーマスの三人が、アパータム新王国竜騎士団の三大支柱となっている。

 全く似ても似つかなければ、忠誠心がどこにあるのかも不明なのだが。

「これは茶番などではない。騎士の一騎打ちは、そのような軽いものでないのは君らも分かっているだろう……。だが……」

 スーファスの心配事。それはフレドの身を案じてなどではなく、トーマスに対してだった。

 いつになく怒れるトーマスは、どこか心ここにあらず。

 その原因を誰よりも知っていたのがスーファスなのだから、仕方のないことなのだが。


 鋼のぶつかる音は不規則な音楽を奏でる。

 軽い音から重い音まで。

 だが、その旋律は時間と共に一方的な音楽へと変わる。先程までと同じ音楽とは思えない程に……。

「ぐっ……わぁあああああああッ!?」

 派手に吹っ飛ばされるフレドは、決闘場の壁に叩きつけられる。

 無論、吹っ飛ばしたのはトーマス。

「お前の剣はよく見させてもらった! 次は俺からだぁあああああッ!」

 フレドの間合い詰めより、さらに速い速度でフレドに迫るトーマス。

 ギリギリのタイミングで防御の体勢をとるが、力でトーマスに勝てるわけもなく、次第に押され始める。

「まさか貴様が、上等騎士以上が習得すべき《合詰め》を使えるとは思っていなかったが……所詮その程度だッ! 竜騎士団内ではそんなもの……瞬き一つで灰塵と化すぞッ!」

 またも吹っ飛ばされるフレド。

 見習い騎士に貸与される鎧は、槍や剣を通さない頑丈な作りをしているのだが、その耐久性を誇っていたとしても、何度も壁にぶつけられては限界などすぐに迎えてしまう。

 鎧が耐えられなければ、当然、肉体も耐えられるはずもなく。

「ぐはっ……ッ?」

 今の一撃で恐らく左肩から下が使い物にならなくなっただろう。

 荒い息遣いながら立ち上がるフレドの左腕は、無気力にぶらんとぶら下がっているだけだ。

「もう終わりか? それで貴様の理想は叶えることはできるのか?」

「僕は………諦めない………ッ!」

「口だけだが? 貴様の剣では何も守ることも、変えることもできんぞ?」

 最早、立ち上がるだけが限界。立っていられることが困難。

 次のトーマスの攻撃など防げたものではない。

 だが…フレドの目は諦めていなかった。

「竜と友になどなれん! なる必要などないッ! 竜は我々人類の戦争に用いる兵器であり武器だッ! その事実は変わることない。永久になッッ!」

「なら……僕が変える……ッ! 竜を武器にする戦争を止めてみせるッ! 竜を道具として商売に使う人達がいるなら、竜を守る法を僕が作る……ッ!」

 具体的な方法など、今のフレドに持ち合わせていない。

 それでも、変えたい。その意志だけは本物だった。

 そんなフレドの強い覚悟は……トーマスには届かなかったが。

「ふ……ふざけるなぁあああああああッ! 貴様のような幼稚な考えだけでは何も変わらんのだッ! 全ては力だッ! 力がなければ何も成すことはできんッッ! 力のない貴様如きがぁ……ほざくなぁあああああッッッ!」

 トーマスは大剣をフレドに向けると、大きく構えをとる。それは今までの構えとは全く異なっていた。

 感情から口調まで荒ぶるトーマスの行動に、ヴァイラスはため息交じりの声を漏ら す。

「トーマス……アイツってあんなにバカだったか? まさか、あんなガキに《刃》を使う気じゃねぇだろうな?」

 呆れ顔で眼下のトーマスを見るヴァイラス。

 その横には、やはり本を読んでいるアクア。

「以前に比べてずいぶんと変わってしまったわね。特に、荒々しくなって……」

 どこか心配の感情を含ませるアクアは、本から目を離さないでいるが、注意は完全に決闘場の二人に向いていた。

 そんな二人の声など、スーファスの耳に届いているはずもなく……。

「トーマス……」

 握った拳から血が流れていることに、スーファス自身も気付いていないだろう。

 だが……もう止めることはできない。

 大きく大剣を縦振りするトーマス。

 どこからどう見てもフレドとの間合いの外側にいるのだが、凄まじい爆裂音はフレドのすぐ横で起こった。

 その衝撃で、フレドは再び壁に叩きつけられる。

「……なっ!?」

 爆裂音と共に盛大に盛り上がる会場。

 今の攻撃こそ竜騎士団に属する者しか扱うことができない、間合いを完全無視した一撃。

 それが《刃》。

 アパータム新王国竜騎士団は、剣から放たれる同一直線上のみに飛ぶ覇気ともとれる斬撃と、竜を用いた飛翔の戦闘スタイルでその名を世界中に轟かせてきたのだ。

 他に類を見ない特徴は、視認できない飛来する攻撃という性質であり、竜騎士団の一員である何よりの証拠として知られている。

 まさかその《刃》が見られるなど……。しかも竜騎士団長ともなれば、一撃の意味が変わってくる。恐らく、これを見に来た者すらいるだろう。

 だが……《刃》を放ったトーマスの顔には、驚愕の表情が描かれていた。

 決闘場にいる見習い騎士や騎士階位の者達はあずかり知らないが、《刃》を使うことができる竜騎士団の面々を含め、ヴァイラス、アクア。

 そして……スーファスまでもが、驚きの表情のまま思考が止まっていた。

「おいアクア……。てめぇも流石に……今のは見てた……よなぁ?」

「え、えぇ……」

「あのガキ……偶然じゃねぇ……よなぁ?」

「えぇ……。恐らく、見えている……わ…………」

 薄っすらと冷や汗を流すヴァイラスとアクア。

 その意味を最も深く知るスーファスは、その場で腰を抜かしてしまう。

「あの少年には……《刃》が見えている……? そして、あの状態で……トーマスの一撃を受け流した……だと……?」

 一つずつ紐解いていこう。

 まず、《刃》は視認できない。先にも述べた通り《刃》は覇気のようなもの。

 科学的に言い表すのなら、衝撃波とでも言えようか。

 それを視認できる者は竜騎士団長、スーファスを含め誰一人としていない。

 いないはずなのだが……、フレドはそれを視認でき、そして受け流してみせた。

 片手半剣を握る力もないはずのボロボロのフレドが、トーマスの全力を受け流したのだ。

「貴様……一体……?」

 驚きのあまり言葉が出ないトーマス。

 だが、それもすぐに納得のいく、驚愕の光景に移り変わる。

「負け……ない……ッ!」

 片手半剣を構えるフレドは上半身を大きく捻り、そのまま剣先を下に向けて振り抜く。

「…………ッ!?」

 フレドの丁度足元。そこから大きな砂埃が大波をつくってトーマスに襲い掛かる。

巻き起こる強風に、迫る砂の波。

 あっという間に決闘場の大半に砂が覆いかぶさる。

「なぁ……ッ!? これが……フレドの……?」

 フレドの後方の位置にいたカルラには、自分の目に映る光景に言葉が出ない。

 その盛大さに。

 その圧倒さに。

 その豪快さに。

 ……魅了されてしまった。自分よりも若く、幼いはずのフレドの剣に。

 そして、何よりその信念からくる努力の賜物に。

 以前、孤児院で剣を教えてくれている人がいると聞いたことはあったが、まさかここまでのものだったとは。

 ……カルラには分かる。

 努力から研鑽されたものは眩く、儚く、綺麗だと。

 その域に達したくて自分も剣の腕を磨いているのだ。ゆくゆくは竜騎士団に入る為に。

「やっぱりフレドは……凄い……」

 自然と腰の剣に手が伸びる。

 剣を振りたい。技を磨きたい。そして私だけの技を……。

「頑張れぇええええええッ! フレドォオオオオオッ!」 

 その応援が聞こえたのか、フレドは砂の波に姿を消した。

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