1-2

 あの時の幼い白い竜がどうなったのか。それはフレドの知るところではない。

 しかし、同じ光景を前にして黙っていられるのか?

 たった今、目の前で白い幼い竜に値段が付けられている光景を。

 そこからはもう、感情でしか動いていなかった。

「そのオークションを、今すぐやめろ!」

 あの時のフレドは幼すぎた。だが、今のフレドは見習い騎士。

 多少なれど発言が武器になる……はず。

「お前……騎士か? ははっ! にしては若すぎるんじゃねぇか?」

「年齢なんて関係ない!」

「んじゃあ、お前さんの階位は?」

「まだ見習い騎士だが、立派な騎士階位だ! 発言にも効力はある!」

「あぁ……。それ、正式ならな?」

 商売人はフレドの胸を軽く小突きながら、嘲笑う。

「そういや……入団式は今日か? 今日から見習い騎士なら、まだ正式な階位はねぇよなぁ? その証拠に階位章付けてねぇし」

「……ああぁっ!」

 騎士団に所属している証ともいえる階位章は入団式の最中で貰い受ける。

 そして、鎧に身を包んでいる時は胸のところに階位章を身につけなければならない。

 まさかそんな初歩的な間違いを犯すなど……。

「ガキは帰ってママの乳でも飲んでろ! ギャハハハッ!」

 オークションに参加している見物客も、フレドを嘲笑う。

 大抵、オークションに参加している者は騎士嫌いが多い。弾圧対象によくされるからだ。

「くっ……」

 やっと竜を助けられると思った。

 やっと自分の力でなんとかできると思った。

 なのに……思い描いていた理想にたどり着けない現実に、歯がみするしかない。

 間違っている。竜だって生き物なのだ。

 いや、間違っているのは、人に根付いた思考……だけじゃない。

 それを正そうとしない国であり、法だ。

「クソ……ッ! クソ……ッ!」

 だが法の改正など、騎士ができるわけない。そんな権力などない。

 周囲の嘲笑が、フレドの無力さを痛感させる。

 どこまでも……どこまでも……。

 そんな強く歯噛みするしかないフレドの後ろから、一人の騎士が数十人の衛兵を連れてきた。

 騎士はフレドと同じく鎧に身を包み、手入れすれば綺麗な色を放つであろう金髪を毛先も揃えず、短く散らしている。

 そして……胸には上等騎士ハイ=シュバリエの階位章が輝いていた。

「貴方達! このエリアでのオークションは禁止されているはずよッ! 神妙にお縄につきなさいッ!」

「なぁ……ッ! お、お前ら! ずらかるぞ!」

「残念! 逃がさないわ!」

 そう言うと、騎士は次々と商売人とオークション参加者を捕らえていき、素早く衛兵が身柄を拘束していく。

「ぐわっ……」

「ぶ、がはっ……」

「ど、どけっ! 俺が捕まるわけには……ぎゃあぁああああッ!?」

 流れるような素早さで、次々と意識を刈り取っていく騎士。

 結果、数人取り逃がしたが、あっという間に計三十人は捕らえただろう。

 すると、一斉検挙となったオークション現場に、続々と衛兵が集まってき、捕らえた人達を連行していく。

 恐らく……全員、なんらかの法で裁かれるだろう。

 あらかたの指示を出し終えたらしい騎士は、フレドを見つけると、笑顔で駆け寄る。

 ……かなり引きつった笑顔で。

「何やってるのよッ!? フレドのせいで、折角作った包囲網も、作戦も、全部パーよ!」

「うぅ……。ごめん。まさかカルラがいたなんて……」

「私がいてもいなくても同じよ! いい? 竜の売買に違法も合法もないの! あなたがどうこうできる問題じゃない。それは分かっているでしょう?」

「そうだけど……」

 フレドを叱咤するカルラと呼ばれる騎士。どこかフレドをよく知っているような発言を繰り返す。

 そんなカルラに衛兵が報告と疑問を投げかける。

「逃がした者は追跡隊に報告しました。……カルラ=ノビリス殿。彼は?」

「私の……顔見知りよ。この子はいいから、後始末お願い」

「ハッ」

 ノビリス。それはカルラの家名。

 カルラ=ノビリス。有力貴族のノビリス家の子で……唯一の女の子。

 莫大な富と権力を持つノビリス家は国家のナンバーツーとも言われ、ノビリス家の子は皆、竜騎士団に所属している。

 ……カルラを除いては。

 カルラは女である以外に様々な問題を抱えており、完全にノビリス家から放逐状態。

 だが、実力で伸ばした才能によって齢十二で、上等騎士の階位まで上り詰めた異例中の異例。

 こともあろうか、それを利用しようと、カルラは「ノビリス」の名を名乗るように、家から命じられているのだ。

 明確な後ろ盾があるわけではないのだが、この国で、この名に価値がある以上捨てられないのが現状となっている。

 そんな家の傀儡状態のカルラと、孤児院出身のフレド。二人が知り合ったきっかけこそ、五年前のフレドと商売人との一悶着だ。

 カルラは当時、あの衛兵に紛れて見習い騎士として現場の処理を行っていた。

 二人の交流はその後から。意外とひょんなことから人との関りは生まれるもので。

「これ以上暴れられたら困るから、式まで送るわ」

「あはは……。ごめんね」

 大きく肩を落とすフレドに、思わずため息が零れるカルラ。

 フレドには大きな理想……いや、目標があり、それを一番応援しているのが他の誰でもないカルラなのだ。

 弟はいないはずなのだが、姉目線になってしまう自分に飽きれながら、フレドの背中を思いっきり叩く。

「フレドが目指すものが簡単なことじゃない事は、重々分かっていたでしょう?」

「う、うん……」

「大丈夫よ。フレドならできるわ。悔しいけど、私よりフレドの方が……強いから」

「そんなことないよ!」

「今はなくても、いつか分かる日が……来るわよ」

 カルラの意味不明な話にフレドは首をかしげていると、いつの間にか式場についていた。

 見上げてもその全貌を視界に収めきれない巨大な建物こそ、フレドとカルラの目指すべき道の果て。

 竜騎士団の兵舎。

 大きな翼を広げた竜のシルエットを囲むように、剣と槍が交わる紋章。それが他国に誇るアパータム新王国の竜騎士団の証だ。

 兵舎に装飾している垂れ幕にも、周囲に立っている旗にも同じ紋章が描かれている。

 そんな兵舎の外には、フレドと同じく入団式に訪れた人達が、続々と列を成している。

 見るからに筋肉が凄い人や、目つきの鋭い人が多い。フレドとは対照的な人の集まりと言えよう。

 少し気後れしているフレドの背中を押すのはやはり、カルラだった。

「頑張って、フレド。私はさっきみたいな輩が現れないように警邏の任務があるから、一緒に行けないから不安だろうけど…」

「う、ううん。大丈夫。こんなことで怖気づいてたら、何もできないからね」

「そうよ! その意気よっ! それじゃあ……、これは私からのお祝いよ!」

 フレドの首に、一つのペンダントを付ける。

 盾の形をしたフレームに綺麗に輝く赤い宝石が埋め込まれている、いかにも高そうなペンダント。

「こんな高そうなの……貰えないよ!」

「貴方ねぇ……。これでも軍役の身なのよ? それに念願のフレドの入団なんだから、これくらい当たり前よ!」

 ふんっ! と胸を張るカルラは、フレドから見ても本当の姉のように見える。

「……ありがとう。絶対、竜騎士団に入ってみせるよ! だからカルラも頑張って!」

「もちろん、言われなくても!」

 互いに拳をぶつけ合うフレドとカルラ。

 カルラが上等騎士に昇級した時も、同じようなことを二人で誓い合った。

 それが現実になるのも、時間の問題なのかもしれない……。

 ……。

 ……。

「カルラ=ノビリスゥウウウウウウッ! 貴様ここでぇ……何をしているぅううううッ!?」

 兵舎前で響く、カルラを呼ぶ怒鳴り声。

 あまりにもドスの効いた叫び声は、その場にいた者全員の体を硬直させる。

 指先一つ動かせない、圧倒的な威圧感。

 その声の主はフレドの身長の二倍以上あり、太い腕や脚は大木並み。

 翠色に輝く鎧を纏い、背には巨大な剣が体躯に負けず劣らず存在感を示している。

 巨躯の大男はフレドとカルラの目の前まで近付くと、この場の誰よりも鋭い眼光でカルラを睨みつける。

「逃がした者共を、まだ捕まえていないようだが……?」

「す、すいませんッ! トーマス=ネヴァー三竜団長サーダ―=ドミヌスッ!」

「えッ!? この人が噂の第三竜騎士団サーダ―=ドラゴの団長ッ!?」

 竜騎士団は一つの軍ではあるが、本当の意味では一つではない。

 第一竜騎士団ファスタ=ドラゴ

 第二竜騎士団セコン=ドラゴ

 第三竜騎士団サーダー=ドラゴ

 この三団は俗に一竜騎ファスタ二竜騎セコン三竜騎サーダーと呼ばれているのだが、この三団制は当初、竜騎士団内での権力分立を狙って設けられた「制度」だった。

 しかし、いつからか優劣の指標となってしまっているのが現状。

 特に一竜騎には死線を超えた竜騎士しかいないとか……。

 そんな三団制最下の扱いである三竜騎の団長が、この場に現れる理由とは……?

「ああ? お前は……騒ぎを起こしてくれた愚図だなッ? 来いッ!」

「え? え? えぇええええええええッ!?」

「フレドォオオオオオッ?」

 首根っこを掴まれて、猫のように抵抗できない状態のフレドを、トーマスは兵舎の中へと連れて行く。

 ポツンと一人残されたカルラは、嵐のような出来事を前に呆けるしかなかった。

「い、嫌な予感が……するッ!」

 とりあえず、フレドを追うことに。

 ……警邏の任を完全に忘れて。


 フレドが連れてこられたのは、兵舎内にある応接間。

 一人で使うにはあまりにも大きすぎるデスクが正面にあり、それを囲むように壁一面に本棚が並んでいる。

 そんな応接間。本棚とデスクくらいしかないのだが、何とも言えない圧迫感。

 その正体は室内の雰囲気だけではなく…。

 デスクに鎮座している、威厳が服を着ているような老人。

 フレドが応接間に連れてこられて数分。ずっと沈黙が空間を制しているのだ。

 じっと目が合うだけ……。

 すると、老人は咳払い一つすると、おもむろに口を開ける。

「コホン。君が先程、オークション現場を荒らしたと聞いたんだが……本当かい?」

 老人の喋り方はどこか柔和で、フレドの緊張を少しずつ解していくように言葉を選んでいる。

「えっ……、あぁ……はい。そう……です」

「君は今日から見習い騎士だそうな。そんな君が無意味に、騎士たる称号を振りかざしたとは思っていない。……何かワケがあるんじゃないかい?」

 どこまでも優しく、咎めるような口調ではない。

 ただ、フレドの本心を聞こうとしていることが伺える。

「僕……いえ、私は商売人が竜の売買を行っていたので、止めに入りました」

「ふむ……。竜の売買、か……。では君は何故、竜の売買を止めようと思ったのかい?」

「それは……。竜は売買するべき道具ではないからです」

「ほほう……なるほど。君は竜の売買について、『反対』なんだね」

「はい。竜は……友であるべきと思っているからです!」

 フレドの竜騎士を目指す理由。それは……。

「だから……。だから私は……ッ! 竜と友になるために、ここに来ました!」

「ふむ……。そうか……」

 フレドの覚悟。それは……竜騎士にあるまじき覚悟なのだが、若いフレドがまだ分からないのは仕方のないことだろう。

「ふざけるな! この若造がぁああああッ!」

 フレドの信念を盗み聞きでもしていたのか、応接間のドアを蹴破って現れたのは、三竜騎の団長、トーマス=ネヴァー。

「そんな覚悟で竜騎士団に入るだと? バカにしているのか!?」

 ずかずかと室内に足を踏み入れると、フレドの胸ぐらを掴み、その小さい身体を軽々と持ち上げる。

 それでも、フレドも引く気はなかった。

「僕の覚悟は変わりませんッ!」

「~~ッ! 貴様ぁああッ!」

 大きく振り上げたトーマスの拳は、フレドの顔を狙いに定める。

 宙ぶらりん且つ胸ぐらを掴まれた状態のフレドに、避ける術などない。

「くっ……」

 その拳の速さたるや。目で追いつける速さなどではなく…。

「止めなさい」

 老人の静止を促す声が静かに場に残る。

 荒げない語気。そこには恐怖支配や巧言ではない、何とも言えない圧力が籠っている。

 ……だが、確実にトーマスの動きは止まっていた。

「な、何故です……? スーファス総帥ゲネラーッ!」

 スーファス=フォード総帥。この老人こそが竜騎士団総帥ドラゴ=ゲネラー

 竜騎士団の頂。三団をまとめ、竜騎士団の顔とも呼べるべき存在。

 そんな大物が重い腰を上げ、立ち上がる。

「その子の覚悟は確かだと、君には分からんのかね? 三竜団長よ」

 あえてトーマス自身で認めさせるように話すスーファス。

 だが……トーマスとて軍人。

「お言葉ですが、今の世界に竜は道具として必須。他国も竜騎士団の設立を急速に進めているとも聞きます。そんな中で、竜と友になるなど幻想如きを覚悟と申しましょうか?」

 今現在、世界の情勢は大きく変わりつつあり、竜騎士団の軍備拡充は急ぎ足で行われている。

 その背景には、ヴァンドラム王国を引継ぎしアパータム新王国しか保持していなかった竜の軍備化の秘密が、とある事件で世界中に広まってしまったことがきっかけである。

 軍事力の差が無くなってしまうという唯一で最大の優位的立場の危機に、アパータム新王国の中枢は焦りしかなく、そのしわ寄せは当然、竜騎士団にまで届いていた。

 そして現在、アパータム新王国では騎士階位に応じて免税や給付が大きく変わっている。

 その影響か、人間の価値を騎士階位で比べるような思想家も現れるようになり、名誉ある騎士階位は個人のステータスと見られるようにもなってしまった。

 故に、ロクな覚悟も持ち合わせず騎士階位に準している者が多い。

 幸い、前線で戦うような竜騎士団はエリート揃い。生半可な覚悟の持ち主はおらず、他国にまったく後れは取っていないのだが……。

「少なくとも団律も軽んじる者は出てきています。そのような馬鹿共に騎士階位を授けること自体、甚だしいッ! この馬鹿をはじめとしてッッ!」

「……」

「スーファス総帥が来る者拒まずのであれば、私にも考えが……」

 トーマスはフレドを放り投げると、背に担ぐ大剣を引き抜き、その切っ先をフレドに向ける。

「貴様の信念の刃を、俺が砕いてやろう!」

「『騎士は剣を』……ですか?」

「あぁ……そうだ」

「……分かりました。僕は何があっても諦めませんから!」

「ふん。度胸は認めてやろう。……ついて来い。決闘場コロシアムにッ!」

 トーマスはフレドを連れて応接間を後にする。

 残されたスーファスは、椅子に腰を下ろしながら、いつかの遠き日を思い返す。

 とある勇敢な戦士が、竜の頭を撫でる姿を…。

「トーマス……あの頃からずいぶんと変わってしまった……。それも全部、私のせいなのだろう……」

 一人寂しそうな呟きは、誰の耳にも入ることはなく、虚空に消え去るだけだった。

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