竜騎士のすゝめ
ゆーせー
第1章
1-1
古き掟……。
古き法……。
古き考えに囚われ、悪政の限りを尽くしていたとある国があった。
民からの信もなければ隣国とも手を取らず、まさに
王国中枢の人間のみの戯曲。
それが〈ヴァンドラム王国〉。
……。
……。
そんなヴァンドラム王国は……何があっても滅ぶことはなかった。
圧倒的な軍事力、情報操作力。それは民の叛旗も、他国の連合軍も足元に及ばず。
……なぜ、滅びない?
民も敵国も、皆一様に声を上げる。
その解は至極単純。ヒトを遥かに凌駕する力を持った存在がいたからである。
——竜——
古来より地上に存在する、人とは相容れぬはずのモノ。
その体躯は成人男性を二回り以上も上回り、鋭い爪と牙を併せ持つ。
……だけではない。
人を背に乗せ、飛翔することができる翼も持つ。
ヴァンドラム王国の鋼の剣。他国にない最強で最凶の刃。
そんな竜を統べ、我が武器として扱う者達。
それが……竜騎士。
だが、ヴァンドラム王国はたった一夜にして滅びることとなる。
……一人の「英雄」と称されるようになった、名も無き者に。
雪解けの季節。それは新しい年を告げる前ステップだという者がいた。
学生は、新しい学年への期待と不安を鞄に詰める。
商売人は、流行りを調べ、先駆けた品を棚に並べる。
様々な思いの交差する季節。気温もまだ少し寒い……この頃。
それでも活気盛んな街では、多少の寒さくらいは紛れるだろう。
しかし、郊外に向かうに連れて広がる「自然の寒さ」はやはり、身に染みるというもので。
……。
……。
薪を拾いに訪れるくらいの用でしか来ないであろう、木々の生い茂る小さな森の中にて。
暖房機能を果たしづらそうな木造建築が顔を見せる。
この建物は俗にいう孤児院。独り歩きができない子から始まり、十八人の子供が生活している。
そんな森の中で、
カンッ! カンッ!
と、静かなこの場所に似合わない、少し甲高い何かがぶつかる音が響く。
音の主はどうやら二人。
「ハァ……ッ! ハァ……ッ!」
「うむ。いい太刀筋になったものだ」
一人はまだ子供で、歳は二桁になったばかりくらいだろうか。片膝をつき、かなり息が切れている。
そしてもう一人は、結構歳をとったご老体。こちらは全く息を乱していない。
二人は木刀を手にしており、今まで打ち合いをしていたらしい。
そこに、草木をかき分けながら二人を探す、誰かの声が響き渡る。
「フレド~! もうすぐ入団式の時間よ~!」
孤児院で世話をしてくれているママが、重そうな鎧を持ってフレドという子を探していた。
「あ、あぁ⁉ そうだった! ありがとう! おじいさん。ママ!」
急いでママに駆け寄るのは、先程まで打ち合いをしていた男の子。
そう。この子がフレド。
そしてこの鎧は……。
「いってらっしゃい。君が望むことを成すために。……
「はい! いってきます!」
急いで鎧を身に着け、元気に駆けて行くフレド。
そんな背中を眺める打ち合いをしていたおじいさんに、ママがそっと話しかける。
「心配……ですよね。厳しい軍に属して、あの子は生きていかなければ……。せめて貴方の方から何か言ってあげれば……よかったんですけど…………」
「私は剣を教えた。それだけで十分だよ。……それに、あの子の覚悟に私は必要ない。故に一切心配など……しておらん……」
日の光に反射して眩しく見えるフレドの姿に、そっと涙を浮かべるおじいさんは、いつまでもフレドが走って行った方を見つめていた。
竜騎士団の入団式を祝う飾り付けがたくさんされた街では、いつもより賑やかな雰囲気を醸し出していた。
だが、竜騎士団の入団式といっても、フレドは竜騎士団には入団できない。
まず竜騎士団の下に位置する
現在、フレドは騎士団の中の最下位。見習い
「今日から頑張るぞ……ッ! おじいさんが剣を教えてくれたし、何より僕の……」
これからの期待で胸が膨らむフレド……だったが、浮足がふと止まる。
とある光景を目にしてしまったからだ。
視線の先には、路地裏で行われているオークション。
この国ではよく行われている、当たり前の光景なのだが……。
——————
遡ること五年前。フレドが五歳の時の出来事だ。
ママの買い物について来た時に街ではぐれてしまい、どこかの路地に入ってしまった。
そこではオークションが行われており、見物客がたくさん集まっていた。
「さぁ~! 見てけ、見てけ! 希少なブツはここでしか揃わねぇぞぉおおおおおおお!」
陳列されている商品は、市場ではあまり流れてこない希少なものから、法に触れるギリギリなものまで。
さらには、高額で取引されるはずのない安価なものが、高額設定で売られていたり。
しかし、五歳のフレドに物の価値など分かるわけもなく、ただただ賑やかな催し程度にしか理解できなかった。
そんな中で。
凄い勢いで次々と商品が売り捌かれていき、とうとうメインらしき商品が黒い布に包まれ、台の上に姿を現した。
開催主であろう商売人の男は、今までで一番盛り上げるために声を張り上げる。
「今日の最大の見物は……コレッ! 竜の子供だぁああああああッ! しかも『色付き』前の……一番入手しづらい時期のやつだだぜぇええええッ!」
取り払われた布の内には、男の上半身程ある檻に閉じ込められた、『小さな白い竜』がいた。
首と手足を縛られ、口枷を嵌められ。
到底、生き物扱いされたものではなかった。
商売人は檻から雑に竜を取り出すと、手に持つナイフで尾に傷をつけ、溢れ出る血をグラスに集める。
「万能薬の素材となる『幼い竜の血』が、今ならたったの十ディサーキュからだッ!」
たちまち盛り上がる見物客の群れ。多方向から飛んでくる莫大な金額の嵐。
次々と金額が跳ね上がっていく中、白い幼い竜は商売人の手から逃れようと必死に体をくねらせているが、全く逃げ出せそうになかった。
一連のその光景を見ていた、ある人物が行動を起こすまでは……の話だが。
見物客の間からいきなり飛び出した影は、商売人の手から竜を奪い取る。
「なっ! 盗人がまじってやがったか⁉」
だが、商売人も商品を奪われて黙っているわけもなく。
「誰だッ! クソみてぇなマネした野郎はッ⁉」
盗人に逃げられないように、馬乗りになって押さえつける商売人。
それでも盗人は、商売人に負けん気で大声をあげる。
「竜をいじめるなっ! この子がかわいそうだろ!」
精一杯、竜を守る盗人……。
それは、フレドだった。
何故、こんな危険な行動に出たのかというと。
孤児院で暮らしているフレドは、よく森の動物達と遊んでいたこともあり、動物を痛めつける行為が許せなかった。
ましてや……竜ともなると。
「可哀想? 何言ってやがる! 金になるもんに、可愛いも可哀想もあるか……よッ!」
派手に蹴り上げられたフレドは、表の通りまで吹っ飛ぶ。
……竜を抱きしめながら。
「ぐふっ……。させない……ッ!」
「ク、クソガキがぁあああああッ!」
怯えの感情のない、反抗的なフレドの目に、怒りの込み上げるまま駆け寄る商売人。
誰も止める者はいない。まさに絶体絶命……。
「だめっ! この子は……ッ!」
「返せぇえええッッ!」
振り上げられた拳が、真っすぐフレドを捉えて振り落とされる。
まさに、その瞬間。
「止めなさいッ! そこの商売人!」
商売人を囲むように現れたのは、付近を見回っていた
その背後にはママもおり、恐らくフレドを捜索してもらっていたのだろう。
衛兵の隊長はフレドの下に駆け寄ると、安否を尋ねる。
「大事はないか? 少年」
「僕は……平気……だけど、この子が……」
「うむ。兵舎に来ると良い。傷を見てあげよう」
衛兵の隊長はフレドを立ち上がらせると、商売人に向き直り、剣を抜く素振りを見せる。
「何をしている?」
「あ? 俺は取られたモノを取り返そうとしただけだ!」
「こんな幼い子に……血を流さしてまでか?」
「うぐっ……」
言葉を詰まらせる商売人の腕を、取り囲んでいた衛兵が拘束しはじめる。
その手慣れた動きに、商売人は反抗の余地すら与えられなかった。
「んだよこれッ⁉ 俺は捕まるようなマネ……」
「この少年に対する暴行罪だ。……それ以外に何がある?」
さも当たり前だろう? という衛兵の言葉に商売人も呆気にとられる。
「なっ……! ……このクソがッ! 俺の商売の邪魔しやがってッ! 覚えてろよ……クソガキがぁああああッッ!」
大きな声で喚き散らす商売人は、衛兵達がどこかに連行してしまった。
その光景を尻目に、事後処理に残った二人の衛兵はオークションを閉じ、見物客を散らしていた。
あらゆる商品を回収しながら。
「少年。なぜ、あんな危険なことをしたんだ?」
幾つか指示を飛ばした後、衛兵の隊長はフレドに近付くと、さっと竜を回収する。
「だって……竜が…………売られて……。それに……傷つけられて……」
未だにバクバクと鳴る心臓を抑えながら、なんとか説明しようとするフレドだが。
衛兵の隊長は不思議そうに首を傾げながら、フレドの頭を優しく撫でる。
「そんなことでか? 危ないから、二度とするんじゃないよ」
フレドの住むこの国は、彼の邪知暴虐で名を轟かせていた〈ヴァンドラム王国〉が滅亡した後にできた〈アパータム新王国〉。
この国ではヴァンドラム王国を反面とし、法整備をしっかりと整え、罪に適した審判がしっかりと下されるようになった。
人に適応される法のみ……だが。
実はこのアパータム新王国は軍事以外に、労働力の半分以上を竜で構成している。
ヒトを大きく上回る体躯。移動の最適化の飛行。圧倒的な成長スピードと寿命の長さ。
どれをとってもヒトより優れた竜を労働力にすることで、この国はヴァンドラム王国の時代以上に国交や商売を急成長させてきた。
……もう一度言おう。整っている法は人の法のみだと。
かねてより竜を道具として扱ってきた人間は、竜が道具が当たり前。竜を保護するような法がないことに疑問すら抱かないのである。
最早、人の根底に根付いた共通意識はなくなることはない。
一度当たり前だと思ってしまっては、それ以外に対して盲目になってしまうからだ。
——————
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