25上

※※※※

背かれた


裏切られた


あと少しなのに


もう少しで会えるのに


彼女を頼ったのは間違いだった


最初からこうするつもりだったのか

協力的だったのも見せかけか


気付くべきだった


いや気付かない振りをしたんだ


面倒だから

向き合うことを避けた


その結果がこれだ


種は

自分で蒔いたなら

摘むのも自分だ


そんなこと

分かっている

そう思っていたのに


理解できていなかった


僕は

なんてことを


こうなるのも当然だ


彼女達を

ずっと苦しめて


でも

ああ

誰か

誰でも良い


僕はどうなってもいいから


あいつを


僕の運命になってしまったあの人を


幸せに


その為に


これをあいつに


どうか——

※※※※




「この部屋には、



 愛子と「目」の間に挟まるようにして。

 俺は、舞台へ上がってしまった。

 ならば、踊らなければならない。

 幕間の余興を披露する筈が、本編へ乱入した間抜けな笑いもの。

 その役目を全うするのだ。

 筋書きを、滅茶苦茶に狂わせる為に。

 今しかない。

 誰もが、

 舞台監督すらも止まってしまった、


 この“今”しか。


「ひ、日高君…どういうことか、説明してもらえるかな…?」

 轍は、「もう勘弁してくれ」とでも言いたげだ。

 俺だって、そう思う。

「あらかじめ、日下と打合せていた」

 願う、俺の表情が今、何食わぬ顔であることを。

 不自然でないように日下を見れば、半身だけでこちらに振り向いている。

「最後の証言者を、檀上に招く為に」

 おい、しっかりしてくれ。口元は一切動いていないが、目が見開かれ首がかしぎかけている。俺には動揺が伝わっている。隠せ。これは予想された事態だ。そういう事にしておけ。誰にもこれが予定外だと気づかせるな。

 幸い彩戸も動けていない。十七夜月も日下どころじゃない。

 鋭い奴らの気が逸れている。

 俺は話を進めることにする。

 時間を止め続け、本命を待つ。


「途直愛子が、夜持行人を殺したんだ」


 言った。

 言ってしまった。

 見切り発車で、盆に返らぬ覆水。

 後悔は、きっとするだろう。


「ちょ、ちょっと待ってください日高クン!さっきから何を言ってるんですか!?」

 ああ、優子。そうだよな。お前は、必死にいなと言うよな。


 大切な、ヒトだからな。


「思えば、最初から話が噛み合っていなかった」

 そうだ。俺は愛子の語り口が、気持ち悪かった。

「見つかったのは目玉で、遺骸は行方不明。それが彼女達の状況。ところが、だ。愛子と共に居る夜持は、目を失った状態で、落としたそれらを探していた。逆なんだ」

「ストップ!ストーップ!な、なんだよ『愛子ちゃんと共に居る夜持』って」

 それは、

「愛子」

 本人に聞いた方が早い。

「俺にはその声が聞こえなくてな」

「何で?」

「お前がその夜持の、“特別”だからだろ」

「ふーん…、そっかあ…!」

 愛子は、ここ数年で初めて、心底幸せそうに、朗らかに笑った。

「特別かあ…!」

「そこで聞きたいんだが」

「なあに?」

「愛ちゃん、待っ——」


?」



 この場に居る人間の内、何人が今ので理解したのか。

 それでも「分かってしまった」、その雰囲気は伝わってくる。


「ど、どういうことだ…」

 おっと彩戸、お前はそっち側か。

 どうも何も、

「見ての、いや聞いての通りだ」

 そのまんまなんだよ。

 そこに、“鬼”が居るんだ。

 そこに、





「は、はぁああ…?」

「鬼が目玉を探していたのは、自分のことを見える奴を、消そうとしていたからじゃあない。目的としてはむしろ真逆、自分がまた見る為に、目を取り返そうとしていたんだ」

 見られないように、じゃない。

 見れるように、だ。


「それだけで!?それだけを根拠に糾弾すると!?」

 湯田さんも、崩れ始めている。

 いや、この人は既に、倒壊していたのか。

「違和感は他にもある。愛子から夜持への人称がいちいち安定しないことだ。『夜持』なのか『行人』なのか。これも、愛子の傍に夜持が居るのなら、簡単に説明がついてしまう。『行人』が二人称で、『夜持』が三人称だ。これは生前、夜持が愛子に呼ばれていたパターンとも一致する」

 日下と、途直姉妹に会いに行った日。

 ずっと俺達に向けて話していたにしては、どうにも安定しなかった言動。

 こちらと言葉を交わしつつも、愛子は夜持と話していたのだ。

 その前提を踏まえて見れば、むしろ自然な会話の流れ。

「け、けど日高くん、当時この子は小学四年生だよ?10歳の少女がそんなこと——」

「この部屋には、小学三年生の時点で公権力を脅して動かしていた女が居るんだが、誰の事だと思う?轍刑事?」

「さ、さあて、誰だっけ…」

 そう言いながら彼は、中心に屹立している黒衣の麗人から、必死に目線を逸らしている。

 何かしらトラウマがあるのだろう。心中深くお察しする。

「子どもってのは、自分の考えを形にする語彙を持っていないだけで、思考能力自体は成人と差が無いって説もある。結構しっかり世の中を見ているし、簡単には騙されてくれない。そして時には——」

 

 常識・良識が未発達であるが故に、言葉という枠に縛られないために、むしろ余計なものに囚われず、想定を超える発想・行動力を発揮することがある。


 では、彼女は何をしたのか。


「順を追って行こう。途直愛子は被検体の内の一人で、だが症状は軽度なものだった。なんなら発症していなかったのかもしれない。しかし、とある大きなストレスに晒されるに至り、彼女は夜持を、自分だけの夜持行人を、生み出してしまった」

 

 「大きなストレス」。

 つまり、夜持行人の殺害。

 それがどんな感情だったのかは、本人も分かっていないだろう。

 友情だったのか。

 家族愛だったのか。

 恋だったのか。

 そのどれもが違うのか。

 その全てが正しいのか。


「深い絆で結ばれていた、そう思っていた半身が、居る筈のない“何か”を優先し、心を許すに至った」

 

 愛子にとっての夜持は、幸せの一部であり、要素であり、欠かせぬ存在だ。幸せそのものかもしれない。しかし夜持の方は、愛子には関心を持たなかった。

 愛子とは碌に目も合わせないのに、“神様”の為に目を抉って見せた。

 湯田さんの後を追い、夜持を見つけた彼女が見たのは、叶わぬ夢とその光景との間にある、深い深い溝だった。

 愛子はその隔たりを、ただ埋めようとしたのだろう。


 だから、夜持に止めを刺した。

 或いは、命を救えたのに見殺しにした。

 

「愛子は、現実を夢想に近づけようとした。自分を見ない夜持を消し、自分の隣に居る夜持を作る。夜持にとっての視線は、“神様”からの加護。愛子にとってのそれは、『夜持が見てくれている』という救いだった」

 

 愛子もまた、“成功例”の一つだと言える。

 どこかから来るその“視線”を、手に入らない筈の幸福の、その代替として受け入れたのだ。


「どうして、何故現実と向き合おうとしない…そこにあるもので足りようとしない…存在しないものを支えとするなんて、馬鹿げている…」

 彩戸が、可笑しなことを言っている。

 そうとも、笑える冗談だ。

 分からないのか?お前には。

「欲しい物がこの世に無かったから、手に入る筈がない物だったから。だから最も『現実的な』手段で、自身の本懐を遂げようとした。手段を考え、実行した。現実と果敢に戦ったと、むしろそう言えるんじゃあないのか?」

 こうして愛子は永遠の幸福を手にする——筈だった。

 しかし、

「ああ…夜持君から視線が行くわけが…」

 轍が言うように、


「そう。夜持は、事もあろうに


 他の部位なら誤魔化せた。

 だが、愛子が感じているのが“視線”である以上、見る側に“目”が無くては成立しない。


 目を持たない者を、視線の主に据えられない。


「愛子さんには、どうしても眼が必要だった。“夜持行人”を、完成させる為に。そしてその眼は、吟遊が先に発見し、回収して手が届かなくなった」


 日下から援護が飛んで来る。

 一歩ずつ進む為に、自分の背を押す力が、俺の中に刻み込まれる。

 「あなたの仮説には聞く価値がある」。彼女はそう言ってくれている。それが俺の追い風になる。

 それでいい。

 俺を逃がすな。

 俺を、追い込め。


 半端なままで止まらぬように。


「罪悪感で押し潰されていた湯田さんを説得し、奪取を手伝わせようとした。湯田さん経由で事件の裏側を知ったのだろう。負い目に付け込む形で、洗いざらい吐かせたんだろうな。が、吟遊にとって重要なプロジェクト、そこで生じた“例外”のサンプル。更にサンシにとってはと言うと、長年求めた悲願の鍵」

 手放してくれるなんてことは、考えられないと言い切っていい。

 仕掛けが必要だ。

 丹畝市も吟遊も国も巻き込み、内外問わず引っ搔き回し、誰にも全体を掴ませない。

 

 その大願が成就するまで。


「全ての勢力に、空想の敵を与える。隠蔽者には暴く者を、追究者には隠す者を。愛子に懇願され、湯田さんが描いたのはそういう絵図だ。“ミスディレクション”。とめどなく拡大したこの事件群は、全員の視線を誘導し、たった一瞬の隙を作る、その為だけにばら撒かれた囮に過ぎない。今、湯田さんが中央に進み出で、彩戸が逆転の一手を狙い、日下がそれら全ての終幕を飾る。その三人に意識が向かう、この機会を生み出す為に」


 だからこそ、解決者が必要だった。主演にしろ、舞台装置にしろ、夜持の眼のもとへ導くものが。


 吟遊の目すら、奪える魅惑が。


「日高クン!いい加減にして!」


 想定通り、優子が最大の拒絶反応を見せた。

 間近に見たその貌は、そこから読み取れる感情は、怒っているのだと一目で分かった。

 下唇を噛み、四肢は震え、顔には朱が差し、何よりも瞳が、その深い黒が、憎悪で燃えている。拳が握りしめられて、爪が食い込み血が滲む。

「そんなの、単なる思いつき!言い掛かりだよ!」

 それを見ると、俺が今まで受け取ってきたものが、如何に彼女の表層に過ぎなかったのか、それを理解してしまう。

「第一、日下さんが気づかない筈がないでしょう!?依頼してきた人間のことを、真っ先に調べる人なんだよ!?」


「9日前、12月16日。俺が住んでいる部屋が何者かに侵入され、部屋を物色された」


 あの日の事は、これからも俺の傷となるだろう。

 夜持を失った4年前のように。


 全てを喪う今日のように。


「いきなり何を——」

「おい、それは我々の関知するところではない」

 安心しろ彩戸。お前らの仕業じゃないことなんて分かってる。

「“鬼”について調べ始めて直ぐだったから、俺は当然関連性を疑った。が、そこにいる日下大探偵様は『問題ない』と言いやがった。混乱もしたしかなり腹が立ったが……日下、お前はなんて聞いてた?」

「『日高クンに本気で、そして確実に協力して欲しいので、脅かそうと思っています』、そう言われました」

「その手段とは?」

「『以前日高クン本人から合鍵を貰いました。それを使います』と」

 日下とのキャッチボールが始まる。

 出来るだけ、茶番のように演出する。

 演じているのが、分かりやすいように。

 下手くそな役者が、台本の存在を忘れさせないように。

 事前準備ありきの流れだと。


「ほらな?これが手口だ」

「だからそれがなんだって言うの?確かに私達は日下さんに相談し、実行した。それはつまり夜持クンの死の真相を明かしたいという、そういう想いの表れで、犯人の心理とは真逆でしょう!」

「違うな。お前はそうだったとしても、愛子や湯田さんにとっては違った」

 何故なら、


「俺は合鍵を、夜持以外に渡していない」


 日下が知らなかった事実。

 大胆過ぎて、見付からなかった食い違い。

「あれはちょくちょく部屋に訪れる夜持に、『留守中だったら中で待て』と俺が渡したものだ。他に合鍵を持ってるのは、大家くらいなんだ」

 あれを所持しているということは、そのまま夜持から鍵を奪った者、犯人である可能性が高い。

 俺は消去法でそう考え、夜持殺害犯に目をつけられたと確信した。これまで逃げ続けた俺が、ちょっとでも再起の意志を出しただけで捕捉される。その不可解さに震えあがった。人間には不可能な監視だと惑乱した。

 一方それを見ていた日下は、俺が単に密室に怯えているのだと思った。

 そんな彼女は俺の目に、最重要案件をなおざりにする、ヤブ探偵のように映った。

 俺と日下が険悪である為に、認識の相違は顕在化せず、むしろ溝を広めて深め、点と点をわかってしまう。


「愛子は敢えて、自分から日下に与えた。事前知識さえあれば、一発で夜持殺害の犯人が分かる。そんな重要な物を、惜しげもなく開示して見せ、逆にその不自然さを隠した。目の前に堂々と出すことで、探偵から興味を失わせた」


 一連の仕掛けは、徹頭徹尾、この方式をとっていた。


「“鬼”という説明があることで、事件に納得してしまう。“神”という説明があることで、支配に納得してしまう。暗宮進次という説明があることで、強大な敵の存在に納得してしまう。探る者は、自分で得た答えに満足してしまう。隠すだけでなく、嘘を交えつつ、小出しに開示する。掘り下げる深さを、コントロールする」


 “吟遊”の手法そのもの。

 湯田さんの得意分野。

 作られる真実を、手元で統制する技法。

 「終わり」をずらす、“探偵殺し”。


「優子、もともと合鍵を持っていたのは、お前か?」

「え、それは…そうです…」

 つかえる。

 黒目が明らかに泳ぐ。

 赤みを帯びていた彼女の肌が、蒼く漂白されていく。


 そう、優子は、そう答えるしかない。


「見ての通り、実際には愛子が持っていたんだろう」

「待、ち、ちが——」

「日下は理屈を求める人間だ。そして、必要以上に人を分かった気にならないように、慎重を期する人間でもある。客観的である為、物語に吞まれない為。だから、幻影の為に目玉を手に入れる、その為に殺人を始めとする、壮大な策謀を巡らせる、そういった情緒が絡む発想に至るのは難しい。死んだ奴の目を手に入れる為に、死人を大量に増やす。そんな、とにかく割に合わない発想には。一方、円滑に事を進める為に行われた合理的な行動ならば、どんな偽装をしていても見抜くだろう。だから、そこにも情緒を絡めた理由を用意する必要があった。ある程度考察すれば、『そういうものだろう』と、納得せざるを得ない理由が」

「じゃあ君の自宅への襲撃は、何か分かりやすい目的を持って行われたって、そう言いたいのかい?なら、その目的って?」


 そこで俺が取り出したるは、大手メーカーの第七世代スマートフォン。

 愛用、と言う程思い入れは無いが、購入から2年程経った馴染みの一機。


「現在俺のスマホの充電は92%。朝の時点では満タンだった」

「………何を…?」

 誰もが毒気を抜かれたかのように、一呼吸の間心持ちを弛緩させた。

 日下の猿真似だが、意表を突くのには効果的だ。

 この立場になって分かる。超然としていた彼女が、その実必死に虚勢を張っていたことに。

 

 終わらせるのは、超越者でなければならない。


 態勢を立て直させないように。このまま“詰み”まで押し切るしかない。


「ところが実はここしばらく、バッテリーの充電が上手くいっていなかったんだ。長持ちしないとかではなく、そもそも充電が完了しない。起床して充電器から外してみれば、90%台を切ってたこともあった。まあ寿命かなとも思ったんだが、どっこい直った。いつから具合が悪かったのかは覚えていないが、調子が戻ったタイミングは絞られる。俺の記憶では、12月16日、あの日の朝はまだしっかり充電できていなかった」


 それは、襲撃前後で唯一判明した、はっきりとした身の回りの変化。

 ではその変化は、何によってもたらされたのか?


「俺の部屋のコンセントの口数は二つ。内一つに繋いだ電源タップに、更に分岐タップを重ねる形で、無理矢理間に合わせている。デスクトップPC・TV・トースター・炊飯器・電子レンジ・直冷式冷蔵庫・IHコンロ・卓上照明の電源に、最近買った髭剃りとか、実家から持ってきた電動歯ブラシも充電している。そして、そこで一緒にスマホの充電も行っているわけだ。電力供給としてはかなりギリギリだが、もしそこにもう一つ余計な物が、電力を食う何かが挟まりでもしたら、そりゃ滞るのも無理はない」

「そっか、ケーブル類は余さず抜かれてたけど、その中から何かを持ち去ったのを気づかせない為ってことか。そして部屋全体を荒らしたのは、本命のコンセントを目立たせない為」

「ここまで来れば、俺の部屋に何があったか、おおよそ推察出来るよな」


「盗聴器、それも小さな音まで拾う高性能なもので、分岐タップやACアダプターに偽装されたタイプ。その目的は、先輩と、その隣人の動向を見逃さない為」


 日下がわざわざ完全解答してくれた。話がとても早くて助かる。

 これなら観劇している側は、日下探偵がここに来る前に、答えを知っていたように見えるだろう。


「隣人?確か君の隣の部屋って——」

「そう、暗宮進次元刑事の部屋がある。あのアパートは壁が薄いから、隣の部屋の壁際に仕掛けられれば、侵入しづらい切れ者の領域を、一部とは言え覗き見れる。まさに、一石二鳥だ」

「暗宮進次の捜査メモの中には、日記のような項目もありました。彼が彩戸広助と接触した夜、『何者かが階段を昇り部屋に入って来る』という夢を見ています。これは、実際にすぐ隣の部屋が合鍵で侵入されたのを音だけで勘付き、本能的に警戒していたのではないでしょうか。つまり、先輩が部屋に仕掛けを施されたのは、その日その時のことだった。吟遊との接触により、暗宮進次が注目された直後ですし、不自然ではない展開と言えます」

 

 まるで共有は済んでいるかのように、日下が俺のプランに乗っかる。

 俺の意を汲み、その先を読み、破れかぶれを補強してくれる。


 今ようやく俺達二人、足並みを揃えて真実を作る。


「先輩に初めて接触した日、私は事前にその旨を途直さん姉妹と湯田さんに伝えていました。放課後に一通りの前提情報を話すことも。その間、先輩と私は確実に学校に居ます。アパートの部屋を荒らして、盗聴器を回収するには絶好の機会です。因みに私は先輩から電話が来た時点で、襲撃事件の犯人に目星を付けていた自信があります。そしてそれすら予想していたから、彼女は私に先に答えを提示しておいた」


「日下との会話中俺達は生物科に居て、そこでは愛子を全く見なかった。だが愛子はまるで居残っていたかのように、制服姿のままだった。下校後に不法侵入、盗聴器を取り、部屋を荒らし回り、壁に文字を書き、作業を終えて漸く帰宅、そして使った道具や戦利品の後片付け。着替える暇が無かったんだ。それに、壁の血文字は動物の血だった。生物担当の教師からの伝手で、愛子なら簡単に調達出来るだろう」

 

 愛子は、今は落ち着いている。だが不満の対象且つ目的を阻む者たる俺が、役立たずから怨敵へと明確に格上げされるのは、時間の問題のように思われた。


 問題なのは優子だ。

 聡い彼女は、もう分かっている。俺達の狙いが。その言わんとしている事が。

 恨めし気にこちらを見る、その眼の妖光が何よりの証。

 それでも、脚本通りだと分かっていても、彼女は喋らずにはいられない。

 足搔かずにはいられない。

 舗装された敗北への道。決意と共にそこを進むのみ。

 暖かな陽光だと思っていた彼女は、本当は白熱する恒星だった。

 自分の身を燃料にして、熱と光をばら撒く天体。

 叶うなら俺は、かれて融け出し、気化して消えたい。



 何処か彼方へと解放されたい。



 分かってる。

 俺が引導を渡さなきゃならない。

——話を、続けなければ。

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