24

※※※※

あいつ


そら


かみさま


みえない


かぞく


おそなえ


わたげ


ともだち


いる


あお


とまる


よる


いもうと


きっかけ


うんめい


きおく


たんじょうび


たんぽぽ


ぼく


ゆき


しぬ


わすれない


にげる


ないふ


くらやみ


たよる


はは——


来た

助けて


僕を

あの場所へ

あいつに

自由を


永遠を

※※※※




「とある場所で、“鬼”が死にました」



 日下の語りは、佳境に向かっている。

 

 だが、未だ何かが、足りない気がする。

 それは、一体なんだ?


「鬼が、神が、透明人間が…その全ての役割を担ったものが、この世から居なくなってしまった」

 

 日下が初めて話しかけてきた日。あの日の朝のニュースが、矯平造の死だった。

 あれが、最終局面を報せる鐘だったのか。

 

「更に悪いことに揉腫足さんは、遺産の相続放棄に同意してしまった。今度こそ、彼らは八方塞がりとなりました」

「じゃあ、あの仕打ちはその復讐か?救ってくれなかった神の子を晒したのか?」

 だから、あんな——

「いいえ。彼らにとっては、あれこそが最後の手段だったのです」

「手段?何らかの打開策だったって言うのか?」

「そうです。彼らが行ったのは、彼らに根付いた教えと同じ行動。救世主は、その血で人の罪を洗い流し、原罪をあがなったと言われます。彼らもまた、罪業を綺麗に消し去ろうとした。それと同じ方法で」


 十字架に磔にし、槍を刺すことで生死を確認する。

 そうすれば人の罪は赦され、救世主はやがて復活する。

 揉腫足の言っていたこと。

 人の復活は、死と同じように必然となる。


 一人の人間によって。


「そんな」

 轍刑事の表情は、もうずっと「驚愕」で固定されている。

「そんな理由で、あんなことを?理屈が通ってないじゃないか!」

 そうだ。

 そんなのはおかしい。

 そうか?

 だって——


「え?」

「そうです。彼らが私達と同じような体験・経験しか積まなかったのであれば、その理論は誤りでしょう。ですが、彼らと私達は、見て来たものが違います。彼らは“奇跡”を知ってしまった。どうしようもない土壇場において、自分達に都合の良い大きな力が現れた。彼らにとって、それが現実です。自分達の決定が世界に影響を与え、国の法より優先された。それが彼らの物語です。教典に記されるような、絶対的な存在は、実在した。それが彼らの真実です」


 彼らには、信じるに足る材料が揃っていた。

 金を生み出し、死体を消失させ、悪しき者達を追い遣り、その全てを見ることができない。


 その全てが、実際に起こった事である。


 例えば、空が自分を中心に回ると考える者と、地球のちっぽけさを知る者。

 その二者の意見は噛み合わないだろう。

 だがどちらも、実際に見たわけではないものを信じている点では共通している。宇宙飛行士だって、月まで行くのが精々である。彼らは自分が見て来たものを基にして、思想の中にまだ見ぬ何かを築き上げる。だから、何を見、聞き、触れて来たかによって、宇宙の広さすら個人間で変わってしまう。


 三絵図商店街は、俺達が見たことのない出来事に触れ続けていた。

 閉鎖的なコミュニティはその外を見えにくくし、“世間”というものを狭める。“世間”の中の大多数は、同じ神秘を共有し、信じ、従う。


 千引きの岩が、動く。

 

 彼ら独自の“世間”が、世界観が、彼岸に引き込まれてしまったのだ。

 

「それでも、流石に今まで自分達の希望であった存在を殺すのは躊躇われた。事実、彼らが商店街を去ってから、揉腫足の殺害までに間がありました。しかし、事態は性急な解決を要する段階へ移行した」

 あの時生じていた問題は——

「吟遊に見つかった?」

「と言うより、『遭遇してしまった』が正しいでしょう。『見つかった』と言うなら、今更驚く事でもありません。吟遊はもともと商店街をマークしていましたから。もう一歩進んで、『見られている』という事を、商店街側が認識した。それが、三絵図商店街という火薬庫における“マッチ”です」

 「見つかった」のは、吟遊の側か。

 そして、「吟遊がそんな初歩的なミスを犯すのか」という疑問には、今ここに分かりやすい答えがある。

「湯田さんが、仕組んだ?」

「そもそも彼らがあの神暮山に、吟遊の拠点の一つであり、事件の鍵となり得る暗宮進次の捜査メモがある場所に逃げ込もうとするという、その事態こそ彼女の誘導ありきでしょう。最初に“鬼”を生み出す話を持ち掛けたのが彼女である以上、預言者のような立ち位置にいてもおかしくはない。ならば助言と称してあの集団を操ることも可能でしょう。あとは然るべき時に、二つの勢力を引き合わせるだけ」

 

 その後は、俺達の見た通りに事が進んだ。

 吟遊が追い回され、商店街は儀式を強行した。

 ユダヤ教の頃からある自殺の禁が破られた、その理由は分からない。

 そこまで伝わっていなかったのか。

 復活が約束された為に死を恐れなくなり、追手から逃れる為の手段として行使したのか。

 救世主の死に世界が何の応答も返さないことに、絶望してしまったのか。

 キリスト教を基にした教えでありながら、集団自殺で終わったというケースには前例があるらしい。

 “人民寺院事件”。

 「クールエイドを飲む」という慣用句の語源にもなった事件の最後は、教祖は拳銃自殺、信者達は毒をあおって歌を口ずさみながら息絶えるというショッキングなものだったと、日下は語る。逃げる自由がありながら、大部分が共に死ぬことを選んだのだと。


 否が応でも、あの光景と重なる。

 

 唄の中で、皆が死んでいく。

 あの山の、あの社、あの遺体を中心とした、死の連鎖。

 あれすらも、異常なことではない。


 どこにでも、起こり得ることなのだ。


「けど真見ちゃん。君の言う事が本当なら、この事件の終わりにおいて、君達は最適な時機で関わっていることになる」


 そうだ。

 俺達はまるでパズルのピースのように、この事件にピッタリと嵌った。

 何かが少しでもズレていれば、俺達はあの光景を目撃出来なかったし、暗宮進次の遺物を入手出来なかった。

 乃ち、そこから導かれる結論は——


「我々こそが湯田さんの計画における、最後の一欠けらだったのです」


「計画…」

 轍刑事は頭を抱えているが、思考は高速で回っているのだろう。

 そして頭脳は、答えを弾き出す。

「この状況そのものが、計画…?」

「まず、途直優子さんが私の存在をどうやって認知したのか。私はまだそれ程一般に名が知れているとは言い難いです。それなのに、何故一介の中学生が探し出せたのか。私は優子さんに聞きましたね?何処で、誰からの情報で、私を知ったのかを」

「…湯田さんに…教えて貰いました…」

 優子が、吞み込むように、証言する。

「こういう人が居るから…物は試しに頼ってみないかって…」

「矯平造の死、それに伴う商店街の混乱、暗宮進次の暴走、吟遊の混迷。これらが同時に起こったこの機会は、逃すわけにはいかなかったでしょう。彼女は、最後の手段を投入した。私という切り札を。相応しい役者が居なかった時の為、用意していた代わり役」

 そして手掛かりを残し、脚本通りに誘導した。

「商店街も、吟遊も、急転直下の前に綻びを見せていた為、私なら見つけると考えた。『未来の故郷園』の土産物を私に見せたのも、わざとでしょう。そして12月19日、私達が山に登ると言い始めたことで、急遽予定を前倒して二つの勢力を衝突させた。妨害工作を行い、その混乱を隠れ蓑に、暗宮進次の捜査メモを地下室に置く。更にその後、この場所に関する記録もしっかり表に出した」

 暗宮の捜査メモが最後の決め手となり、日下は真実を構築した。


 ならば。

 日下がこのラボを突き止めた方法は、力技でも、賭けでもない。


「確信がありました。我々は辿り着く、貴方が必ず導く、と。今、この瞬間の為に」


 既定路線だった。

 この全てが、湯田さんの計画通り。

 俺達の行く先々で事態が動くタイミングの良さは、当然起こるべくして起こった。

 だからそこには、何の不思議も——


——何だ、俺は。


 何が分からない。

 どこが気持ち悪い。

 今ので全て説明されて、


 いや、まだだ。

 湯田さんは、日下を誘導した。

 それならば、


 


 あの密室は、

 どう説明すれば、

 ああ、でも、日下は、

 あれは大丈夫だと。

 何故?

 あれから誰かが見ているというのに。

 けれどそう言えば、

 いつの間にか視線を感じない。

 どうして?

 分からない。

 妹に相談しようか。

 いつも通りメールをして、

 違う。

 電話をしなければならないんだ。

 何故かって?

 どうして、だっただろう…?

 俺は何を忘れて、

 何から逃げていたんだっけ…。


 搖動ようどうする脳内を鎮めようと、まずは行動を起こしてみる。

 スマートフォンをポケットから出し、その画面が目に入る。

 何をするのかはまだ決めていないが、それでも気を紛らわせようと、


——今日は、充電の持ちが良い。


 その言い方は正確じゃない。

 充電器の調子が良かったので、容量一杯に電力が入っていただけだ。

 いつ頃挙動が正常に戻ったのか。

 確か、襲撃事件の日の朝は、まだ半端に——




 その時、




 俺の中に多様で異なる感情が同時に去来し、


 それが渦を作り外界を洗い流す。


 無音の暗黒、枷無き真空。


 その中心に居た俺は——


 まず拍子抜けし、


 次に驚愕し、


 気づき、


 納得し、


 共感し、


 理解し、


 恐怖し、


 焦り、


 否定し、


 苦しみ、

 

 悲しみ、


 そして——


——そうか。


 日下は、見えていないんだ。


 見える理を、探しているから。


 “ミスディレクション”。


 


 それが、それこそが。


 この状況は、その為か。


 全ての“演出”は、


 今この時、


 この場面の為に。


 日下が誰の“代役”だったのか、今分かった。


 そして、ここが正真正銘、最後の分岐点ラインになるだろうことも。


——どうする?

 

 どうすればいいのか。


 そんな事、もう分かっている。


 何も変わらない。


 今俺に出来ることは、何もない。


 日下が事態を畳むのを、ただ黙って見ているだけだ。


「湯田さん、貴方は全ての悪事を、完全に世に暴こうとした」

 吟遊を、表で断罪する。

 超法規的存在を、法の下に捕らえる。

 

 それこそ湯田さんの目的だと、日下は言う。

 彩戸をこうして囲んでいるのは、それに必要だったから。


 探偵の白い指が、目前の“刑事”を指す。

 自然、皆その様に視線を向ける。

 男を通して背後の“吟遊”を、見出そうと、目を奪われる。

「この男が証言し易いようなこの状況、裏切者への尋問に利用できるという彩戸さんの目論見も、貴方が望んだ事だった。貴方には手段がある。彼の息のかかっていない人間の目の前で、決定打を与える、その算段が存在する。そのために、私達は呼ばれた。真相を知り得、この場に来ることのできる者。


 吟遊を追究する、敵役にして、適役」

 

 湯田さんが、更に日下に近づいて行く。

 もうほとんど、目と鼻の先。

 中央に現れる、三角形。

 やっぱり、そうだ。

 彼女は、その為だけに、ここに来たのだ。


「さあ、終わらせましょう。この巫山戯ふざけかし合いを。長く続き過ぎた殺し合いを」


 鬼を、

 神を、

 透明人間を、

 救世主を、


 「捕まえる」のだ。

 「無力化」するのだ。


 奇跡に、結末を与えるのだ。


 日下真見と湯田夕刻。

 二人が並び立ち、吟遊を相手取る。一部の隙すら埋めるように。二度と幕を上げないのだと。


 彩戸広助にはなす術が無い。

 自身の罪が晒される、それすら組み込んだ湯田さんの計画。詰問する側にいたようで、彼は墓穴を掘っていたのだと、気付いた時には既に遅い。


 途直優子と愛子の姉妹は俺の背後だ。

 彼女達もまた、正念場を迎えている。待ち侘びたものが、直ぐ傍にある。手を伸ばせば、届く距離に。優子は、この日の為にどれだけ奔走したのか。それを思うと腹の底が、絞られるように重くなる。


 十七夜月望は日下を見ていた。

 あれ程執着していた、“サンプル”のことすら忘れている。彼はきっと、自分でも矛盾に気が付いていた。そうしたくないのに向き合わされて、そこにあった不都合を、全て日下におっ被せた。自分は正しく、乱入者が全て悪いのだと。八つ当たりの逆恨み。まるで何処かの誰かみたいだ。


 轍探は衝突を予感した。

 彼を始めとする公僕達は、皆一様に飛び掛かる姿勢。彩戸の悪足搔きを摘み取るつもりだ。奴が何をするか分からないから、押収していた証拠品を脇に置き、刹那もその目を離さずに、じりじりと包囲を狭めていく。


 誰もが、決着に手を掛けた。







****

やった

やった

見てよ

やったよ

言われた通り

願った通り

これでようやく

全て元通り

手で

指先で感じたい

全身で迎えたい

だから

おかえり

ゆき——

****

 

 彼女は、「信じられない」という表情を浮かべていた。


 今、この刹那。

 疲弊と歓喜と解放感が絶頂に達するこの時なら、

 彼女もまた、俺を忘れてくれるだろうと、そう思ったのだ。

 ここにいる全員が、一瞬それを忘れたように。


 “それ”、つまり


 それに向かって伸べられた手を、

 気付かれる筈のなかった意識の空白を、

 


 


 



 見られていたのは、

「見ることができなかったのは」

——お前も同じだったな。


 結局人は、目線を合わせることなど出来ないのだ。


 愛子はまだ、事態を理解していない。

 何故邪魔されるのか、

 心底不可解そうに呆けている。


 優子の混乱ぶりは、それに輪をかけて酷いものだった。

 顔を真っ青にして、今にも泣きそうで、優しげな陽だまりは、もう霧散していて。

 そうだろうとも。

 彼女のこれまでの日々を思えば、

 この結論はあまりにも虚しい。

 それは、俺の罪でもあるのだ。

 俺が、もっと強ければ、

 こんなことには、ならなかったのに。


 かさぶたを剥がすような、痛みと嫌悪が膨張し、

 けれど、やらねばならない。

 夜持を葬る為に、

 優子を休ませる為に、

 俺はこの事件を、終わらせなければならない。


「愛子」

 ここから先は、後戻りできない。

 俺は、決別できるのか。

 道化を、やり通せるか。

 それだけが、気がかりだった。


 そんな懸念とは裏腹に、

 その言葉は、

 即興の科白せりふは、

 幸いにしてか、

 不幸にもと言うべきか、

 あまりにもあっさりと、


 口から滑り落ちた。



?」

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