第61話

「ふしぎ、ふしぎ、ふしぎ・・・」


 墜落炎上したホーネリアン艦から残骸の隙間をすり抜けて、あるいは押し退けて働き人が這い出してくる。

 戦闘の終結する数分前。


「ふしぎっ・・・ふしぎっ・・・」


 戦闘で廃墟と化した市街地を駆けて、アイングライツ戦技学校に。

 対空砲火が上がるグラウンドに、高さ5メートルの柵を、背中に開いたゴルフボールほどの穴からハチの翅を生やして飛び越える。


「ふしぎっ・・・ふしぎっ・・・!」


 戦隊長と戦っていた機体の残骸を見つけた。

 一番気になっていた地球人。

 どうして彼は、性能の劣る機体を駆使して単機で抵抗していたのだろう。


「ふしぎっ・・・ふしぎっ・・・?」


 ブリッジを破壊され炎に包まれたからか、濃い紫色の髪は腰まであった長さが肩の下あたりまで短くなってしまっている。

 身体も短時間なら宇宙服無しで出られるほど頑強だった赤っぽい黄色の外皮が熱で剥がれて、真っ白な綺麗な筋肉が身体のあちこちから露出してしまっているが、働き人の痛覚は極端に鈍く気にも止めずに残骸に一直線に向かって行った。

 よじ登ってコクピットの中に飛び降りて、彼女より頭三つ身体の大きい男の胸の上に馬乗りになると、彼が既に息絶えているかもしれないと察知して小首を傾げ、小さな両手でその身体を弄る。


「・・・ふしぎ?・・・」


 腰の後ろにくっつけて持ってきた小さな丸い機械を取り出した。


「ふしぎ。転送。連れ帰る」


 最も近いホーネリアンの拠点に転送する小型転送装置。

 眩い光に包まれて、彼女が降り立ったのは薄暗い地下の機械的な無機質な施設だった。

 ホーネリアンの拠点ではない。


「・・・ふしぎ・・・ここ・・・ふしぎ・・・」


「やれやれ・・・妾自身の緊急避難用に設置した転送装置に、まさか働き人が転送されてくるとはナ」


「あ、女王様。・・・?・・・女王様?」


 働き人がビルギ・ジャーダを見つけ、しかし知らないビルギ・ジャーダに感じて首を傾げる。

 額から血を流すビルギ・ジャーダは優しく微笑んで言った。


「キミは、サードの下で働いていた働き人なのナ。とうまを連れてきてくれたのナ」


「ふしぎ。ふしぎ。ふしぎに動かない」


「それは多分・・・死んでしまったからなのナ。妾・・・みんなを死なせてしまったナ」


「死んだ? 死んだ? 直して動かす」


「地球人は妾たちホーネリアンとは違う。生体部品を交換すれば治るようなタフな種族ではない」


「もう、動かない?」


「だが、この者の本体は別の異世界の地球にある。そこに戻す事は出来るだろう」


「また動く?」


「とうま次第なのナ。なあ、働き人よ、妾にお願いされてくれないかナ。とうまの世界に一緒に行って・・・・・・」





 う・・・、頭重い・・・。右の脇腹が痛え・・・。

 目を覚ますと、つけっぱなしのパソコンのファンの音が響いていた。

 どうしてそうなったのか、折り畳みテーブルが俺に乗っかってて、テーブルの足が俺の右脇腹に立っている。

 痛えわけだ。


「よっこいしょ」


 テーブルを退かすと、全身汗びっしょりになっていて気持ちが悪い。

 パソコンの電源を落として、俺はシャワーを浴びることにした。

 小さな衣装ケースから着替えを取り出して洗面所に歩いて、汗に湿った服を洗濯機に放り込み、バスルームに入る。

 じわりとした痛みを見下ろすと、右脇腹に何か大きな刃物で貫かれたような赤い筋が出来ていた。


「うわあ・・・なんだこのミミズ腫れ・・・。腫れてるわけじゃないのか。なんだあ?」


 汗をさっとシャワーで流すと、新しい服に着替えて居間に戻る。

 パソコンを置いた座卓の前にどかっと座り込むと、ザーシュゲインの攻略本を右手に取って頭の隅に引っかかる夢を思い出す。


「長い夢見てた気がするなあ」


 ペラペラとページをめくって、登場人物一覧に目を通していく。

 夢に出てきた特別クラスの生徒は一人も載っていなかった。もちろん、ビルギ・ジャーダという異星人の女の子も。

 ライバルの一人で隠れヒロインの笹凪優也に視線を落とす。


「居ねえよなあ現実には。あんな可愛いヒロイン」


 左手に攻略本を持って右手の指で笹凪優也をなぞる。


『ふしぎ、ふしぎ』


 なんだ?

 変な鳴き声が聞こえる。蚊の鳴くような声だ。


『ふしぎっ、ふしぎっ』


 なんだなんだ一体。どっから聞こえるんだ?

 窓の方を見ると、20センチはあるんじゃないかっていうデカいハチ?を見つけて思わず攻略本を振り上げてしまった。

 驚いてハチ?は天井に飛んで首だけを、もげるんじゃないかっていうくらい見上げて俺を見下ろしていた。

 あれ??

 髪の毛生えてる。てか、人の顔してるっ、キモ!!


『やれやれ、やっと通信が繋がったのナ』


「なんかしゃべってる!?」


『そんなに驚かれると流石に傷つくのナ』


 はあ!?

 ええ!?

 なんですか!!


『よっと』


 ハチ(女の子)は座卓の上に飛んで降りると、俺の方を見上げて笑って言った。


「流石は魂転移者ソウルトラベラー。あの程度では死なないのナ」


「魂転移者って・・・」


「妾を見て、何も思い出さないのナ?」


 えー・・・だって・・・。


「夢・・・」


「たわけ!! たかが夢で妾がここに来ると思うのナ!?」


「コレも夢・・・」


「全くもう!! だけど、本当に夢で終わらせる事は出来るのナ。そうするというなら、働き人から取り出したこの生体機械は元の、妾のいる世界に戻すのナ。それでとうまと妾たちの世界は接続が切れる。この世界で戦った記憶もろともな」


「お?・・・おう・・・」


 コイツ、なんで俺の事とうまって呼ぶんだ?

 俺の名前は・・・、


「橋詰志郎として、今の世界で命を全うするのが正しいのだろうと、妾も思う。あんなしょうもない闘争に満ちた世界で、スーパーロボットに乗って戦う方が異常なのナ」


 あれ、ちゃんと俺の名前知ってる。

 というか、この子・・・。


「お前、ビルギ・ジャーダなのか?」


「ふむ! その通りナ!! とうまの可愛い可愛い女王様なのナ!?」


「でも、あれって夢・・・」


「異世界の出来事は、魂転移者ソウルトラベラーに取ってはすべからく夢のようなものナ。だけど、とうま、いや、しろうはまだ接続が切れていないのナ。望めば、もう一度こっちに来れる。ただし、轟沢斗真という少年は、ロトン・ロトンとの戦いで命を落としてしまったのナ。もう一度こっちに来るには、しろうは橋詰志郎としてくる必要がある。それは魂転移ではなく、本当の意味での異世界転移になる。次は・・・死んだら何処かで復活するとかはないのナ」


 なんか凄く重たい話になってきたな。

 でも、夢だから戦っただけで、現実の俺は戦争なんか見た事ないし。そんなこと言われてもなあ。

 俺は腕組みをして、真剣な眼差しでハチ(女の子)を見下ろす。


「あのさあ。話が突拍子もなくて全然理解出来ないよ。異世界転移とか転生って、物語の中の主人公だから出来てるんであって、現実に起きたらそんな何かを出来る人間なんて居ないって。勧誘っぽく聞こえるけど無理だよ?」


「それがしろうの本音なら尊重するのナ。だけど、一応聞いておきたいのナ・・・」


「何を?」


 いけね。ちょっと不機嫌丸出しで言っちゃった。

 気分悪くしたかな。

 いや、そうでもない? ちょっと恥ずかしがっているような・・・。


「妾な。とうまの事が・・・しろうが好きだったのナ! しろうは、あの夢にいた時、妾をどう思ってくれていたのナ?」


 そういう事言い出しますかっ!?

 いや、別に嫌いでは無かったけど・・・。


「そりゃ・・・俺には優がいるし・・・」


 優。

 そうだ。

 優はどうなったんだろう?

 あの戦いは・・・。


「あの戦いは、しろうが戦線離脱した後、優がザーシュゲインのパイロットとして覚醒してロトン・ロトンを退けたのナ。今はまだ、生きてるのナ」


「そっか・・・。無事で・・・」


「無事と言えるかどうかは、わからないけどナ」


「だって、戦闘には勝ったんだろう?」


「お前が死んでしまったのナ。みんな、傷ついてるのナ。他にも、戦死した生徒は何人かいるのナ。ユウも、立ち直れるかはわからないナ」


「そうか・・・」


 そうなんだ・・・。

 俺がやられたせいで・・・、優は悲しんでくれてるんだ・・・。


「もう一度聞くのナ? しろう、もう一度、こっちの世界に来て、妾たちと戦ってくれないかナ」


 懇願するように見上げてくるビルギっぽい大きな羽虫。

 そういえば、ビルギも初めはキモいと思ったけど、よく見ると美少女なんだよな。

 それを置いといても、優・・・。

 だけど、もう一度あの戦いに身を投じるってなると、やっぱり気持ちがついて行かないというか・・・。


「フフ、もう答えは出てしまってるみたいなのナ! 無理強いしてすまなかったのナ。・・・妾、そろそろ・・・」


「ま、待てよ。まだ答えてねえだろ!」


「うん?」


「お、俺はさ・・・俺の・・・」


 俺の答えは・・・。





 ーーー 終 ーーー


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【完結】超機動ザーシュゲイン 拉田九郎 @Radaklaw

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