秘密のカロリーヌ
はじめアキラ
秘密のカロリーヌ
待ちに待った、初めての林間学校。
山登りなどで疲れた後、あんまり美味しくないご飯を食べ、風呂に入りあとは寝るだけ――なんてことにはならない。隣の男子部屋では、既にどったんばったんとお祭り騒ぎが繰り広げられている(まくら投げなんてレトロな真似をしているのか、それとも他に何やら楽しいことがあるのかは定かではない)。精々大騒ぎして、先生の眼を引きつけてくれたまえ。そう思いながら、私達は布団にもぐったのだった。
賢い女子は、男子みたいにわかりやすい真似などしない。
きちんと寝ているフリして、電気を消した上で夜更かしをするのである。隣で大騒ぎしているならば尚更、多少話声が聴こえたところでバレることもないだろう。
「初めての林間学校って、何でこんなにわくわくするんだろうねえ!」
四組の女子は部屋の都合上二つに分けられてしまっているが、幸いにして私の仲良しであるルミカとマリは同じクラスである。しれっと場所を他の子と交換して、枕をくっつけてしょうもないお喋りに興じる。
そう、消灯時間を過ぎても雑談、というちょっとだけ悪いことをするのが楽しいのだ。というか、寝ろと言われて簡単に眠れるなら誰も苦労なんてしない。昼間の興奮を引きずっているからこそ、隣の男子部屋は大騒ぎになっているのだから(いやしかし、あそこまで派手に騒げるのはなんともいい度胸である)。
「とりあえず、迷子になった班が二つもあったの笑う。なんでああなったん?」
「それだよねー。普通最後尾に先生つけると思うんだけど」
「まりあちゃん、違うって。岸田先生はちゃんと最後尾にいたんだって。ただ……体力がなさすぎて……」
「あっ」
「あっ」
「……察したでしょ、いろいろと」
「うん、察した……置いてかれたんだね、先生」
「ま、まあ岸田先生おじいちゃんだし、のんびりしてるし、し、仕方ないよ、うん」
「マリ、フォローになってないよ……」
最初は、今日の登山での出来事に関する感想。いくつもの班に分かれて(基本は女子二人~三人、男子二人~三人で一つの班を作っている)山の頂上を目指すわけだ。一組、二組、三組、四組、五組。ただあんまり列が長くなるのも迷惑であるし、到着時間のバラつきがでてしまうということで、初心者向けのルートAとB二つを一組&二組&三組、四組&五組で別れて上ったのである。自分達はそのルートBを通ったのだったが。
四組の班が一つ、五組の班が一つ帰ってくるのが遅れたのだった。理由は、最初に先生が危惧したように列が長くなりすぎたこと。最後尾に足が遅すぎる上体力がなさすぎる年輩の先生を配置してしまったのも敗因だったことだろう。彼は正しいルートはわかっていたが、上るのが遅すぎて間の班が二つもいなくなったことに気づいていなかったのだから。
先生ほどではなくても体力がない生徒がいて、置いて行かれた班のメンバーがはぐれた形だった。途中の二手に分かれている道を別方向に行ってしまったということらしい。幸い彼等はすぐに見つかったが、子供達がいないことに気づいた先生達は生きた心地がしなかったことだろう。
「しかし、かなぼ宿ってさあ。姉ちゃんも同じ小学校の出身だから話聞いてたけど」
私はジト目になって言う。
「私は知った。大好きなカレーであってもまずい時はまずいのだと」
「それな」
「それな」
「私、カレーライスだけは誰が作っても美味しく作れると信じてた。ていうか、これからも信じてたかったんだよ。……あれ確実に、玉葱が炒まってなかったと思う。あと、ニンジンがやばいくらい硬かった件」
「まりあちゃん、あんまり深く考えない方がいいよ。ちなみに明日のメニューはハンバーグらしいけど」
「姉ちゃん言ってた。そっちも覚悟しろって」
「マジかあ……」
「マジです。ごめんね、夢も希望も奪って」
「いや、いいよ。今日の晩御飯の時点でいろいろ察したから」
「はは……」
話す内容は実にくだらないもの。しかし、ご飯がマズかった、なんて話であってもこの状況だと妙に楽しかったりするのである。山登りのみならず、朝のバスの中でクラスの男子の一人がジャイアンリサイタルを披露して大変なことになった話だとか。風呂に入ったら洗い場がなかなか開かなくて大変だったとか。男子の一人がうっかりと見せかけて女子風呂に突撃しようとして粛清された話だとか――それはもう、いろいろと。
話せども話せども話題は尽きない。やがて、こういう場所での定番に内容はシフトしていくのである。そう、林間学校の夜にやるものといったら決まっている。怪談か、もしくはコイバナだ。特に私は、どうしても気になっていることがあったから尚更である。
「ルミカもマリもさ、知ってるかもしれないんだけど」
ごろん、と寝返りを打つ私。布団は正直、敷布団もかけ布団もめっちゃ硬い。私は比較的どこでも寝られる質だからいいが、そうでない子は眠るのにも苦労することだろう。ものすごく疲れていると逆に眠気が来ないものだから尚更に。
「うちの担任の、町田先生なんだけど。好きな人がいるぽいじゃん?それが誰なのか、すごく気になってるんだよね」
「えー、まりあちゃんのコイバナじゃなくて、先生のコイバナするの?」
「私好きな人いないもん。つまんないでしょ」
本当はいないわけではないのだが、とりあえずこう言っておくことにする。からかわれるのは面倒くさいし、多分友人二人にもバレていないだろうと思われるからだ。
「確かに、ここ最近の町田先生の顔は、完全に恋する乙女だね。あたしにはわかる!」
ルミカは体を起こして、ぐっと拳を握った。
「なんか、スマホの待ち受けをみながらぼーっとしてるのを何度も見たことあるもん。あれは、好きな人を待ち受けにしてるんだよ、絶対!」
「え、マジでマジで!?誰!?」
「残念ながら手元覗けなかった。誰かはわからんー!」
「えー」
それじゃあつまらないではないか。私はぷう、と頬を膨らませる。
「んじゃ、推理してみようよ。町田先生が好きな人が誰なのか!」
枕に顎を乗せて、にやりと笑うのはマリだ。低学年にも見えるような小柄な体、ロリ顔と揃っている少女だがその性格はなかなかえげつないことを私はよく知っている。マイルドに言って、腹黒い。うちのクラスのガキ大将がマリの前では借りてきた子犬のように大人しいのは、こいつが裏で弱みを握っているからだと専ら評判である。
「先生が不倫萌え系の女子だったり、小学生男子に萌えるショタコンだったらお手上げだけどさ。ストレートに考えるなら、恋愛対象って同じ職場の先生で、それも独身の誰かだよね。この時点でかなり絞られるんじゃないの?」
「確かに」
逆に言えば、大好きな先生だからこそまともな恋をしてほしい、なんてお節介な気持ちにもなってしまうわけで。
「先生達、夜遅くまで学校に残ってるし……合コンする暇なんてなさそうだよね。学校の外に出逢いなんてほとんどなさそう」
うんうん、と私は頷く。土日についつい合コンをしている可能性もゼロではないが、町田先生のキャラ的にはイメージがわかない。結構大人しい、文字通り草食系の女子である。積極的に合コンやら婚活に精を出している印象にはなかった。というか、下手をしたら土日も仕事をしている、なんて先生ならありうるだろう。土日に先生の携帯に電話をかけたら相談に乗ってくれた、なんてクラスメートがちらほらいるから余計にである。
ちなみに、スマホの待ち受けがペットの犬、なんてベタなオチはないと知っている。彼女は犬も猫も大好きだが、自宅ではペット禁止なのだと嘆いていたことがあったからだ。というか、朝早く学校に来て遅くまで仕事をするのが当たり前となっている小学校教師。家にずっとひとりぼっちにしておくのがわかっているのに、ペットを飼える独身者はそうそういないことだろう。
「男性の先生って、そもそもそんなに数いないよな。小学校だし、女の先生が多いし」
ぴし、と指を一本立てるルミカ。
「校長と教頭と岸田先生はおじいさんだし既婚者だし。あと男の先生って、
「ルミカちゃん、小島先生はないと思う。十月に彼女と籍入れるらしいから、先生達にはもう話してるんじゃないかな」
「あ、じゃあ一応小島先生は除外でいいか。浅倉先生、新島先生、柿沼先生のほぼ三択かねー」
マリ、なんでその情報知ってるんだ。私は心の中でツッコミを入れる。音楽の小島先生とはそこそこ親しくしていた自負がある。その自分が知らなかったことなのだが――恐るべし情報通。
「……柿沼先生とか結構年上だけど……最近は年の差婚も多いし、一応範囲に入るのかな」
あ、とそこで私は気づいた。
「いや、やっぱ柿沼先生は除外でいいんじゃない?」
「なんで?まりあちゃん」
「いや、スマホにその好きな人の写真を入れてるとした場合、スマホで写真撮らせて貰ったってことだよね?学校の行事で撮った写真をデータで貰ってる可能性もあるけど、ほとんどが集合写真だろうから……眺めてにやにやするほど大きく映ってないだろうし。米粒の画像を拡大したってボヤけてるだけだろうし?」
「あー。つまり一緒に写真を撮らせて貰えるくらい親しい仲、と。でもって写真を撮られるのが嫌じゃない人ってことだね」
「そうそう。柿沼先生、スマホ嫌いだし写真撮られるのも嫌いだし……お堅いからなあ」
なら、もう容疑者は二人しかいないだろう。新任の浅倉先生か、三年生の学年主任を任されている新島先生だ。
浅倉先生は直接受け持って貰ったことはまだないが、自分達が声をかけるといつもにこにことあいさつしてくれる、穏やかで優しい先生だ。ついでにイケメン。こっちもこっちで草食系な印象ではあるが、一緒にいて安らぐといったらこういうタイプだろう。
対して、新島先生は対照的である。体育の授業で真価を発揮する、熱血ムキムキ系男子。少々暑苦しいキャラだが悪い人ではないし、こっちもイケメンには違いない。
年齢はそれぞれ、二十五歳と二十八歳。二十八歳の町だ先生とは丁度マッチする年であるのは間違いあるまい。
「うーん……この二択はなかなか難しくない?」
私は首を傾げる。
「あとはもう、先生の好みの問題のような気がする」
「それに関しては、今町田先生ファンクラブの会員メンバーにLINEで連絡取って情報収集してるから、返信あるまで待ってて」
「そんなんあるの!?」
さすが情報通のマリ。
ていうか、返信待ちということはこの時間(そろそろ十一時になるのだが)に普通にスマホ見てる小学生がいっぱいいるということだろうか。先生達も思うはずだ、お前ら寝ろ、と。
そういえば、いつの間にか隣の部屋の騒ぎが大人しくなっている。鎮圧されたのだろうか。
「そういえば、町田先生……大学生時代はスポーツ学科?とかにいたって言ってたな。ムキムキマッチョな彼氏の影響で一時はジム通いが習慣だったとかなんとか。彼氏と別れると同時に行くのやめたらしいし……熱血タイプが好みなんじゃねーか?」
おお!とルミカの言葉に手を打つ私。それだ、と言いかけたところでマリが首を振った。
「それはないんじゃない?だって別れてからジムに行くのやめたってことはさ、彼氏に付き合って行ってたわけでしょ?で、彼氏思い出すから行きたくなくなったってことじゃないの?」
「あ」
「そもそも、別れたってことはその熱血系彼氏とうまくいかなかったってことなんじゃないのー?なら、真逆の方向を選ぶんじゃないかなあ」
「……なんか、そっちの方がありそう」
ということは。消去法的に、残っているのは新人の教師である浅倉先生しかいない。あとは、町田先生の好みと浅倉先生の容姿&性格がマッチしていれば正解ということになるだろう。
問題は、段々と私自身この議論が馬鹿らしくなってきたことである。推理といっても、ほぼほぼ憶測でしか話が回ってない。先生がスマホで見ているのも果たして本当に好きな人の写真なのかどうかも怪しい。そして、いくら教師が忙しいからといって、学校の外に出逢いがないとも言い切れないはずだ。
「あ、来た」
正直いって、話のやめ時を見失いつつある。別の話題に切り替えようとしたその時、マリが声を上げた。どうやら、町田先生ファンクラブとやらに所属している友人からLINE返信が来たらしい。
果たして、その中身とは。
「えっと、町田先生つぶさに観察していてぼやきを聞き取った会員ナンバー3によると」
「うん」
「町田先生の好みは、長身で優しくて」
「お、浅倉先生っぽい?」
「眼が青色で、泣きボクロがあって」
「ん?」
「サッカーが上手くて、脚が速くて、それでいて華奢で」
「んん?」
「歌が上手くて、頭が良くて、経済力があって、それで」
「んんん?」
「……小学生の男子、だそうです」
「待って???」
なんだろう。知ってはいけないことを知ってしまったような気がする。該当の男子が誰なのかさっぱりわからないが、まさかこれだけはないだろうと思っていた“町田先生ショタコン疑惑”の超重要情報を拾ってしまうとは。
私、ルミカ、マリは揃って顔を見合わせた。心はぴったり一つである。
「……寝よう。そうしよう」
「……ソウデスネ」
私達は何も見てない聞いてない。そういうことにしておこう。担任がショタコンかもしれないなんて、そんなことあるわけない、ああそういうことにしておこう!
なお後日。
彼女がスマホでうっとり眺めていたのが、とある少年サッカーのアニメの推しキャラクターであったことを知ってずっこけるのはここだけの話。そのアニメに出逢って以来、現実の男への興味がすっからかんになくなってしまったという。
――ちょっと先生!私達の貴重な初めての林間学校の夜を返してー!!
あの推理は一体なんだったのやら。
私はやや八つ当たり気味に、そんなことを思ったのだった。
秘密のカロリーヌ はじめアキラ @last_eden
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