闇の鳥籠
踊る二つの黒い影はいつの間にかその闇夜に
人とは必要以上に関わらない。言及しない。同情しない。ここでは弱みを持つことが、命取りに直結する。人に自分の弱みを見せること──すなわち弱みとなるようなものを作ってしまうこと。それは自らの身を滅ぼす行為。弱みにつけ込まれれば最後、ありとあらゆるもの吸い取られ、この街の藻屑の一部と化す。
つい先日思った言葉が脳裏を
そう躊躇する脳の狭間で音がする。コツコツと規則正しく刻まれるヒールの音は、少女の後ろで止まった。
「それ以上先に行かれるのですか?」
息を呑んで後方に跳ぶ。微かに巻き起こった風が、声の主の髪を揺らした。月夜に輝く漆黒の髪は長く、夜空に浮かぶ瞳は美しい瑠璃色。咲穂はその顔に見覚えがあった。
「……あなたは」
咲穂はそう呟いて、腰からナイフを抜く。
「距離を空けておいてナイフですか。
こちらは拳銃を持っているというのに、随分と舐められたものですね」
切長い瞳が鋭く細められる。黒いスーツから
何故
「もう一度。それ以上先に行かれるのですか?」
静かな問いかけが夜の闇に消える。
「何故、そんなことを、聞く?」
深い影を落とす青い色。咲穂はその思考回路を読むことが出来ない。
「忠告しているだけですよ。
ここから先は彼の世界。小さな鳥籠の世界です」
女はそう言って、にこりと微笑んだ。その腕に何かが絡まっているような錯覚に襲われ目を凝らす。蜘蛛の糸のように見えたそれは、ステンドグラスから漏れ出す光の線で。しかし何処か拭えない
「行かない方が良い。
貴方の好奇心は私が受け取りましょう」
拳銃を下ろし、女がそう呟く。
「その代わりに、彼をお願いできますか?
この道を真っ直ぐ歩けば、外に出られるので」
彼女はそう告げて少年に目配せした。彼はおどおどと辺りを見渡し、少女と視線を絡める。海色の瞳に揺れるのは不安と困惑。しかしそれは咲穂も同じであった。
「……私を怪しいとは思わないのですか」
少女に背を向け歩き出す女に、ぽつりと呟く。
「えぇ、思いませんね」
「何故?」
「それは、なかなか難しい質問です」
女が振り返った。夜風に長い黒髪が
「しかしここでは、こう答えておきましょうか」
刹那、彼女の表情が和らいだ───ような気がした。
「貴方が『
鈴の音が響く。口を開きかけた少女に、女は首を振った。
「彼を連れて逃げなさい。
……話の続きはまた、逢った時に」
そうとだけ告げて闇に溶けていく。その後ろ姿を、少女は静かに見つめていた。その姿が一瞬、彼の姿に重なったような気がしたのは、少女の見間違いだったか。
それにしてはあまりにも、月が眩い夜であった。
◆
月明かりも届かない部屋に一人。唄を口遊む者がいた。
𓈒 𓏸 𓐍 𓂃 𓈒𓏸 𓂃◌𓈒𓐍 𓈒
かごめかごめ
籠の中の鳥は
いついつ出やる
夜明けの晩に
鶴と亀が滑った
後ろの正面だあれ
𓈒 𓏸 𓐍 𓂃 𓈒𓏸 𓂃◌𓈒𓐍 𓈒
「あーあ、逃げられちゃったか」
ぼそりと呟いて、面白くなさそうに笑う。
「じゃあね、後ろの正面は───」
鈴の音がする。重なりあった音の中で、赤が揺れている。
「君に決ぃめた!」
再び開かれた笑みは、とてもオモシロソウだった。
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