変わる真実、変えられない事実
「
「……ごめん、立ち眩みが………」
「夕雨」
まるで当たり前のことのように流そうとする彼の言葉を
「……そんな顔しないで。君も知ってることでしょう?」
まじまじと蒼牙の顔を眺め、青年はまた笑う。
出逢ったときから夕雨は、身体の中に爆弾を抱えていた。それは身体を
「今でもときどき、怖いと思うことがあるよ」
夕雨は
「この手記にはね、全てが載っている。
葉月さんがこの手記に書いたことは、予測された事実。
そしてそれを僕に渡したのはきっと、その未来を変えて欲しいと望んだから。
でも事実はときに希望や夢を破壊してしまう。
君には分かるはず、このどうしようもなく埋められない隙間を…」
静かに見つめられ、蒼牙は
事実。それは自分が人ではないという事実。いっときでも暗闇に身を葬ってしまったという事実。そしてそう遠くない未来、大切な友人を失ってしまうという事実───
下を向いて唇を噛む蒼牙の頬を、夕雨の白い手が
「蒼牙、『事実は変わらない。でも、真実は変えられる』。
そういう言葉を聞いたことがある?
僕は死ぬよ、それは事実だ。
でも、この短い人生に意味などないという真実を押し付けられたくはない。
死ぬのは怖いよ……それは当たり前の感情でしょう?
でも僕は、後悔の残る人生を送る方が、何倍も、何十倍も、怖い」
強い光。その明るさに目を背けて、開きかけていた口を閉ざす。
「蒼牙、君には後悔のない人生を歩んでほしい。
そしてその舞台に、僕はいらないんだよ。
君はもう大切なものを持ってしまっているから。
僕は切り捨てられるべき演者。永遠に交わらない光。
この世界で守れるものは少ない。
だから君は、僕を切り捨てなくちゃいけない。そうでしょう?」
優しい声に首を振った。聞きたかった。自分が今目の前の友人を捨てたら、彼には何が残るのか、ということを。独りになって生きる人生の哀しみを、孤独を知った今なら分かる。『自分』という
「君は優しいね」
そっと手が伸びて、優しく涙を
「大丈夫、泣かないで…?」
「泣いてない」
欲張りなど何もしていないはずだ。守りたいものを守りたい。守りたいのだ、全て。今生き言葉を交わし笑う日々を、守りたい。それだけなのに。なんで。なんで───
彼は決して笑みを絶やさなかった。視界の端で
『事実は変わらない。でも、真実は変えられる』
その言葉に問いたい。
事実と真実を隔てるものは何か、ということを。
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