繋がれた想い、切り離された想い
「本当に、貴方って使えないのね」
心底呆れたように、女は吐き捨てた。
「まぁいいわ、貴方は用無しよ。
そこらへんに散らばった甘いスイーツでも、汁でも蜜でも吸っておいて頂戴」
言葉を紡ぐ唇は可憐なピンク色を宿していた。
「え? なに? そんなこと知らないわよ。
あの男が何考えてるかなんて知るわけないじゃない……
……嗚呼、考えただけで恐ろしいわ。人間って本当に醜い生き物なのね」
そこまで喋ると、女は不快そうに通信を切った。その
「そろそろ話す気になったかしら」
そう言って席を立つ。黒いハイヒールが黒く
「まぁ!
彼女にはまだやって貰わなきゃはいけないことがあるって言ったわよね?
こんなに痛めつけて……人間は弱いのよ? 少しは加減してあげなくちゃ」
女は
「ねーちゃん……」
翠蓮は罰が悪そうに顔を
「違う、この女が悪いの! あーしの大切なねーちゃんを馬鹿にした!!」
「あらそうだったのね、よく見せて。怪我はしてない?」
女は妹の言い分を聞くと口元に笑みを浮かべる。
「……ね、怒ってる? あーしのこと嫌いになった?」
「まさか。翠蓮はいつだって、私の自慢の妹なのよ?」
「そうだよね!! 良かったぁ……!」
姉の優しい声に、翠蓮は硬い表情を崩す。お互いに身を寄せ合えば、女の白い肌に赤く濡れた液体が滴った。それは異様な光景。
翠蓮を優しく抱きとめる女の手前、微かに笑い声が聞こえる。視線を向けると、断罪人は床に赤い唾を吐いた。
「まぁまぁまぁ! 見て翠蓮! あの子まだ生きてるわ〜執念深いのね!」
歓喜のあまり歌うように
「ねぇ、そろそろお話ししてくないかしら?
あれは何処にあるの? 誰に渡したの? ねぇリタちゃん?」
翠蓮から腕を
「……知らないって言ってるでしょ」
「知らないわけないわ! だってあの人が、貴方が盗んだって言ったんだもの」
「嘘かもしれないわ」
「嘘!! まぁまぁ!!
この街の人は嘘なんて吐かないのよ? 貴方たちみたいな俗物とは違うの」
「は…」
「何よ?」
「本当に何も知らずに育ったのね、湖白ちゃんは」
女の──
「ねーちゃんを馬鹿にするな!」
翠蓮は金切り声をあげると、リタの身体を激しく叩いた。彼女は
「貴方たちは何も知らないのよ。全てが造られたシアワセであることに。
そして、大切なあの人は多くの罪に身を汚している、ということにもね」
「うるさい!」
「怒ってるのね、でも同時に
何故かしら? 貴方たちエンブリオに、恐怖の感情などないはずなのに」
「……それ以上喋ると舌を引き抜くわよ」
『恐怖』という言葉に、翠蓮は眉を
「何度でも言うわ。
私は何も知らない。持ってない。
あの人が嘘を吐いてるの」
「違う! 嘘なんか吐くはずない!
……大切なものなの、あの人が大切な
リタが静かにそう呟くと、湖白の
「もう良いわ、翠蓮」
彼女は妹に声を掛ける。
「行きましょう。どうせ、この女も役目を終えたら死ぬんだから」
吐き捨てるように呟いて歩き出す湖白の後ろに翠蓮が続く。ガチャリと扉の鍵が掛かる音を聞くと、リタはふっと息を吐き出した。どうやらしっかりと繋いでくれたようだ。あの人の予測は正しかった。
『リタ、君にはいつか、今日よりもずっと苦しくて悲しい日がやってくる。
そのとき
もし君が彼を信用しよう、そう思ったら、これを渡してやって欲しい』
『もし良ければ約束して欲しい。絶対、幸せになるってことを。
大切なものを交換した者同士、それ以上に大切なものを見つけるってことを』
瞳を閉じる。全身から力が抜けていくのが分かった。
嗚呼其方、名も知らぬ青年の名前が今、確かに分かった気がした。
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