優しい嘘に溶ける嘘


気分次第です僕は 敵を選んで戦う少年

叶えたい未来も無くて 夢に描かれるのを待ってた


❁*.゚


 昔から、色々なものをあきめてきた人生だった。必死に集めてきたものを奪われたときも、大切な誰かを失ったときも、自分のことを無下むげに否定されたときも。ただ笑って、「そういうものか」と呟いた。奪われたのは自分が弱いから。失ったのは運が悪かったから。否定されるのは自分がその程度の人間だから。人生とは、生きるとは、そういうものだから。自分が耐えれば、諦めれば、誰かが幸せになる。だったら自分は息を止めてでも、その小さな幸せを与えてやりたい。そんな綺麗事きれいごとを並べて、ずっと逃げてきた。諦めたのは誰かのためじゃない。まぎれもなく自分のため。自分の無力さに、不甲斐なさに、押し潰されたくなかっただけだ。


 咲穂さほの答えは依然として宙にぶら下がっており、朱音あかねは曖昧な表情を浮かべている。少女の大声に一瞬気取けどられた観衆数名も、今は目の前の撮影機カメラに視線を移していた。絢爛けんらんさにれるかのように、空気は段々と熱を帯びて、開かれた酒瓶さけびんから零れた甘みが辺りを包んでいた。


 深々と頭を下げ動かない部下を見下ろし、朱音は微かに溜息を漏らす。また、少女お得意の『』が始まった。しかし心は不思議なほど愉快で、無謀むぼうな戦いに心惹かれる自分がいる。


「咲穂、自分が言ったことの意味、ちゃんと分かっているかしら?」


 笑みをおさえそう尋ねると、少女は泣きそうな顔で何度か頷いた。実際朱音は、彼女がこの計画に反対することも視野に入れている。こうなってしまえば残る道はただ一つ。、だ。


「私たちの仕事は、依頼されて初めて成立する。

 決してただの仕事じゃないのよ。誰かの想いを届ける仕事なの」

「それは、ちゃんと分かっています。

 分かっているからこそ、私はこの仕事をやり遂げたいんです」

「……そう、そうね」


『報告シマス、報告シマス。

 標的は計画B-101の受ケ入レヲ拒否。

 計画ハB-444ヘ移行。実力行使ヲ認メマス。

 

 繰リ返シマス………』


「貴方は、本当にそれで後悔しない?

 これから先、どんなに苦しいことがあっても、誰かを失ったとしても、

 貴方のままでいられるのかしら?」


 通信機かられる無機質な声が脳を揺らす。愉快な気持ちで満たされていた気狂い水も、飲み干せば所詮苦い味。口先から溢れる甘い香りに、幼子は溺れ、成す術なく死んでいく。それはあまりにも静かに、ゆっくりと、小さな体を侵食する毒。


「……分かりません。

 でも、私には信頼できる上司がいますから」


 少女のはにかんだ笑みが電子音と飽和ほうわしていく。朱音はその笑みに「そうね」とささやかに呟いた。


「あ、ちゃんと見ておかないと落とされちゃいますよ!!」


 そう言って舞台に身を乗り出す少女の後ろ姿は、自らの瞳を焼き焦がすほどにまぶしかった。

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