海月の骨、泡沫の夢。
『その日のパーティーで、咲穂を助けてやってほしい』
あの人の声が脳裏を過り、微かに息を溢した。反応するかのようにゴボリと、
何故。何故あの少女のことを気にするのだろうか。あの日確かにあった希望は
「そろそろ行かないと、また
息と共にそう呟いて、時計を見やった。公売会が始まってから、十分ほど。まだ許されるだろう。彼は、そういう人だったから。
「ねえ、君はどう思う?」
水槽の側に腰を下ろし、何も語らない少年にそう問いかけてみる。声が反響し、自分に返ってくる。息を吐く。くだらないな、と、微かに笑ってみる。
「───貴方は何を見てきたの?
私はずっと、あの人だけを見てきたの。
あの人のために生きてきたの。
苦しくても、悲しくても、あの人が笑ってくれるなら」
───笑ってくれるなら、いつまでも「瑞稀」でいられたの。
息が天に昇っていく。月が笑う。瑞綺は自嘲気味な
「ねえ、君は誰かを笑い飛ばさなきゃ自分を許せないような、
くだらない人のことをどう思う?」
忌み嫌う父の声が、人を狩り嘲笑う人形の
「ねえ、他人の歩幅を眺めて意味もなく駆け足になる、
つまらない人間のこと、君はどう思う?」
麗の姿が思い浮かんだ。彼は死に急いでいる。駆け足で人生を終えようとしている。それはきっと。
大切な人の歩幅が、死に向かって走り始めているからだ。
あの人は大切な人の隣に立つために、死に急いでいる。
じゃあ、私は?
どこまでも続く薄暗い道で、愛おしいあの人しかいなくて。でもあの人には、どれだけ走ろうと、どれだけもがこうと、追いつけなくて。死ねもしないし、生きもしない。嗚呼、取り残されていく。ずっと、ずっと独りぼっちだ。
嗚呼、それは何て哀しいのだろう。
嗚呼、それは。
それは、本当に意味のあることだろうか。
「ねえ、貴方は一体、人の何を見てきたの?」
瞳を閉ざしたままの少年に微笑みかける。ガラスの表面に、
「私に教えてよ」
肩が震える。
「私にも、生きてる意味があるって、教えてよ」
本当は分かっていた。自分に生きている意味などない、ということを。自分は自分という姿をもって、他人を演じ続けている。人は変わる。愛しいあの人も髪が伸び、風に棚引くようになった。自分を助けたあの人は、希望を見失ってしまった。しかし、自分はどうだろう。良いようにも、悪いようにも、あの日から何も変わらないままで。ずっと時の狭間に閉じ込められているだけで。
「きっと貴方の方が、私より何倍も、美しい人生を歩んでいると思うから」
微かな願いを込めて、そう
もう戻ることは出来ない。あの人と出逢ってしまった。あの人のために生きると誓ってしまった。あの人を、心の底から、愛してしまった。
「いつかきっと、私にも聞かせてね。
貴方の、遠い昔の話」
立ち上がって衣服を整える。僅かに瞳を閉じて、再び開く。世界は色を変え、日常に戻る。
「また来るよ。君を落とすのは、この僕だから」
そっと水槽に顔を寄せ、その冷ややかな感触を確かめていく。
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