人の心を持つ者と、人でない者と。
「
上司の後ろを追いかけながら、
「朱音さん!!」
少し声を張ってみると、彼女はやっとのことで咲穂の方を見やった。
「咲穂、貴方は同情してるの?」
唐突に、上司の口から毒が漏れた。少女は息を呑み、その冷淡な声に
「ち、違いますよっ……!!
ただあんなに血を吐いてたから……」
「それを、同情って言うのよ」
人混みを抜けた薄暗い廊下に低い声が走る。朱音は咲穂を壁に押しやると、その首筋に指を這わせた。長く鋭利な爪がその柔肌に赤い線を引く。ピリピリとした痛みが伝わる度、少女は発した言葉の重さを知る。
「良い?
誰かを慈しむことも、死を嘆くことも、憧れを抱くこともない」
彼女の呼吸一つ一つが聞こえてくるほどの距離で、言葉が紡がれていく。
「呑まれるな。同情するな。
あれは悪魔だ。それ以上でもそれ以下でもない」
少年の瞳を思い出した。視線が交わった時、彼は何と呟いたのだろう。嗚呼でもあの瞳は、自分にはどうしても。
「呑まれたら死ぬぞ」
上司の瞳が、言葉が、声が思考を揺らす。その揺れ動く視界の中で、彼の瞳だけは変わらないままで───
「……ごめんなさい」
やっとのことで言葉を紡いだ。朱音はその言葉に微かに瞳を見開くと、はたと手を離す。力が抜けてその場に座り込むと、辺りの酸素を
『貴方、それで本気を出しているの? ありえないわ』
『良い? ここでは生と死しか存在しないの。
そんなヌルい反応じゃ殺されるわよ?』
『まさか本当に。』
『まさか本当に906c82f08e4582b982c882a2なんて……』
記憶が揺れる。
ごめんなさい。弱くてごめんなさい。
役に立たなくてごめんなさい。
同じことを何度も言われてごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい…………
「……咲穂、私もごめんなさい……ついカッとなってしまって」
朱音がそう呟き、少女の側に膝を付く。見つめられた瞳はいつもの輝きを取り戻しつつも。
拭えない■■を宿していた。
◆
公売会で売られているものは、吐き気がこみ上げるような
「お〜さすがさすが。
こんな服も着こなせるなんて、
わいの顔面偏差値どうなってるんやろな……ってあれ? ひーちゃん??」
「任務中にその名前で呼ぶのやめて貰っても?」
「い・や・だ♡」
「そうですか。では実力行使ですかね」
「はいはいはい! ちょい待ちちょい待ち!!」
「ほんま、すごいなぁ〜
これ、人の皮膚で作った奴なんやろ???」
彼は姿見の前でくるっと回ると、無慈悲にそう投げかける。
「えぇ、詳しい出所は知りませんが」
冷淡にそう呟いて、ふと帰りを待つ者のことを考えた。この人間にも待っている者がいたのだろうか。彼女の心はそれほど豊かではない。同情も悲しみも嫌悪の感情も、何も浮かばなかったが、漠然とそう思った。
公売会が始まるのは、正味あと三十分ほどだ。会場の準備ができるまでは別室で、出品される品々を手に取ることが許される。
「で、今回の目玉はなんなんやっけ?」
着ていた上着を脱ぎ元の位置に丁寧に戻すと、上司はにまっと笑みを
「ああ、アレですよ」
響葵はそう言うと、多くの人が集まっている箇所を指差した。中央に置かれた筒状の水槽。その中に眠る一人の少年。
「なんとも十数年に生み出された人型
「
「ええ、ボタンを押すとその光景を切り取ることが出来るものですよ」
「へぇ〜なんかよく分からんけどスゴいもんなんやな」
瑚都は興味なさげにそう呟くと、煙草に火を付ける。
水槽を満たす青い液体。呼吸する度に漏れる泡沫。さざめく薄い金色の髪。
「でもさ、今思ったんやけど」
ふと上司がそう息を吐いた。
「
それはどうしたん??」
単純な疑問。しかしその言葉は響葵の胸を突く。彼女は
「大丈夫ですよ。
回収したときに、全ての
水槽の中で眠る少年は目を醒さない。
───そしてもう二度と、目醒めることはない。
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