空に知られぬ雪
風を
「
ふと気付けば、彼の名が口から
もう一度、
「雅」
もう一度。今度はしっかりと言葉を
その姿は、何ら
咲穂の声に反応するかのように、少年は彼女を仰ぎ見る。その瞳は優しさの琥珀色、そして
「─、──」
桜色の唇が、何かを呟いた。その刹那。
「─────!?!?」
雅は声にならない悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。苦しげに肩を大きく揺らせば、
「あーあ」
彼のすぐ隣で、心底残念そうな声が聞こえる。それはしんと静まり返った世界に
「ごめんねぇ〜最近色々
張り詰めた空気の中、へらへら笑うシド。しかしその瞳に
彼は軽い調子で二回手を叩くと、「じゃあ公売会を始めます〜」と声を上げた。瞬く間に観衆が色めき立ち、どっと舞台上に詰め掛ける。その流れに逆らうことが出来ぬまま、朱音と咲穂も少年から視線を移す。
次に彼女が見た時にはもう、彼の姿は無くなっていた。
◆
「畜ッ………生………!!」
「畜生……」
唇を噛み締め再びそう漏らす。乱れた髪を掻き回し、どこまでも高い天井を見上げる───溢れた涙が零れ落ちないように。
生まれた時から、自由も、
ギュッと瞳を閉じる。脳裏にあの人を思い描く。嗚呼良かった。まだしっかりと覚えている。しかしいつまで思い出せるのだろうか。いつかは彼のことさえ忘れ、殺戮の快楽に身を委ねる日が来るのだろうか。少年には、雅には、その事が酷く恐ろしいことのように思えた。
「おい、大丈夫か」
舞台袖にしゃがみ込み荒い息を漏らす彼に、何者かが声を掛ける。漢服を思わせる漆黒の軍服が、隙間風に
「触んじゃねぇ」
しかし雅は冷淡にその手を振り払うと、青年を睨み付け毒突いた。
「それだけの気力があるのならば大丈夫だな」
それだけ呟くと、青年はすくっと立ち上がり歩き出してしまう。雅がその姿をぼんやりと視線で追っていると、彼が振り返った。
「やることが山積みだ。
俺を追うか、そこで野垂れ死ぬか、今すぐに決めた方が良い」
そう静かに告げて去っていく兄のあとを、雅はまだ
雅は遂に、少女のことを口に出さなかった。
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