第5章 The Truth Behind The Jewelry

悪魔の踊り方

 咲穂さほは困惑していた。中央フロアを煌々と照らすシャンデリアが、じっとりと脳を溶かしていく感覚がする。その下では、淡い笑みを浮かべ玉座に足を組む青年がいた。宇宙そらの星を砕いたかのようにあでやかな金色こんじきの髪。蒼昊そうこうを閉じ込めたかのように鮮やかな碧眼。誰もが振り向くほど鮮麗な純白の礼服。


 何故気付かなかったのだろうか。

 、ということに───


 咲穂の脳裏を様々な出来事がフラッシュバックする。初めて会った瞬間ときから外側の人間ではないと確信していたものの、まさか王族とは思ってもみなかった。彼と親しくなってからは敬語などすっかり抜け落ちていたし、何なら市場で少し高めの髪飾りを買って貰ったり、荷物を持って貰ったり、じゃれあったり……なんてこともあったような気がする。


「私、今日が命日かもしれない」


 そう呟いて頭を抱える咲穂に気付きもせず、その青年瑞綺は観衆に手を振っていた。


「では改めてご紹介致します。

 右から順に、政府アルカディア総帥シド=マルディアルグ様。

 ラヴァル家当主兼アムネジア国王ラヴァル=ドゥ=ジョルジュ様。

 そしてそのご子息のラヴァル=ドゥ=アンリ様です」

 

 司会がそう告げると、辺りがまた騒がしくなる。ある者は歓声を上げ、ある者は歓喜のあまり足元から泣き崩れた。その光景はある種、民を想い思慕しぼされる理想の国家像を思わせたが、どこか独裁主義的な不穏さを拭えずにいた。

 咲穂はその景色に息を呑むと、舞台上の彼らを見つめる。最初は疑念が晴れなかった瑞綺の気持ちが、今になって心にすとんと落ちてくる感覚がした。


 


 その言葉が痛烈に、咲穂の胸に刺さる。


「ここからは司会をマルディアルグ様にお譲りいたします」


 司会がそう告げると、名前を呼ばれた男はマイクを受け取った。ちらりと横目で見やると、朱音あかねは今にも噛みつきそうなほど険悪な顔をしている。シド。シド=マルディアルグ。この街を創造する絶対神。そして世界の格別を生んだ使


「皆さんご機嫌よう。政府アルカディア総帥のシド=マルディアルグです」


 男は、先程瑞綺と交わしたねっとりとした言葉遣いを感じさせない、低く落ち着いた声色で話し出す。脳に反響するような声音が、咲穂の身の毛をよだたせた。

 直接会ったことも、会話したこともない。しかしどこか知らずのうちに、彼を悟っているような気がした。彼の纏う空気は、人造人間キマイラのそれとよく似ている。


「これから僕たちが外の世界で集めた珍しい品物を売っていく訳なんだけど、

 その前に見てほしいものがあって。だから司会を代わって貰いました」


 病的なまでに白く細い体躯は、今にも倒れてしまいそうだった。しかしその白く霞みがかったような瞳の奥では、底知れないが蠢いている。そのを咲穂が知る由もないのだが、ただその小さな感情だけが、彼を現世に引き留めているような気がした。


 観衆はシドの意味深な発言に手を叩く。それは大きなうねりとなり青年を包んでいた。その中で光る。眩しくて美しいものも、いつしかその瞳を潰し肉体を焼き焦がす。彼はそのただれた皮膚を、虚勢で隠しているように見えた。


「実は───

 


 観衆をらすかのように長い息を吐いてから、シドはそう呟く。辺りが一瞬鎮まりかえったかと思えば、一気に拍手が沸き起こった。


「………エン……ブリオ」


 咲穂の呟きは、彼らの称賛に掻き消されていく。脳裏を忘れたい記憶が駆け巡る。黒い傘が、赤く濡れた肌が、揺れる。


「本当はもう少し前に完成してたんだけど、今日のために隠してました」


 茶目っけたっぷりに言ったつもりだったようだが、その笑顔はどことなくぎこちない。彼が舞台袖に合図を送ると照明が暗くなり、何者かが現れる音がした。


 歩くたび辺りに散る唐紅色の髪。束帯を思わせる裾の長い軍服は、黒洞洞たる闇を思わせるように黒い。その黒さの中で鮮やかに映えるのは、繊細な金の装飾。白い肌に一層艶めく真っ赤なグロス。髪に絡まる花は春を思わせる淡い桜であった。春の夜の儚さと憂いを思わせるような彼は、異様な美しさを醸し出している。観衆は無論咲穂でさえ、その美しさに我を忘れ溜息を溢した。


 男性とも女性とも似つかない少年は、シドの隣に立つと優雅に一礼する。顔を上げた彼の瞳は、誘惑の琥珀色、そして高貴の紫色であった。


「紹介しよう。エンブリオの完全体、『みやび』だよ」



 あまりにも美しい少年は、


 ───

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