門出
そっと屋根代わりに敷いていたブルーシートを
青い空だ、透き通るような青さだ。
彼女は微かに溜息を溢すと、ふと口元に笑みを浮かべた。不思議と心は晴々としていて、今はその美しさが何処か懐かしい。
リタは綺麗にブルーシートを畳むと、それを脇に寄せ辺りを見回す。ほとんど何も無い家だ。食事は長らく
リタはそのキッチンにそっと近づくと、埃を手で拭う。瞬く間に真っ黒に染まる手を見やり、シルバーのシンクに反射する自身の笑顔にまた息を溢した。
覚悟は、決まった。
持つものは特に何もない。何か人を呼び寄せる必要もない。
彼らはきっと来るはずだから。
「よぉ姉ちゃん、久しぶりだな」
その声はリタの背後から聞こえた。音もなく現れた彼らは、殺気だったそぶりも見せずそこに立っている。リタよりも
「
リタが青年の名前を呟くと、彼はにぃーっと口角を上げる。
「おねーちゃん、綺麗になったのね。写真で見たのとは大違い。
あーし、今のおねーちゃんの方が好きかも」
桃李の隣に立っている大柄の女が、無邪気にそんなことを呟いた。
「ありがとう、翠蓮」
リタが彼女に感謝の意を伝えると、
「あーしの名前、知ってるんだ」
「もちろん」
彼女はその問いかけに頷くと、縮れ薄汚れたワンピースの端を指で摘み、上品な所作で頭を下げた。
「は、随分余裕そうなツラじゃねーか」
桃李がリタに近づく。そしてその手を取った。
「行くぜ」
「えぇ」
「おねーちゃん殺しちゃうのもったいないな〜
あ、そうだ。おねーちゃんが死んだら実験材料にしてあげる。
きっとあーしのねーちゃんも喜ぶからさ」
それはあまりにも穏やかな死出の旅。
リタの瞳に映っているのは、ただ鮮やかな碧空だけであった。
◆
「はい」
通信機からの連絡に、間髪入れずに応える。
「もしもし、分かってると思うけど」
「あぁ、リタさんのこと」
「ごめん」
「良いの気にしないで、絶対こうなると思ってたから。
彼女に伝えたいことは伝えられたかしら?」
「うん、ありがとう」
「そう、なら満点よ」
彼女はそう呟くと、そっと視線を上げる。辺りにひらり、はらりと舞い落ちる孔雀の羽。暗闇の中、その鮮やかさだけが映える。
「そっちは上手くいきそう?」
通信機の向こう側で心配そうな声色が響く。
「えぇ………少し予想外のことがあったってことくらい」
彼女は少し
「……
女はそう言い聞かせると月明かりに揺れる青年を見上げる。
その日この街の空には、枯れることのない美しい月が輝いていた。
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