空に放つ引金を今。

✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼


記録しマす。

19XXねン。夏。激シイ雨が降っテいまス。


✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼


「何でッ!! 何で何だよッ!?!?!?」


 頭が砂嵐でおおい尽くされているような、そんな轟音ごうおんが、どこか遠いところで響いているような気がした。少年が床に投げつけたペンチは、甲高い音を立て床に転がる。リリーの肩がビクリと震え、リタはそっとその背中をいだいた。雨の中に放り出されたペンチは、その錆びた金属部分を更に黒く変色させていく。その光景に助長されるかのように、五人の口内を鉄の苦い香りが駆け抜けた。


「ヒロト……気持ちは分かるけどさ、一旦落ち着こうぜ」


 一人。髪を短く刈り上げた少年がそう彼をなだめる。


「は? じゃあケンジはこの状況で落ち着いて居られんのかよ!?!?」


 噛み付くようにそう返すヒロト。その瞳は微かに潤み、震えているように見えた。


「このままじゃ……っ………!! このままじゃあ……ッ……!!

 ………レンは死ぬかもしれないんだぞ………!?」



 レンとハンナが研究していた人造人間が完成したのは、つい先日のことだったと記憶している。誰もがその吉報に喜び、永く夢見てきた世界の実現に興奮した顔で語り合っていた。

 誰もが信じていた。。研究者として政府アルカディアに貢献すれば、多くの報酬と一生の安寧を手に入れられるだろう、と。


「レンはそんなに弱くないもん!!

 絶対ハンナちゃんを幸せにしてあげなきゃ許さないって、

 あたし、ちゃんと言ったもん!!」

「それとこれとは関係ないだろ!?!?」

「そんなことないっ!! そんなこと、絶対にない!!!」


 アミは涙と鼻水でぐちゃぐちゃに濡れた顔を歪ませて、悲痛そうに声を絞り出す。その様子を見て、リリーはリタの袖口をぎゅうっと引っ張った。


 ■■は困惑していた。頭の中をたくさんの記憶データが目まぐるしく動いていく。この瞬間は、アミが語った“”にとてもよく似ているような気がした。


 彼らの中の誰かが生み出した人造人間が、シアワセだった生活を壊していく。ボクたちは勝者と敗者に分けられて、全員が苦しみの最中へ引き摺ずり下ろされる。ある者は栄華に縋り付き、ある者は落魄れるのを恐れ、ある者は嫉妬に呑まれていく───


 政府アルカディアに新たな人造人間が生まれたと報告しに行った日を境に、ハンナとレンは姿を消してしまった。最初は誰もが安易に考えていた。新しい人造人間のため登録に時間が掛かっている、とか。政府に讃えられて式辞を貰っている、とか。しかし三日が過ぎ、一週間が過ぎ、二週間が終わった時、全員の心の中には一抹の不安が芽生えていた。彼らは一体どこに行ってしまったのか。政府アルカディアは彼らに、一体どんなことをしているのか───


「俺見たんだ。政府の奴らが二人の腕に変なクスリを打ってるところをっ……!!

 二人とも真っ青な顔しててさ、もう人間じゃないんじゃないかって。

 あいつら死んじゃったんじゃないかってっ………!!」

「もうやめて下さいっ!!!」


 ヒロトの戦慄に震えた声に、リリーは耳を抑えうずくまる。


「でも、どうしろっていうんだよっ………!!

 今の俺たちに出来ることなんて、何も………っ…………!!」


✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼


過去の記憶を検索しますか?


▶︎はい

▷いいえ


記憶を検索中───


People:

▷アミ

▷レン

▷ヒロト

▷リタ

▷ハンナ

▷リリー

▷ケンジ


Place:

▷秘密基地

▷外の世界

▶︎本当の青い空


▶︎“本当の青い空”について詳しく情報を見る。


▶︎“本当の青い空”

 ハンナさんとレンさんの新婚旅行先。

 今ボクたちの上に浮かぶ空とは異なる、

 果てしなく美しい景色が見られるそう。

 みんなで見に行くと約束している、憧れの場所───


✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼


「本当は、どうでも良かった。

 あたしは一人で、あいつを見返してやりたかっただけ。

 父ちゃんの夢を叶えて、胸を張りたかっただけだった。

 でも、あたしの仲間は超優しくてさ。

 

 鹿

 

 


✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼


 ますター、ボクは人間デハありまセン。でも、ボクはみんなガ笑っテいるところヲ見ルと、シアワセな気持チにナリます。


✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼


「ねぇ、あたしが何であなたを■■って名付けたか知ってる??」

「知りマセン」

「ふふ、■■っていうのはね、英語で『』って意味なんだよ」

「チカい……??」


 だからこの名前を付けた」


「思い出させて欲しいんだ。

 あたしたちにも、こんなに幸せな時があったんだって。

 皆で笑い合えた時もあったんだ、って」


✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼


 全員が、恐怖と悲哀に満ちた顔をしていた。遠くで轟く雷鳴。


✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼


<記録100038>

今日マスターから、ボクが生み出された訳を聞きました。

ボクはみんなに幸せを届けるために生まれたみたいです。

みんなの思い出を記録して、いつかまた笑えるように。

ボクは幸せ者です。こんなに優しいマスターと出逢えて。

こんなに楽しい日々を過ごせて。

だからボクは最期まで記録します。

みんなの夢を、希望を、そして消えることのない浪漫を──


✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼


「リタ気にしないで。僕たちは家族なんだから」

「そうよ。それにみんなで見に行った方がきっと楽しいわ」


✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼


 みんなの夢。みんなの希望。みんなの浪漫。それは───


✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼


 分析結果が出ました。公開しますか?

▶︎はい

▷いいえ


✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼


「ますター、明日、みんなで“本当の空”を見に行きマせんカ?」


 少年のその声に、全員が振り返る。


 ■■の瞳はどこまでも無邪気で、自信に満ち溢れているような気がした。


❁.*・゚


廻るセカイのイデア 枯れる太陽 炎天下

陽炎かげろうが揺らいだ 「忘れないで、さぁ、進もう」

もどかしさに何度でも 明日を夢に見ていた

戻らない、先のある世界へ 「僕たちで変えよう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る