最初で最後の最高な記念日に、写真を撮りましょう。

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記録しマす。

19XXねン。夏。蒸し暑イ曇リ空デス。


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「何を読んでいるの?」


 声を掛けられた■■は、本から目を離し後ろを振り返る。そこには控えめな笑みを浮かべた女性が立っていた。アミのような無邪気な笑顔でも、リタのような不器用な笑顔でもない。少年は彼女が誰であるかを、瞬時に悟った。


「ハンナさん」


 そう名前を呼ぶと、彼女は照れ臭そうに鼻の下をこする。ハーフアップにまとまった黒髪と優しげな深緑の瞳が、フィルムに写った。


「お久シブりでスネ」

「うん、最近研究が忙しくて」


 ハンナはそう言うと、蒸し暑そうに羽織っていた白衣を脱ぐ。■■はあらわになった白く細い体軀たいくを眺め、ふとその変化に気づいた。


「ハンナさん」

「ん?」


 少年はそっと手を伸ばし、彼女の腹部に触れる。彼女の鼓動とは別に、小さな心音が聞こえるような気がした。

 彼女は名前を読んだきり口を閉ざした■■を見つめ、くすっと笑みを溢す。


「■■ちゃんって、意外と大胆なところあるよね」

「え?」

「ふふっ、良いよ気になるでしょ?」


 ハンナはそう言うと、少年の手に自らの手を重ね、腹部を愛おしげに撫でた。■■はその長く透き通った睫毛を見つめ、こくんと息を呑む。

 曇り空の隙間から仄かに覗く光が揺れる、冷たいフローリング。南風さえ今は祝福しているかのように温かく、彼女を包み込んでいた。

 少年は器械人間ロボットだ、人間ヒトではない。は、簡単に理解することが出来た。


 ■■は手に伝わる温かな感触を、ただじっと感じる。手を通して共有リンクする、小さな命と母の愛。その温かさが、嬉しいようで、少しうとましくもあるような気がした。


「本当はね、もうダメかなって思ってたんだよ。

 でもみんなが応援してくれたから、今は幸せな気持ちでいっぱい」


 はにかんだハンナの笑顔は、アミと最初に出逢ったときの笑みによく似ている。


 薄汚れた服。汗にまみれ顔に張り付いた髪。しかしそんなことを気にする素振りも見せず、生まれた■■を精一杯の笑顔で祝福してくれた、あの日の笑み。


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キロくしマす。

今日は祝福されルベキ、素晴らしい日デス。

ハンナさんとレンさんの間に子供がデキまシタ。

二人ハ今ノ研究の成果ガ出たラ、研究者を辞メ結婚式をあゲルソウでス。

みんな結婚式にドんな格好で行こウか、今カラ真剣に考えてイマス───


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「あの……!! ハンナさんとレンさんは新婚旅行、どこに行くんですか……?」


 そのあと。

 秘密基地に集まりハンナとレンから報告を聞いたリタたちは、興奮して二人を祝福した。そんな中、一人の少女が手を上げる。白みがかったブロンドの髪。大きく潤んだ淡い桃色の瞳。おどおどと口を開いた少女の名は、リリーといった。


 リリーの問いかけを聞いた二人は、互いに顔を見合わせてにっこりと微笑み合う。また辺りが騒がしくなり、レンは一つ大きな咳払いを溢した。


「実はもう決めてあるんだ」

「おぉ〜!!」


 おもむろに口を開いたレンは、そう言葉を紡いでハンナを見やる。リタたちがハンナに目線をずらすと、彼女は嬉しそうに口を開いた。


「私たちは新婚旅行で、『』を見に行きます!!」

「ほんとうの……」

「……そら??」


 首を傾げるリタたちに、レンが横から口を挟む。


「僕たちが今見ている空は、実は政府が作った仮想バーチャルなんだ。

 本当の空は上に浮かんでいる空なんかより、何倍も大きくて綺麗なんだって」


 レンが語る夢のような話に、全員が釘付けになった。ある者はどこまでも続く青い空を思い描き、またある者は夜空を彩る満天の星空に夢を見る。


「え〜!! あたしも見に行きたむごっ!?」

「ちょっと! なんだから、邪魔しちゃダメでしょ!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねながらそう提案するアミの口を、リタは塞ぎ込んだ。

 そんな騒々しい景色を、レンとハンナは穏やかな表情で眺めている。■■は今この瞬間が、永く続いて欲しいと願わずにはいられなかった。


「リタ気にしないで。僕たちは家族なんだから」

「そうよ。それにみんなで見に行った方がきっと楽しいわ」


 暴れるアミを押さえ込むリタに、二人は笑いかける。


「でも……」

「ほら〜!! リタちゃん意地悪〜!!」

「わ、私は当たり前のことを言っただけだわ!!」

「まぁまぁ喧嘩しない」


「なぁ!! ■■もいることだし、写真撮ろうぜ〜!!」

「いいね!!」

「レンとハンナは真ん中でしょ!!」

「■■いけそう? 掛け声かけてよ?」


 賑やかで明るい時は過ぎていく。決してこの瞬間を留めておくことはできない。だから人は写真を撮るのだ。


 ───


「でハいキまスヨ!! はい、チーズ!!」


 フラッシュが夏空に消える。

 記念に撮られた写真は後々、アミが現像して渡してくれた。


 誰もがその写真を眺め、いつか来るその日を待ちわびていた。


───

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