浪漫と、希望と、我楽多なボクと。


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記録しマす。

19XXねン。夏。爽ヤかナ快晴でス。


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「ますター、何故ますターはわタシを造っタのデすカ?」


 ある日の朝。■■はアミに、そんなことを尋ねていた。彼女は驚いた様に■■を振り返ると、にっこりと微笑む。


「どうしたの? 突然そんな辛気臭しんきくさいこと言っちゃって」

「ますターが持ッテ来てくレタ本に書イテあリマした。

 生キる意味がチャンとあッタ方が、人生ハ楽シイって」

「マジか、そんな本貸したっけ??」


 アミがギョッとした様に■■に尋ねると、少年は無言で頷き『人生を楽しむメソッド』と書かれた本を差し出した。


「やば、間違って違う本貸しちゃったな…」

「ますター、逃げナイで教えてクダさい」


 慌てて視線を逸らすアミに、少年はずいっと近づく。彼女は少年の真摯しんしな眼差しに息を呑むと、微かに息を漏らした。


「………かったから」

「え?」


 少女の声は最初、よく聞き取ることが出来なかった。■■が聞き返すと、彼女はくちゃくちゃっと頭を掻き回し、意を決したように口を開く。


「あたし、思い出が欲しかったんだよ」

「思イ出……」

「そう、思い出」


 アミはそう呟いて、頭上に広がる青空を仰ぐ。


「あたしたちはさ、仲間であり好敵手ライバル

 一日何十時間も働かされて、栄光を手に入れられるのはほんの一握りだけ」


 。アムネジアで生きる者にとって、この称号は誇らしいものだ。最先端の技術を駆使し、この街の発展に寄与するエリート集団。

 しかしアミは、その仕事の闇深さをよく知っていた。


「一番最初に、政府アルカディアの意向に沿う人造人間キマイラを造った奴が一番。

 そいつだけが国の英雄ヒーロー。他の奴の努力なんてどうでも良い」


 彼女はそう言うと、鮮やかな碧空に手を伸ばす。赤茶色の瞳の中を、寂しげに雲が揺蕩たゆたっていた。

 ■■はその瞳を見つめ、息を呑む。ネジの一部が緩んでしまったかのような、歯痒い温度が溢れた。彼は未だ、その感情が何たるかを知らない。


「だからさ、いつかあたしたちの関係も終わっちゃう。

 嘘じゃない、ほんとだよ。

 あたしは知ってんだ、父ちゃんが教えてくれたから」


 彼女はそこまで言い切ると、微かに顔を曇らせた。そして息を吸い、また口を開く。



 ───あたしの父ちゃんは、すごいカッコ良かったんだ。国のために、最高にクールな機械メカを造ってた。あたしはそんな父ちゃんの背を見て育った一人娘。いつかきっと、父ちゃんを超える機械メカを造るのが夢だった。ずっと、ずっと。父ちゃんもそんなあたしを応援してくれてさ。二人で泥まみれになりながら、一日中機械をイジったり……なんてこともあったっけな。


 でもある日、そんな幸せな生活も終わっちゃったんだ……が、人造人間キマイラが生み出されたせいで。


 人は世知辛い生き物で、生み落とされた何かが素晴らしいと感じた瞬間ときにはもう、それに呑み込まれてる。そこに製作者の想いなんて露もない。自分の生活に役に立つか、立たないか。たったそれだけ。


 ……が生み出されてから、皆機械メカなんてどうでも良くなちゃったみたいでさ。人造人間キマイラを生み出した一人の研究者だけを崇める様になった。父ちゃんが機械メカに込めた夢も、浪漫も、幸せも、全部どうでも良くなっちゃったんだ。父ちゃんもあたしも、すごい悲しくて、苦しかった……


 ……父ちゃんは、その日からおかしくなちゃってさ。ずっと虚ろな目で、ぼうっとするようになったんだ───



 アミは吐き捨てる様にそこまで呟くと、悔しそうに唇を噛む。赤茶色の瞳が潤み、こらえ切れなかった涙が頬を伝った。


「分かってた。父ちゃんには機械メカが全てだったってこと。

 父ちゃんから機械メカを取っちゃったら、もう何にも残んないってこと」


 絞り出した声が、憎いほど晴れやかな空へと吸い込まれていく。少女は俯いて乱雑に涙を拭うと、■■に微笑みかけた。その刹那にまた一粒、涙がこぼれる。


「そのあと父さんは自殺したんだ。

 あたし、すっごい悔しくてさ。

 こんな世界、ぶっ壊してやろうって思った───」



『父ちゃん、あたし決めたよ。研究者になる』

『はは、そんな顔すんなって。大丈夫。

 あたしは研究者になって、世界一カッコいい機械メカを造ってやるんだ』

『あいつもきっと、度肝を抜かれるぜ。

 なんてったってあたしは、父ちゃんの自慢の娘だからな』

『だから一回だけで良いんだ』

『起きて笑ってくれよ。あたしの夢をさ、あの日みたいに応援してくれよ』

『……父ちゃん、なぁ』

『あたしの夢、間違ってないよな』


 暗い部屋にポツンと置かれた棺。その中に、赤髪の男が眠っている。彼女と同じ煌めきを放っていた瞳も今は閉ざされ、もう二度と開かれることはなかった。

 世界でただ一人、最期まで彼の背中を追い続けた少女は、その棺にそっとゼラニウムの花を置く。黒い棺に赤が散り、鮮やかに色付いた。それはまるで彼が追い続けた夢の煌めきを物語っている様で。


 彼女の咆哮ほうこうは、だる青空に消える。



機械メカっていうのは、確かに人間とは違う。

 だからこそ、皆が浪漫を持てるんだ。カッコよさに夢を見れるんだ。

 あたしが作りたいのは、人を殺す完璧な兵器なんかじゃない」


 みんなを笑顔にする、ポンコツ器械人間ロボットなんだよ──


アミは静かに、しかし確かな意志を持った声で、そう呟いた。


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記録しマす。

ますターの夢は、みんなを笑顔にするポンコツ器械人間ロボットを造ることデス。

ソレハ、彼女の夢でアリ、お父さんノ遺志。


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「分かってる。

 あたしたちの中の誰かがきっと、

 政府アルカディアに認められるすごい人造人間キマイラを生み出すことくらい。

 その瞬間、あたしたちは勝者と敗者に分けられて、

 全員が苦しみの最中さなかへ引きり下ろされる。

 ある者は栄華にすがり付き、ある者は落魄おちぶれるのを恐れ、

 ある者は嫉妬に呑まれていく。

 

 本当は、どうでも良かった。

 あたしは一人で、あいつを見返してやりたかっただけ。

 父ちゃんの夢を叶えて、胸を張りたかっただけだった。

 でも、あたしの仲間は超優しくてさ。

 

 鹿

 

 


 アミはそう呟くと、また寂しそうに破顔した。■■はその笑みを、記録に焼き付ける。絶対に忘れぬ様にしっかりと、鮮明に焼き付ける。


「ねぇ、あたしが何であなたを■■って名付けたか知ってる??」

「知りマセン」

「ふふ、■■っていうのはね、英語で『』って意味なんだよ」

「チカい……??」

「あ、今ちょっとダサいって思ったでしょ?」

「そんなコトナイです」


 風が凪ぐ。少女の笑みが優しく揺れる。


 だからこの名前を付けた」

「ズット、そばにイテホシイ……」

「そうだよ、ずっとずっと側にいて欲しい。

 そして思い出させて欲しいんだ。

 あたしたちにも、こんなに幸せな時があったんだって。

 皆で笑い合えた時もあったんだ、って」


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キロくしマす。

今日、ますターから、ボクが生み出サレた訳ヲ聞きマシタ。

ボクはミンナに幸せヲ届ケルために生まれたミタイデス。

ミンナの思い出ヲ記録シテ、イツカまた笑えるヨウニ。

ボクは幸せ者デス。コんなに優しいますターと出逢エテ。

こンナに楽しい日々を過ゴセて。

ダカラボクハ、最期まで記録シマス。

ミンナの夢を、希望を、ソシテ消えるコトノナイ浪漫を──


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 アミの笑みはもう、穏やかなものに変わっていた。ただその瞳の奥に光る宝石メモリはどこまでも寂しげで。少年は思い出の、儚さを知る。



❁.*・゚


痛いくらいに現実は 足早に駆け抜けた

選んだ今日は平凡で 崩れそうになる日々さ

昨日の今日も延長戦 大人だって臆病だ

今になってなんとなく 気付けたみたいだよ──


 

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