約束は、果たされないからするものでしょう?

 蒼牙そうがに連れられて、とある店に入る。彼がスイッチを押すと、電球が二回ほど瞬いて、辺りが輝いた。小洒落た電球ライトに照らされた店内には、レトロな品物で溢れ返っている。それら一つ一つが温かく濡れ、遠き時代の思い出をまとっていた。


「なかなか良い店でしょ? 僕お気に入りなんだ〜」


 青年の軽い言葉尻が宙に消える。リタは拭いきれない不信感を抱えながら、ソファーに腰掛けた。冷たい牛皮がじんわりと身に染みる。


「長話になりそうだ、何か飲む?」

「……」

「遠慮はいらないよ。毒なんて物騒なものを入れる心算つもりも無いし」


 奥にあるキッチンに立った蒼牙は、彼女になごやかに微笑み掛けた。その青年の側にちょこんと座っている少女。彼女も人造人間なのだろうか。リタはその薄桃色の髪を見つめながら、ぼんやりとそう思った。


「…ねぇ、どこまで知りたいの? 知っても面白くない話ばかりよ?」

「面白くないかを決めるのは僕だ、君には関係ないよ」

「……ねぇ、今の飼い主さんはどんな人なの?」

「素敵な人だよ、それはもうとびきりの、ね」


 沈黙に散る言の葉。途切れ途切れの会話が続いた。


 青年は二つのマグカップを持ってくると、リタの向かい側に腰を下ろす。


「ねぇ、あな」

「しーっ」


 リタが心の底から湧き上がる疑問をそのままにぶつけていると、蒼牙の指がその唇に触れた。


「僕も質問したいこと、いっぱいあるんだけど?」


 彼女は開いたままの口を閉ざす。また沈黙が広がる。


「…何? 何が聞きたいのよ」


 リタがやっとのことで声を絞り出すと、蒼牙は微かに笑みを浮かべた。


「君に、僕の推理を聞いて欲しいんだ」

「は」


 顔を上げる。目の前の青年は余裕に満ち溢れた顔で紅茶をすすっていた。


「推理? 何の話を……」

「君たちが逃げたあの日。その真実について」


 カチャンと音がして、カップと皿がこすれる。えた青い瞳がリタの心の内を覗き込んでいるように思えた。


 リタは俯く。しばらくすると、腹の奥からある感情が沸き起こった。


「真実? そんなのもう分かりきってるじゃない……

 私が全員見殺しにしたの!! 皆を裏切って一人生き残った!!」


 瞳が見開かれ、口角が釣り上がる。


「政府だってそう発表したじゃない!! それ以上何があると言うの!?!?」


 絶叫だった。顔を醜く歪め、嘲笑いを浮かべる女。その奥に透けて見える悲しい感情。鼠色の瞳を巡る数多の憂い、哀しみ、怒り、愛おしみ、迷い。


「……そうだね、そう思いたいよね」


 独り言のように、蒼牙がそう呟いた。その一言が耳に飛び込んだ途端、歪みきった瞳が宝石のように潤む。


✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼


19XX年。政府の研究員7名と1体の被検体が逃亡した。

研究者のうち4名はその場で死亡が確認され、2名は重傷。

その後、死亡が確認された。

残った1人の研究者と被検体は、アムネジア外に逃亡したと見られている。

警察は逃亡した研究員が事件の黒幕と見て調査を進めている──


✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼


「みんな、絶対この計画を成功させるわよ」

「もち! 恨みっこはなしね!!」

「ほらリタも来いよ、みんなで円陣組もうぜ」

「そんな目立つことしたらバレるって」

「良いじゃん楽しそう。最後の夏なんだしやってやろうぜ」

「じゃあいくよ〜!!」


──ねぇ皆、何でそんなこと言うの?


──今日で人生終わります、みたいなさ。


──笑えない冗談はよしてよ。


──嘘だよね? 私たち、終わらないよね?



────??



────???



────ねぇ。


✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼


「私は、何だって良かったのに」


 本音が溢れた。握り締めた拳に雫が落ちる。


 蒼牙はその様子を、ただ静かに見つめていた。

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