第4章 The Brilliance of Tanzanite

追想

 。アムネジアで生きる者にとって、この称号は誇らしいものだ。最先端の技術を駆使し、この街の発展に寄与するエリート集団。良家の一人娘として生まれた私もまた、研究職に就くよう日々指導されて来た。私は決してその未来を疑いはしなかったし、研究者になればこの街の役に立ち、人々を幸せに出来るのだと信じて止まなかった──



 遠くで武器が揺れる音がする。弾が弾け飛ぶ音がする。

 私は一人の少年を抱えながら、細い道を懸命に走っていた。研究者たらしめる白衣は赤黒く変色し、額からは恐怖と疲労が混じった汗がしたたっている。

 

──


 それが何を意味しているのか、分からぬほど無知な己ではなかった。


 分かっている。もともと恨みっこはなしにしようと、全員で約束していた。この延々と続く仮初かりそめの空のもとで生きるよりも、あの美しい青空を一目見て死のうと、そう語り合った。分かってる。これは私のためではない、皆のためだ。皆のためにも、生き残った私はこの子を誰かに託さなければならない。私のために朽ちた仲間の分まで、生きなくてはならない。分かってる。分かっている。だけれど。

 今や私の生命は、積み上がった仲間のむくろの上に浮かぶ玉緒たまお。いつだって生臭い香りが鼻先でうごめくこととなるだろう。下を見やれば、大切な仲間の腐敗した顔に、色を失った瞳に、じっと見つめられ続ける。嗚呼そうだ、約束した。恨みっこはなしだ。彼らはそんなこと思わないだろう。なのに。なのになのにっ…!!


「マスター、はヤクソラをミたいデスネ」


 ふと耳元で、少年がそう呟いた。その無邪気な声に、呆れたように気が抜けてしまう。しかし一度ひとたび静寂が舞い降りると、仲間の遺恨いこんが、無情な叫びが、この心を縛り上げていく。


「大丈夫よ■■、もう少しだからね」


 私は無理矢理笑顔を浮かべると、少年に微笑み掛けた。彼は私を見つめ、嬉しそうに頷く。嗚呼、この子は何も知らないのだ。自分の幸も、不幸も、──


 ──私はこの時初めて、■■の無邪気さを憎んだ。



【タンザナイト】

鉱物ゾイサイトの一種。

数多いゾイサイトの鉱物の中で、独特の美しい群青色を発色する、青や紫色が混ざり合った美しい色合いをした宝石。強い多色性を持つことから、見る角度によって青色や紫色の色相を楽しめるのが魅力。太陽光の下では透明感のある群青色をしており、白熱灯の下では妖艶な紫色に変化するものもある。さらに、一つの結晶の中に2色を示す「バイカラータンザナイト」も存在し、青や緑、赤、黄色などさまざまなバイカラーを発色する。2色の色相はさまざまで、全く同じバイカラーを見せる結晶は存在しない。

石言葉は、「誇り高き人物」「高貴」「知性」「冷静」「希望」「神秘」。



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