絡まる赤い糸は、身を滅ぼす契り。
春の夜。
「蒼にぃ?」
青年の腕の中に収まっている少女が、心配そうに声をあげる。
アムネジアの中心から遠く離れた街、ゲヘナ。この地にはパーティーの喧騒は愚か、その煌びやかな明かりさえも届かない。辺りはしんと静まり返り、時折
「どうした? 寒い?」
蒼牙が心配そうにそう尋ね腕の中を見下ろすと、少女はふるふると首を横に振る。
「あのなか、行かないの??」
少女がそう言って指差した先には、白い壁が立ちはだかっていた。蒼牙はその無邪気な質問に、困ったように微笑む。
「ダメだよ、ねね。
あそこに入ったら──僕たち殺されちゃう」
「ころされちゃ?」
意味を理解していないのか、ねねはその言葉を反芻した。蒼牙はその愛らしい仕草に吹き出すと、そっと口を開く。
「僕たち
すっごくちっちゃなチップが埋め込まれてるんだ」
「ちっぷ?」
「そ、特に19XX年代の旧型モデルは、政府の意向で廃棄処分対象。
捕まったら、僕もねねも一緒にサヨナラだ」
「いっしょ!!」
「ふふ、一緒に死んでくれるかい?」
冗談めかしてそう言ってみる。ねねは数回瞳を瞬かせ、ギュッと蒼牙が抱きついた。またそっと、その頭を撫でてやる。
「嗚呼、とっても痛いんだあれは。
脳が裂けるような、心臓が喰われるような、そんな」
青年は
自分の中で確かに生きていた細胞自らが、自分自身という外見を食い破っていく──その【痛み】と形容するにはあまりにも
まだ幼かった己は、その理解し難い苦しみに
「蒼にぃ?」
ねねがまた、心配そうに言葉を掛ける。少女を見ると、大きく潤んだ瞳と視線が絡む。その美しいアクアマリンが、痛みを和らげる。
「大丈夫だよ」
蒼牙はそう言って少し微笑むと、ねねを腕に抱き直した。
──
ねねを
無茶な願いであったはずなのに、彼女は嫌な顔をせず引き受けてくれた。理由を問うと微かに微笑まれ、「似た者同士ですから」と、たった一言の返事を貰った。
自分とあの人と、どこが似ているというのか。蒼牙には
何事にも懸命で真っ直ぐで、優しいあの人と、何事からも逃げてばっかりで嘘つきな自分と、どこが似ているのだろう。
素直に疑問をぶつけてみても、彼女は穏やかに笑うだけであった。さらに問い詰めれば、「ではまた今度の機会に話しましょう」とあっさり引き下がられた。その時の彼女の微笑みは、どこかぎこちないような、何かに怯えているような、そんな気がした。
また今度の機会に話しましょう──
【約束】と明言しなくても、これは【約束】だ。
また今度──この任務が終わったら話しましょう、と。その言葉には責任が伴う。また今度。貴方が言ったのだ。果たしてもらわなければ困る。絶対生きて戻ってきて、そして【約束】を守って──
蒼牙はそう願わずにはいられなかった。
◆
彼らの視線の先で、先ほどからこそこそと繰り返されていた会話が途切れる。話を終えたらしい女は、軽い足取りで帰路に着いた。
「よし、ねね行くよ」
彼はそれを確認すると、裏路地に回り女の行手を阻む。女は驚いて目を見開くと、蒼牙とその腕に収まる少女を交互に見やった。
「貴方、リタさんですよね」
蒼牙はにっこりと微笑むと、女にそう語りかける。彼女は逃げようと辺りに視線を巡らせた。しかし体が動かない。青年の殺気が、女をつかんで話そうとしない。
「……少し、お話を伺っても?」
青年の耳元で、普段は付いていないはずのピアスが揺れる。
──そのピアスは確かに、咲穂の首元の刺青と同じ形をしていた。
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