鍵を握る者

「で、話って何かな」


 瑞綺みずき咲穂さほを人気の少ないすみへ連れ出すと、その壁に背中を預けた。微かに傾げられた首に掛かる金色の髪が、優しく光る。純白の礼服。髪に絡まる青薔薇の佩物おんもの。普段とは違う見目麗しい姿に、少女は息を呑む。彼の明媚めいびさは出逢った時から勘付いていたものの、改めて見ると人ではないように思えた。

 咲穂は深く息を吸うと、真っ直ぐ瑞綺を仰ぐ。


「瑞綺さんは、今回のオークションにご出席されますか?」


 そう尋ねると、彼は片眉を上げ訝しそうに少女を見た。


「一応出るつもりではあるけれど…

 それがどうかしたの?」


 瑞綺の怪訝そうな声に、咲穂の鼓動が高まる。


「く、詳しいことは話せないんですけど、

 私たちの代わりに落としてほしい品があって…」


 あの日。朱音と任務の計画プランを立てた日。咲穂は内側に瑞綺がいることに気が付いた。彼を頼れば、少年を一番穏健に且つ的確に助け出すことが出来る。


 瑞綺を見やる。シアン色の瞳が揺れる。一面に広がった青空には、どんな感情も浮んでいなかった。


「お、お金払って欲しかったら、

 後払いになっちゃうんですけどちゃんと払いますし、

 返して欲しかったら品もちゃんと返すので!」


 咲穂は念を押し、深々と頭を下げる。心臓の音がやけに五月蝿かった。もし瑞綺の許可を得ることが出来なければ。彼が「YES」と言わなければ。全ての計画は無に帰る。


「…それは、【何でも屋】のお仕事なのかな?」

「は、はい…」


 咲穂が期待を込め瑞綺の声を待っていると、彼は困ったように眉根を寄せて、微かに息を零した。咲穂がおずおずと頷くと、呆れたような笑みを浮かべる。


「君に声を掛けられた瞬間から、

 なんとなくそうだろうなとは思ってたんだけど」


 肩を竦める瑞綺。金色の髪がふんわりと首筋に掛かる。


「…何も知らない子が一人でいるのは危険すぎる。手伝うよ」

「ほ、ほんとですか…!」


 一瞬時が止まったような気がした。咲穂は瑞綺の返事を聞いて、安心したかのように息を吐く。瑞綺もやわらいだ咲穂の表情かおを見て、にっこりと笑みを返した。とりあえず第一関門は突破した。あとは時が来るのを待つだけ。


 咲穂は瑞綺に今回の依頼内容を告げると、ニアについての詳細を語る。彼はそれを聞き取ると、「わかった」と囁き自信たっぷりの笑みを浮かべてみせた。

 綺麗な服に身を包み、豪華な装飾品をあしらった青年は、内側の人間であることの真実を告げている。しかし何故だろう。その笑顔は欲望に塗れた街でもなお、清廉な輝きを放っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る