偽りの名と死神と
瑞綺の後方に
咲穂は辺りに充満する殺気に
「やぁお嬢さん、誰か人をお探しかな?」
しかしその男が言葉を発する前に、瑞綺と
「あ、あの、ごめんなさ…」
咲穂は慌てて、謝ろうと口を開く。しかし青年は微かに笑みを零し、赤面する少女にそっと自らの顔を寄せた。唇が微かに動く。
『ぼ、く、に、あ、わ、せ、て』
彼の口は、確かにそう動いた。その途端に咲穂は理解する。
これは人違いなどではない──と。
「は、はい…」
少女はほっと胸を撫で下ろし、瑞綺に話の調子を合わせ始めた。
「あまり見慣れない顔だけれど、
もしかしてこのパーティーに参加するのは初めて?」
「そ、そうなんです…」
「そうか、この会場は広い。人探ししてるんだよね? 僕が手伝ってあげる」
咲穂の探し人はそう言って、クスッと笑みを零した。その優しげな笑みに心が
「というわけだからすまないね、あとはノエルに頼むよ」
瑞綺がそう言って後ろを振り向くと、貴婦人たちは心底不満そうな顔をする。一方瑞綺に全てを投げ出された黒衣の男は、有無も言わずに頷いた。
「さ、行こう」
瑞綺は貴婦人たちになど目もくれず、そっと咲穂の手を取る。白いシルクの手袋が、シャンデリアにあてられて煌めいた。少女はそれを見て、ずっと前に読んだお伽噺を思い出す。憧れていた舞踏会にやってきた
会場を歩きながら、瑞綺は申し訳なさそうに口を開く。
「これは伝えてなかった僕が悪いんだけどさ…実は『瑞綺』って偽名なんだ」
「そうなんですか…?」
咲穂はその告白を心外に思った。ならば最初から偽名など名乗らずに、本名を告げれば良かったのではないか──瑞綺の話は続く。
「そ、だからここにいる皆の前では、『アンリ』って呼んで」
手を取り合って歩きながら、瑞綺──もといアンリはそう微笑んだ。少し哀しそうな、儚い笑顔。こんな顔瑞綺はしない。咲穂はそう思い、目の前の青年がアンリであることを理解する。瑞綺よりも影があるその青年は、咲穂を見下ろし薄い笑みを浮かべていた。
「アンリさん、ですね…! わかりました」
少女の返答を聞いて、アンリは満足そうな顔をする。
「ありがとう」
優しげな笑みが辺りに溢れた。
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