煌めきを頼りに

 今宵全ての民が狂乱に我を忘れ、己の身を恥じることなく踊り狂うだろう──その裏にある真実には目を閉じて。


 任務に出かける少し前。朱音あかね咲穂さほに、今回の計画プランを語った。


「色々策は講じてみたのだけれど、

 やっぱりオークション前の行動は危険すぎるわ」


 任務当日に至るまで、咲穂たちはニアについて出来る限りの情報を寄せ集めていた。しかし自信を持てる計画プランなど、いくら考えても思い浮かばなかった。何より一番重要な情報である、がわからない。この街に携帯は無論、カメラなどという高価なものがある由もなかった。

 リタから聞けたのは、彼が10歳であるということ。クリーム色の髪と青い瞳を持っているということ──たったそれだけだった。


「オークションでは多額のお金が動く。

 それらは全て政府アルカディアの資金にてられる──

 警備体制も相当厳重なはずだわ」


 朱音はそう言って、僅かに顔を歪めた。こちら側の情報が不十分な以上、慎重な行動が必要だ。一時警備員の視線を逸らせられたとて、目的の品がどれか分からなければ意味がない。咲穂たちは少年の顔は愚か、他に売られる品の項目、会場の間取りさえわからない状態だった。


「会場に着いたら、まずは間取りの確認。そしてオークションに参加。

 少年の救出はその後からね」


「…でも、オークションに参加したところで、

 少年を買い取れるだけのお金は持っていませんよ?」


 咲穂が朱音の指示に冷静に口出しすると、彼女は低く唸り椅子に身を沈める。


「そう、そこなのよね…一体どうすれば……」


 一番円滑に物事が進むのは、少年を咲穂たちが買い取ることだった。そうすれば少年は咲穂たちの所有物となり、どこへでも持ち出すことができる。しかしそんな有金を、この最底辺の地でどうやって得ろと言うのか。


 そうなると、やはり誰かが買い取ったものを盗む、ということになるだろう。その時に配慮すべきは。そして実際にニアを買い落とした者が、、ということだった。


「最悪のシナリオは、所有者オーナーが所持する他の人造人間キマイラに追いかけられること。

 こうなったら勝ち目はないわ」


 オークションで品を落とすのは、アムネジア内でその名を轟かせる富豪たち。彼らは政府から高額の人造人間キマイラを買い取り、いつもそれを従わせている。人造人間キマイラは見た目が美しいだけでなく、主人に忠実且つ的確。公の場で誰かに襲われたとしても、全て彼らが処理してくれる──そんな奴らに捕まれば、どんな末路が待っているのか…考えるだけで恐ろしい。


「…穏健そうな人を探す……とかですかね?」


 咲穂が期待を込めてそう提案してみると、朱音は「ふん」と鼻を鳴らした。


「何馬鹿なこと言ってるのよ、あそこは嘘と虚言の溜まり場。

 見かけなんて幾らでも騙せるわ」


 煙草に火が付く。ジッと音がして、辺りに苦味が広がった。そうか、そんなに甘くないか。上司に指摘されて、改めて壁の向こう側に広がる街に想いを馳せる。美しい街の裏に潜むのは、地獄よりも深い闇──人々の心を呑み込む黒だ。


 咲穂は黙りこくってしまった上司の代わりに、その頭を懸命に働かせる。アムネジア内に頼れる者などいるだろうか。どうすれば、一番安全に任務を遂行できるだろうか──


 ふと、焼け焦げそうな脳内をある人物が過ぎった。そうだ、いるではないか。とても信頼のおける人物が。


「朱音さん、その役目私に任せて貰っても良いですか」


 咲穂がそう尋ねると、朱音は僅かに目を見開く。


「成功する確率は60%くらいなんですけど、頑張ってみます」


 咲穂は朱音に対して、少し不安げに、しかし自信を湛えた瞳でそう微笑んだ。



 「じゃ、ここからは咲穂に任せるわ」


 朱音はそう言って、咲穂の手をほどく。彼女は深く頷くと、上司の手元を離れた。これから朱音は会場の間取りを、咲穂は

 

 朱音と別れた咲穂は、パーティー会場を歩きながら辺りを見回した。あの人はどこにいるだろう──あの、

 自信はなかった。しかしもしかしたら今日、この場所に足を運んでいるかもしれない。

 人混みを掻き分ける。賎陋せんろうな世界でも凛と光る、その瞳を探す。絶対にいるはずだ。彼は、絶対に。



「アンリ様! 今日は何方とダンスをなさるおつもりですの?」


 ふと、後ろで貴婦人たちの黄色い声が聞こえてきた。


「ノエル様も笑ってばっかりいないで、少しは応えてくださいまし!」


「ほら、周りの人に迷惑だから。しーっ」


 その優しげな声色に咲穂は足を止める。奇跡が胸を突く。


 振り返った先の青年は、美しいブロンドの髪を揺らしながら微笑んでいた。純白の礼服。青い空の瞳──


 「瑞綺みずきさん!!」


 咲穂は青年に向かってそう声を掛ける。青年は顔を上げ、驚いたようにこちらを見た。

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