愚かな瞳に乾杯を
その街は、想像を超えた街であった。
白く無機質な壁の先には、目を疑うほどの世界が広がっていた。
「咲穂?」
「……はい」
「緊張してる?」
「そんなに気負いする必要はないわ。
折角のパーティーだし楽しみましょう」
「……はい」
気を利かせてくれた上司の声にも、咲穂は緊張した面持ちで答える。
朱音はそんな咲穂の表情に笑みを溢すと、彼女の手を取った。
「…今日はよろしく、
「!?」
咲穂は驚いて顔を上げたが、次の瞬間には破顔する。
「……はい!」
◆
「あー、あ! あの子とか可愛ぇな! あ、でもあの子も捨てがたいぃぃ…
ね、
パーティー会場の
「ねぇ? 聞いとる??
あの女の子と手前の…あ、今ショートケーキ取った子!
どっちがえぇと思う??」
「黙れ」
「ねぇねぇ響葵??
あ、もしかしてわいが女の子物色してるのが気に食わないんや! そうやろ?
響葵はわいのこと大好きやもんなー!! っていったい!!!」
響葵は口煩い上司の腹に拳をめり込ませた。上司…
「今は仕事中ですよ」
「えぇー!! 折角のパーティーやん! 楽しまなきゃ損やん!!」
響葵の人を凍てつかせるような視線にも、瑚都は平然と
「気になる女の子を探すくらいなら、
響葵が苛々とそう告げると、上司は
特に怪しい素振りはない。いつも通りの上司。いつも通りのちゃらんぽらん具合だ。しかし油断は禁物。この男には、猟奇的な裏の顔がある。
響葵は人に溢れた会場で、懸命に咲穂たちを探していた。
◆
「…
声を掛けられて振り向くと、そこには美麗な青年が立っている。彼は瑞綺とは真逆の黒い礼服に身を包み、静かな微笑みを浮かべていた。
「…
「そろそろ行かないと。皆が待ってる」
「君も大概だろ」
縞の静かな声かけにそう返すと、彼は黙って肩を竦める。
「緊張してる?」
「全く」
「可愛げないな」
縞の髪に刺さる紅い薔薇に触れた。ひんやりと冷たい感触が伝わる。宝石で作られた
「…俺は瑞綺に指示された通りに動くから」
「あぁ」
互いに耳を寄せ合いそう囁き合う。
「あいつらに吠えづら欠かせてやろう」
「俺たちは玩具じゃない」
「知識ある者と賢い者は違う」
瑞綺は自分自身に言い聞かせるようにそう呟く。
「さぁ
桜色の唇が、
◆
一人の少年はじっと画面を見つめていた。部屋はカーテンで閉ざされ薄暗い。少年には、今が昼なのか夜なのか、皆目検討もつかなかった。しかしそんなことは些細な問題だ。
画面の奥の敵を
彼は人を殺すことに快楽を覚える
少年は一つため息を漏らすと、腕に抱え込んでいた巨大な兎のぬいぐるみに顔を埋める。ぶかぶかのフードから垂れる兎の耳も、気怠げに揺れた。そのフードの縫い目から覗く、ライトブルーとファンダンゴの瞳。少年は退屈していた。何か面白いことは起こらないか、と。
その時。
──ピコン
画面に一件の通知が浮かび上がる。少年はその連絡先を確認し、思わず笑みを浮かべた。オモシロイ事が起こる予感がしたのだ。そしてそれはきっと当たる。少年は興奮で震える手を抑え、そっと通話ボタンを押した。
「……もしもし」
か細い女の声が聞こえる。その声は聞き覚えがあった。
「こういうときは久しぶりって言ったほうが良いんだっけ…」
少年は
「久しぶり、リタ」
と呟いた。電話口の空気が張り詰める。
「今日は何の用?」
少年は眠たげにそう尋ねた。リタは僅かに躊躇ってから、やがて意を決したように口を開く。
「あ、あなたたちがずっと探していた女がいたじゃない?
あの子について有力な情報を手に入れたの」
少年の口から思わず笑い声が漏れた。慌てて口を覆う。
「ね、良かったら取引しないかしら」
「内容は?」
彼が笑みを
「実は、この前あの子に会う機会があってね。
その時に通信機を忍ばせといたの…位置も会話も全てが筒抜けになる
本当に微細なものだから絶対気づかれないわ」
「取引条件は?」
「………て欲しいの」
「…?」
「……今から片っ方、受信機を持っていくわ。
だから見逃して欲しいの、私のこと」
少年はリタの声を聞いて愕然とする。しばらくすると腹の底からふつふつと笑いが込み上げてきた。思わず吹き出す。それはやがて爆笑へと変わった。
「マジ滑稽、マジ打算的」
少年はそう呟いて、マウスを動かしキーボードを打ち込む。大量の文字の羅列が浮かび上がり、やがてとある場所を映し出した。少年は口角を上げ、その情報を落す。電話口の相手はじっと少年の声色を伺っていた。
「でも嫌いじゃない」
画面に現れた地図。その一点に緑色の丸が浮かび上がっている。少年はその場所を打ち込むと、彼らに流した。それは同時に五人の通信機を揺らす。
「本当?」
「良いよ、その情報呑んであげる。
でもニアは? あの子はどうでも良いの?」
少年の問いかけに、少しの間沈黙が降りた。
「えぇ、良いわ別に。私が助かるのなら」
リタが呟いた答えは、あまりに残酷なもの。しかし少年の胸は高鳴るばかりだ。
「君が変わってなくて良かったよ。
確かあの時も…」
少年はくつくつと笑い声を漏らしながら、そう呟く。
何年前だっただろうか。
「僕のところの部下を送るから、ゲート前で待ってて。
大丈夫、約束は守るよ」
少年がそう告げると、相手は嬉々と応じ電話を切った。再び静寂に包まれた部屋の中で、少年はほくそ笑む。また別のところから通知が入る。
「今から
応じると、そんな声が聞こえる。湖白は目の前に揃う、少年以外の兄妹たちに指示を出していた。
「
「
名指しされた二人は短く応答し、暗闇に姿を
「…
私と
湖白は素っ気なくそう告げると、通信を切った。
◆
「
部屋を出ようとしていた湖白は、ふと思い出したかのようにそう呟く。血のように赤く、鮮やかな髪を持つ男は、黙って頭を下げた。黒い軍服。黒い手袋。美しい化粧を施した顔。
この男にはもう一つ役割があった。
湖白は緋澄を連れ、部屋を去った。
◆
藍兎は再びため息を漏らし、椅子に深く座り直す。ただ先程と一つ違うのは、不思議と高揚感に駆られている事であった。これから始まるのは
「マジ滑稽、マジ愚弄」
少年はそう漏らし、また微かに笑う。それは嘲笑と言うに相応しい、
◆
「えーそれでは皆さん!この聖なる祝日に──」
鮮やかな世界。人々の喧騒。様々な思惑。喜も哀も、白も黒も、善も悪も。今日は我を忘れたかのように躍り狂う。人々の瞳は興奮に濡れ、宝石のように煌く。
「
チン──とグラスが重なった。シャンパンの泡が空に消えていく。
こうして、聖なる祝日は混沌の中に幕を開いた──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます