正義の仮面、その裏の貌

「ひーちゃん! ねぇ~! 何で応えてくれへんの?

 もしかしてまだ怒ってるんか?」


 アムネジア内に存在する、全面ガラス張りの高層ビル。その最上階で、一人の人物が駄々をねていた。七十二階建てと謳われているこのビルに存在する、幻の七十三階。そこは限られた人間しか入ることのゆるされない、秘密の園。


「えぇやん! ちょっとからかってみただけやん!

 そんなに気ぃ曲げなくてもえぇやろ!?」


 再び声を荒げたその女は、エメラルドの地にパッションピンクのメッシュという、何ともけばけばしい髪色をしていた。肩ほどまである髪は二つのシニヨンにも収まりきらず、外へ癖を付けながらこぼれ落ちている。


「うわ~ん!! 折角久しぶりに会えたんにぃ!」


 彼女はそう言って近くのソファに倒れ込むと、じたばたと足を動かす。ミニスカートから覗く白い脚。その太ももで、蛇の刺青が光っていた。


 警視庁けいしちょう特務課とくむか──

 その名を知る者は、この建物内にも少ない。

 なぜならば、


「……特段貴方の言動に嫌悪があるわけではありません」


 先ほどからひーちゃんと呼称されている人物は、ふいと顔を逸らしたままそう呟く。


「じゃあ何で!?」

「……貴方の全てに嫌悪があります、見ているだけで吐き気がする」

響葵ひびき酷すぎっ!!!」


 暴れる上司を見て、響葵と呼ばれた女性は溜息を漏らした。

 だから嫌いなのだ、このネチネチと纏わり付いてくる感じが。


「用件があるならさっさと喋って下さい。そうでなければ帰りますよ」


 響葵はそう言って、上司を振り返る。ソファに転がっていた彼女は響葵と目が合うと、にぃっと口角を上げた。細められた瞳からは、その色彩は愚か感情すら読み取れない。


「久しぶりに命令が下ったんよ。ほらこれ」


 上司はソファに座り直すと、金の刺繍が施してあるジャケットから二枚の紙切れを取り出す。


【Invitees List】

[Officer]

No. 1432061382311010 Koto

No. 15017815272 Hibiki


「聖なる祝日に、王族主催のパーティがあるんやて。これはその招待状な」


 響葵は上司…瑚都ことから渡されたチケットに目を落とした。


「…それで?」

「今回の標的ターゲットは二人」


 彼女が先を促すと、瑚都はそう言って二本指を立てる。


「一人は裏切り者Betrayer

 もともとは研究員やったらしいんやけど、裏切って壁の外へ逃亡したらしい。

 もう一人は、あの伝説の組織【EYアユ】の血を引く女」

「へぇ…」


 響葵は特に関心を見せる素振りもなく、チケットひらひらと揺らした。漆黒の髪が白い肌に掛かる。深い藍色の瞳は憂鬱げに外を見つめていた。


「なんや、関心なさそうやな………あの【EY】やで!?!?

 もっとこう、うわぁ〜って来るもんあるやろ??」

「……別に。この組織に比べれば、凶悪でも何でも無かったのでしょう?」

「まぁそう言っちゃうとそうなんやけどっ!!

 ここはノリよく合わせて欲しいところなんや……って痛い痛い!!」

「話は済みましたか。では帰らさせて頂きますね」


 響葵は饒舌じょうぜつな瑚都の耳たぶを引っ張る。彼女は目に涙を浮かべると手を合わせ、赦して欲しいと懇願した。


「……ほんま、冗談の通じない奴やな」


 響葵が手を離すと、瑚都はそう言ってむくれる。


「仕事に遊びを持ち寄る人間は嫌いです」


 響葵が切り捨てると、瑚都は苦笑いを浮かべた。


「エンブリオが協力してくれるっちゅー話やったんやけど、

 うちんとこで処分できるなら処分するから」

かしこまりました、あとで資料を回して下さい」


 警視庁特務課──

 その仕事は【犯罪人を捕まえる】こと、ではなく──



 ──【



 響葵は一礼をすると部屋を出る。扉が閉まる音を聞いた瑚都は、ソファでくわぁっと伸びをした。眼下には人工的に作り上げられた、美しい街並みが広がっている。


「さぁて、今回はどんな殺し方をしようかなー」


 彼女はぼそっとそう呟くと、その言葉を口内で転がした。チラリと覗く真っ赤なべろ。その中央に光る白銀のピアス。



 警視庁特務課──

 ここに派遣される人間は、人間であり人間ならざる者。

 殺すことに恐怖を感じず、愉悦を覚える。

 彼らは法には従わず、この輝かしい街に不必要な人材を殺しても、


 罪に問われない権利を有する…… 

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