黒い傘と宝石の瞳
風に吹かれ今にも壊れてしまいそうなドアを叩く。その音に促されるように出てきた家主は、
「…すみません、少し家の中を見せて頂いても良いですか」
咲穂が事情を説明しそう問うと、リタは
中は昼間にも関わらず薄暗かった。
咲穂はそれを見て、どうしようもなく居た堪れない気持ちになった。
「…家を出た時、息子さんはどこら辺にいましたか?」
咲穂はポケットからライトを取り出すと、慎重に辺りを見回しつつそう尋ねる。床を這う虫が、光に照らされ
「ニアはあの席がお気に入りだったんです。日中は大抵、あの席に座っていました」
リタは躊躇いもせず、とある一点を指差す。小さな部屋の中にぽつんと置かれた机。その傍に、二脚の椅子が向かい合っていた。彼女はその一方を指差し、しみじみと言葉を紡ぐ。それは傷付いた、しかし長年愛されてきた
「…これ」
埃に塗れた床の上。その一部分が綺麗な円状になくなっていたのだ。その直径2cmほどの穴を見つめ、咲穂はあの日の出来事を回想する。あの日は確か雨が降っていた。じゃあこの穴は…
「……傘、ですかね」
咲穂が口を開く前に、リタが呟く。埃が綺麗な円形状に無くなった。それは当日傘を差してやって来た【8cce9492】が、この椅子に傘を立て掛けたからだろう。
「…あ、あの…あれ見て下さい」
厳しい表情を浮かべる咲穂の思考を遮るように、リタが床の先を指差す。そこには特徴的な靴跡が残っていた。これは。
「…ハイヒール?」
外側の人間の大半は靴を履かない。盗まれる可能性が高い以前に、買えるだけのお金がない。そんな彼らがハイヒールなどという装飾ありきの靴を履くことなど考えられなかった。ということは、ここに来た人間はやはり…
咲穂は唇を
咲穂は心配そうに声を掛けるリタに作り笑いを浮かべると、足早に家を去った。真っ直ぐに
◆
暗がりの中、
「……計画は順調に進んでいるとの報告があった。
これから第三段階へと移行する」
六人のうちの一人、金色の髪を持つ女がそう呟く。ハイヒールが炎に濡れ黒く輝いた。その側には傘が一本、
「聖なる祝日の夜に開かれるパーティーで、
他五人は、その女の声に黙って頷いた。
【Invitees List】
[Embryo]
No. 137198145176 Hizumi
No. 137245138121 Tori
No. 151246149231 Kohaku
No. 14019914719810 Aito
No. 15017914167 Suiren
No. 15016215113610 Miyabi
「8ee989b9」
女がふと、扉の前に佇んでいた彼女の名前を呼ぶ。
「貴方にも渡しておくわ、あの
【Invitees List】
[General]
No. 1398514580 ■■■
No. 1449414219210 ■■
炎が揺れる。女の艶やかな唇が三日月のように吊り上がる。
「今回は絶対逃さない」
あの日、女は取り逃がしていた。捕えろと言われていた子供を。あの919e82ab97748c8e82cc968582f08163──
「
8ee989b9はそう呟いて頭を下げる。
──美しい朱色の髪が、燃え盛る火炎の如く揺れていた。
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