第5話 邂逅(カイコウ)
◇◇◇◇
桜坂高校の体育は、男女別で隣のクラスとの混合で行われる。
更衣室で着替えてきた私は今、校庭に居る。
普段はバサっとおろしている長い髪も運動をするには邪魔なので今は一つに束ねている。
今日の授業は男子がサッカー。
女子がソフトボールをするらしい。
まだ始まる時間ではないが、予鈴がつい今しがた鳴ったとあって、男女離れた位置にそれぞれ集まる。
四月とはいえ、まだ肌寒い。
そのため、体操服とジャージの重ね着は欠かせない――
欠かせないのだが、今日のような快晴の日は、それだと暑すぎるのだから困りものだ。
その結果、上はジャージ、下は短パンのスタイルに今は落ち着いた。
欲を言えば、もう少し体温調節がし易いデザインにはならないものだろうか。
案の定、周りの女の子も同じような装いだ。
かといって、男の子の集団をちらりと見れば、体操服の白色が目立つ。
男の子は元気ですごいなー。
そういえば桔梗君、どこにいるかな。
うちのクラスの男子の列をぱっと探してみる。
そして彼はすぐに見つかった。
あ、居た。ふふっ、なんだか一人だけ重装備ね。
彼は、周りの男の子が半袖短パンの中、青色のジャージを上下フル装備していた。
あれ暑くないのかな?
キーンコーンカーンコーン。
あ、チャイム鳴った。
鳴り終わると、女性の体育教師が話始める。
軽く今日の予定について説明されると、準備運動とアップをするために二人組になるよう指示される。
ふ、二人組……⁉
どうしよう……。
私は周りを見渡す。
私以外の人たちは次々と二人組を成立させていく。
そうだ、クラスメイトの誰かが余って――
ない…………今日は一人休んで奇数だった。
どうしよう……。
再度、見渡すともう既に手遅れだった。
ガーン。これって、噂に聞く先生とペアになって気まずいやつかな?
私は幼い頃から一人でいることが多い。
だから友達が居ないことや、いつも一人でいることには慣れている。今更、何を思うこともない。
そんな私が唯一困るのはこういう場面だ。
班決めやバディを組む時にスムーズに組めず必要以上に注目を浴びることがすごく億劫な瞬間なのである。
じわじわと視線も感じる。
だ、だれかー? 助けてー
目が回り倒れそうになる。
ふらふらと身体が揺れる。
「おっと。君、大丈夫?」
その声の持ち主は後ろから私の両肩をがっしり掴む。
びっくりして振り返る。
わぁー。すっごい綺麗な人。
サイドポニーで結ばれた黒髪は艶々と綺麗に光沢を帯び右肩の前に垂れる。目はややつり上がり、鼻は控えめで高く、肌は健康的な色。短パンから伸びる脚はモデルさんみたいにすらりと細い。ジャージなので体のラインは見えにくいが、それでも火を見るよりあきらかに胸の双丘は確かな破壊力を有している。そして身長は私が見上げるほどに高い。なんというか、可愛いとか可憐という言葉より、カッコいいとか、美人という言葉が似合う人だと思った。
私はパっとその人から離れると軽くお辞儀をする。
「あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます」
その人は周りの様子を窺うと私のことを向き直して言う。
「君、今一人だよね? よかったらあたしと組まない?」
願ってもないチャンスにそれを断る理由なんて毛頭ない。
「もちろん。お願いします」
「よかった。あたし戌宮。隣のクラスだけどよろしく」
「芥生です。こちらこそよろしく」
私たちは先生の指示のもと、まずはストレッチを始める。
「あざみん、体柔らかいね」
「そうかなー? 昔からなんだよね」
前屈をする私を上から戌宮さんが押して補助をしてくれる。
幼い時から不思議と体は柔らかかったのだが、特にスポーツの経験があるわけではなく、生まれつきというやつだ。
ちなみに、あざみん呼びは自己紹介の後「じゃあ、あざみんだ」ということで一方的に決まった。
あだ名で呼ばれたのなんて小学生以来の経験なのでちょっぴり嬉しかったりもする。
「いいなぁ。あたしめちゃくちゃ固くてさ」
「そうなの? いかにもスポーツできそうだし、柔らかそうなのに」
彼女の細くも筋肉質な体を見れば、そう思うのは至極当然だろう。
「うん。運動神経にはそこそこ自信はあるんだけどね。柔軟はからっきし」
今度は戌宮さんの背中を私が押す。
「ほ、ほんとだ。岩みたいに動かない」
「そうなんだよ。ちょっと引くくらいには固いっしょ」
確かにこれは少し引いてしまう。
というよりこれで運動なんかして怪我をしないのかと心配にすらなる。
あくまで心配心で、強めにグググッと押してみる。これは決して出来心とか魔が差したとかではなく、あくまで彼女を想ってのことだ。
「いて、いてて、イデデっ、痛い痛いっタイたいっ。ギブっ! あざみんギブです!!!」
彼女地面をバタバタと手で叩く。
「痛いよ~。あざみん」
戌宮さんは立ち上がり、短パンの後ろに付いた砂を払う。
「ごめんごめん。つい……」
「つい?」
「あ、ついじゃなくて、あのホラ? 念入りにやっとかないと心配だから?」
嘘はついていない。
「なんだ~そういうことか~――――ってなるか!!!!」
彼女は私の頬をうにうに~とつねる。
「えへへー、やめて~」
なんだか新しい友達ができた気がしてつねられた頬も緩む。
まるでその気持ちを察したかのように彼女は口を開く。
「なんかあたしたち馬が合うね。ずっと昔から友達だったみたい。あったばかりなのになんか変だよね」
「ううん、私も同じ。だから変じゃない」
それは私が思っていたこと、そのままだった。
この学校に入学してはや一か月。
少し前から私は容姿には気を使って生きている。
でもそれは、私の性格と相まって話しかけにくい空気を象っているのだろう。
最初の頃は興味本位で声をかけられることもあったが、今やそんな人はほとんどいない。
例えいたとしても、お互いに気を使った挙句立ち消えになることは明白。
だから今のこの状況にびっくりしている。
初めから気を遣わず、冗談を言い合える仲。
彼女の纏う雰囲気がそうさせるのか不思議と私のコミュ障も発動しない。
私たちはそのまま談笑交じりにストレッチを終わらせると、続いてグローブとボールを持つ。
最初は近い距離からキャッチボールを始める。
「あざみんはソフトボールできる?」
そういいながらボールを投げる戌宮さん。
「ううん。やったことない」
私も同じようにしてボールを投げ返す。
運動自体はさほど苦手というわけではない。
とは言え、ソフトボールは初めて。それは多少の不安もある。
このくらいの距離なら難なくキャッチできるが、遠くなればどうだろうか?
何よりも使うボールは硬くて重いとだけあって怖い。
「そっか。でもキャッチ上手だよ」
彼女は少しだけ離れてまた投げ返す。
「ありがとう。この辺ならまだ平気」
「じゃあ、もう少し離れるね」
「はーい」
そうして何度かキャッチボールを繰り返しながら距離をとっていく。
私の投げたボールはワンバウンドで戌宮さんのグローブに入る。
「次いくよー」
そう言って飛んできたボールはバウンドすることなく、私の胸にあるグローブめがけて一直線に向かってくる。
避けたくなる気持ちをグっと堪える。
すると次の瞬間。
そのボールは手の中にスッポリと収まっていた。
「ナイスキャッチ!!」
戌宮さんは太陽のように飛び切り明るい笑顔で手を振っている。
左手がじんじんと痛むが、それよりも捕れたことへの達成感が上回る。
同時に彼女のおかげであることにも気づく。
寸分違わず私のグローブに投げ込むなんてそうそう出来ることではない。
やっぱり戌宮さん運動神経いいのね。
先生の笛の合図でアップの時間が終わり、戌宮さんと合流する。
「いやー、良いアップになったわー」
彼女は右腕をぶんぶんと回す。
「あ、ほんとー? よかった」
「おーう、ありがとうな」
彼女はにっししっと歯を見せ笑う。
「運動神経よさそうとは思ってたけど、ここまでなんてびっくりしたよ」
「すごいっしょ。これだけは自信あるんだー」
「これならこの後の活躍も期待ね」
「まかせてよ。……敵チームだけど」
「クラスごとだからね」
「ぐわぁー、なんで同じクラスじゃないんだぁー」
彼女は頭を抱える。
「大丈夫だよ。クラスが違くても一緒にできることはいっぱいあるから」
「そうだね」
いよいよ試合が始まる。
先攻は私たちのクラス。後攻は戌宮さんのクラスだ。
一回表、投手は当然のように戌宮さん。
そのたくましい腕から繰り出される豪速球に誰も手が出ない。
そのまま、成すすべなく三者連続三振に終わる。
こんなに凛々しくカッコいい女の子初めて見る。その爽快感たるや敵チームであっても手放しで称えずにはいられない程だ。
その姿に圧巻されていたその場の全員が黄色い声援を送り始める。
そのまま、彼女は最終回までゼロ点ゲームで投げ切る。
そしてなんと最終回。打席が回った彼女はカキーンと鋭い打球を飛ばしサヨナラ完封勝利。
あまりにできすぎている……
ちなみに私はというと、一度フォアボールを選んだものの、あとは三振。情け容赦なく完璧に抑えられていた。
そして今、試合終わり。
戌宮さんがホカホカ顔で駆け寄ってくる。
「あざみーん‼‼ 勝ったぁぁぁぁぁ」
そのまま駆け寄ってきた勢いで抱き着いてくる。
「おめでとう。私は負けたのですけどね」
「いやー、手は抜けない質でして」
「でも、ほんとすごかった。これだと来月の球技大会は強敵だなー」
「その時も全力で相手をするよ」
彼女は私を腕から解放すると、グっと拳を握って私のほうに突き出す。
この時間がすごく楽しい。
友達として通じ合っている気がした。
「あ、そうだ。あざみんのクラスならアイツもいるよね?」
「あいつ?」
「うん。猫宮ってんだけど。知ってる?」
「あ、ごめん。まだクラスの人に詳しくなくて」
「そっか。じゃあ今度紹介するよ。アイツ、あたしの幼馴染なんだ」
「幼馴染がいたのね。いいの? 私こう見えて人見知りだよ?」
「うん、大丈夫。アイツなら問題ないと思う」
「そうなんだ。じゃあお言葉に甘えちゃおうかな」
私はいつか人見知りもコミュ障も治したいと思っている。
そのためのステップとしてこれほどのチャンスはない。
猫宮くんがどんな人かはわからないけど、戌宮さんが紹介してくれる人ならきっと大丈夫だと思う。
紹介してくれるのは今日の昼休みの初めに決まった。
昼休みは桔梗くんとの約束があるけど、断りを入れて少し待っててもらおう。
僕はお花が大好きな彼女に恋をする。 五月雨蒼生 @Aoi_Samida0
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。僕はお花が大好きな彼女に恋をする。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます