第4話 雁字(ガンジ)
ましろのおかげで、芥生さんにメッセージを送る勇気は持てたと思う。覚悟も決めた。
とりあえず、送る内容も決めてある。
LINEと言えばこの機能だろう。
あとはポチっとひと思いにタップするだけ――ポチっと……。
これがまた難関なんだよなぁー。
まぁ、でもこれ以上ウダウダしていても埒があかないよな――いくぞ!!!
「ドリャァァァァァァァァァァァ!!!!」
ポチ。
何か必殺技でも繰り出せそうな勢いで伸びた指は画面目標箇所にクリティカルヒットしていた。
一方、それより少し前。
◇◇◇◇
私は、スマホを片手に物思いに
スマホの画面には
トーク履歴はまだなく、背景は真っ青のまま。
思えばあの日。入学式の日。
桜舞う校門で彼に会って、驚いた。胸が高鳴った。
この場所で彼と再会できるなんて思いもよらなかった……。
運命だとさえ思えた。
でも、自分から話しかけることなんてできなくて。
思い悩んでいた時、たまたま一緒になった委員会で彼は気さくに声をかけてくれた。
それがどんなに嬉しかったことか。
だというのに私と言えば、相槌を打つのが精いっぱいで。
それでも、彼にそれを気にする様子はなかった。
遠い記憶の中のあの日と、なんら変わらぬ優しい眼差しで私を見てくれた。
だからかな? 少しでも頑張ってお話しようと思えた。
多分、私の印象はそこまで良くないと思う。
自分でも愛想がないのはよく
たまに話しかけてくれるクラスメイトは図らずも無下に扱ってしまった。
なんて言葉を交わしたらいいかわからず、声が出せなかったのだ。
コンタクトをつけ忘れた日なんて、もう目も当てられない有様だった。
おそらく彼は私のことを覚えていない。
でもそんなの関係ない。
あの時の記憶と気持ちは、確かに私の中にあるから。
この気持ちがどういうものかなんて、私にもわからない。
でも、それでも私が彼のことを気になっている事実は変わらない。
その気持ちはこれからゆっくり確かめていけばいい。
面と向かって話すのが緊張しちゃうなら、せめて――。
「連絡取る時くらいは積極的にならないと……よね?」
んー、まずは今の様子とか、予定とか聞くのが定番みたいだし……。
内容を考えながらゆったりとした手つきでフリック操作をしていく。
そうだなー、『こんにちは。今暇ですか?』こんな感じかなー? んー、堅すぎかな……?
少しその文字列を眺めた後、タッタッタと一文字ずつ消していく。残ったのは真っ新なスペースのみ。
今度はラフな文章を心がけてフリックする。
『やほー。いまヒマー?』ち、違う。絶望的にキャラじゃない。
すかさず、ついさっきと同じ動作で文字を消していく。
いくらか熟考をした後。
うーん。もっとこうなんか、いい塩梅に。そうだな……こんな感じかな。
『今ヒマですか? お話しません?』うん。これなら――よーしっ、これで送ろう。
私はもう一度目線で文字列を確認すると、人差し指を送信ボタンの上へと滑らせる。
そのままの勢いで画面をタップしようとした。その時――。
ピロンッ。
真っ新だったはずのトーク画面に突如として黒い猫ちゃんのマスコットが表示される。そこにはポップな字体で、『はろー』の文字も一緒に添えられている。
あまりの唐突さ、そしてタイミングに私は素っ頓狂な声を出す。
「おわぁっ⁉」
え、え…………? え⁉⁉
束の間、私の身体はフリーズし思考も停止した。
その状態でカクンとベッドに横たわると、衝撃と嬉しさと感動が一度に押し寄せて私の感情をぐちゃぐちゃにする。
そして刹那、誰かに身体を乗っ取られたかのように、意思に反して両の足をパタパタパタと交互に蹴とばす。
しばしそうしていると、ふと我に返る。
んんっ、いけないいけない。
既読も付けてしまったし、早く返さないとよね。
うーん、そうねー。ここは無難にこんにちはのスタンプでも――送信っ。
あ、もう既読付いた。
そのまま続けて、文章も送られてくる。
『今、ヒマかな?』
私は返す。
『ええ。大丈夫よ』
『環美委員のことなんだけど、朝の水やり当番って来週からじゃなくて再来週からであってるよね』
なんだ業務連絡だったのね。
びっくりした。急に来るものだから何事かと思ったわ。
念のためスケジュール表アプリ開いて確認する。
『ええ、それで合っているわ』
『ありがとー、メモ取り忘れてて不安だったんだよねー。助かったー』
『そう。ならよかった』
『ねぇねぇ、芥生さんは今何してたの?』
その質問に私は戸惑う。
な、なにしてたって……
言えない。君と話したくて君のこと考えていたなんて……
ここは誤魔化さないと。
『今は、本を読んでいたわ』
『読書かー、いいねぇ』
なんとか悟られず、誤魔化せたみたいね。
でも……と私はふと思う。
な、なんだかこれじゃ……いつもと変わらないじゃない!
彼の問いかけに、ただ相槌を打つだけ……
ダメよこれじゃあ。
文字の中でくらい積極的に行くって決めたじゃない‼
そう意気込むと、勢いよく文字を羅列していく。
『そういう桔梗くんは何をしていたのかしら』
『僕はね、さっきまでテレビゲームしてた』
『あら、いいわね。ちなみにどんなゲームが好きなの?』
『んー色々やるけど、基本格闘ゲームとかFPSゲームとかかな』
ふーん、桔梗くんはゲームが好きなのね。
私はゲームってあんまりやったことないよね。
今度試しに遊んでみようかしら。
『芥生さんはゲームとか興味あるの?』
『そうね。少しだけ』
『え、ほんと⁉ じゃあ僕のオススメ紹介していい?』
『ええ、是非。そうしてもらえると助かるわ』
少し食い気味にそう返信する。
ちょうどそのことについて聞こうと思っていただけに私のテンションはさらに上がった。
『わかった。そうだなー。あー“大拳闘ストライクブラザーズ”なんてどうかな? ファミリーゲームだから取っ付きやすいしオススメだよ』
『あ、それなら聞いたことがあるわ。何世代もシリーズが続いているヒット作よね。試しに今度遊んでみるわ』
『うん。やってみて~楽しいよ』
私はクママスコットの『OK』スタンプを押す。
『そういえばずっと聞こうと思ってたんだけど』
『あら、何かしら?』
『芥生さんが、一番好きなお花ってどんなのかなって思って』
一番、好きなお花――言われてみれば考えたことなかった……
どんなお花でも素敵なとこがあるから順位をつけるのなんて難しいわね。
『一番好きなお花は……まだわからないの。どのお花も好きだから、一番は選べなくて』
いつか一番ができたらいいなと考えつつ、私は正直に答えた。
でも順位がつけられないなんて、本当に好きだと言えるのだろうか。もっと深く好きになっていればおのずと答えも出せるものなのかな…………
私の中には根拠もない不安感が漂う。
『そっか、一番が選べないなんて君は本当にお花が好きなんだね』
その一文を読んだ途端、ぶわっと目頭が熱くなる。
どうして彼の言葉はこうも暖かいのだろう。
どうしてここまで私の不安を和らげてくれるのだろう。
あの時憧れた彼は今も変わらずにここにいる。
そんな私の状況を露ほどにも気づいていないのだろう。
彼は無意識にこういうことができる。
そういう素敵な人なのだ。
その後も私たちは他愛もないやりとりを繰り返す。
その幸せな時間は、ぽかぽかと私のことを包みこみ、このままずっと続けばいいのにとさえ思う。
しかし、あっという間に時間は過ぎていく。
「ひなー? ご飯よー、降りてらっしゃーい」
階段の下から聞こえるその声はママのもの。
どうやらもう夕飯の時間らしい。
芥生くんにその旨を伝えると、先程から彼もお姉さんに呼ばれているとの事なので、解散の流れになる。
『あ、最後になんだけど……』
『ん? なにかしら?』
『なんといいますか……頼みというか、お願いがありまして……』
『ええ。聞くわよ』
『あのー……』
彼は例のネコスタンプで『コホン』と咳払いをすると、続けて――
『よろしければ時々でもいいので、昼休み……一緒にお弁当食べませんか?』
思いもよらぬその誘いに、一瞬困惑するも私の答えは当然のように決まっていた。
『いいわよ。ご一緒しましょ』
打った文字の冷静さとは裏腹に私の心中は舞い踊っていた。
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