第3話 翼賛(ヨクサン)
四月もそろそろ終わりを迎えようとしている。
そんなある日の休日。
僕は朝から部屋に籠もり、シングルベッドとテレビの間を行ったり来たりしていた。
僕の部屋は男子高校性にしては少し、らしさが欠けているかもしれない。
家具の殆どは黒を基調としたもので揃えられていて、シングルベッドとテレビのほかに本棚とテーブル、二人掛けのソファが置かれている。
強いて異質なものがあげるとすれば、ベッドで眠っている黒猫を模したマスコットの抱き枕だろうか。
実はこの子を抱えないと寝つきが悪くなるのだ。
そんなことより僕が今、抱えている問題だ。
「芥生さんになんてメッセ送ればいいんだあああああ」
僕は頭を抱える。
芥生さんとLINEを交換をできたまでは良かったが、あれから一度もやり取りはしていない。
特に用事があるわけでもなく、うまい口実も思い浮かばない。
おいおい、異性にLINE送るのってこんなにハードル高いのかよ。
今度はベッドに横たわって右向いたり左向いたり、とても落ち着いてなんていられない。
僕は比較的、友達も多いほうだと思うし、それなりに女の子と話すこともある。
それでも、女の子とのLINEのやり取りをするのは、芥生さんが初めてということもあり、中々勇気が持てないでいる。
もっとこうなんかないのか画期的なアイデアとか何か。
とは言え、せっかく交換できたわけだ。
何としても連絡を取り合いたい。
あわよくば、お近づきになれたら。グヘヘ。
んんっ、そんな妄想はさておき。
よし、やっぱりメッセージ送ろう。
悩んでいても何も始まらない。
行動あるのみだ。
と言いつつ、さっきからこれの繰り返し。
よーく考えろ。
いつなら送っても迷惑じゃないか。
出だしはまず挨拶? だよな。
そのあとうまく会話続くのか?
そもそも僕からの連絡って迷惑じゃないかな。
考えても、考えても埒が明かない。
頭の中はぐるぐると思考が渦を巻き。
くらくらと気を失いそうにすらなる。
このままでは本当に気絶してしまう。
思うや否や、ベッドから上体を起こす。
そして今度はスマホを手に取ると、再び部屋をウロチョロする。
しばらくそうしていると、突然ガチャッとドアが開いた。
「うあぁ、ま、ましろ‼」
「どしたん? 朝から騒がしくして~。何かあったん?」
そう言って部屋に入ってきたのは姉のましろ。
年齢は、僕の三つ上で今は女子大に通っている。ましろという清純な名前にそぐわない華やかな見た目で、髪は高校卒業と同時に染め今は明るい茶髪。まつ毛は跳ね上がり、目はぱっちり二重、唇や目じりなどは何やらキラキラと輝いている。服もまた露出が多く正直、目のやり場に困る。実はこれでも高校の時よりは落ち着いたのだが……。
僕は驚きのあまり硬直していた体の力を、ふぅと息を吐きながら緩める。
「もう、びっくりしたな。ノックくらいしてよ」
「え~、ノックならしたよ~。よっぽど考え込んでた感じ?」
「ま、ましろには関係ないから……」
姉弟仲はさほど悪くないのだが、だからこそどこか気恥ずかしい。
「え~ひっどーい。お姉ちゃんに聞かせてよ~」
ましろは僕の気持ちなど露知らず、ずいずいと詰め寄ってくる。
「ま、待って待って、まじでなんもだから」
「ふぅん…………」
ましろは何やら、手を顎に当てて考え込む。
そして、何かを閃めいたかのように「なるほど~」と呟く。
その反応にこそばゆいものを感じたので、直接問いただしてみることにした。
「な、なんだよ」
「いんやー? 最近のアオイくんなんか楽しそうだし~? 前以上に身なりにも気を使ってるぽいしょ~? やたらスマホ気にしてるみたいだし~? あ~そうそう、柄にもなく花の写真撮ったり調べたり~」
それはどれも図星だった。
いや、なんで花の写真撮ってるの知ってるんだよ!?
下校中とかで大体一人になった時の話だぞ? おかしいだろ。
まぁ、ここは嘘で誤魔化しとくか。
「いやいや、気のせいだって」
「それ嘘っしょ? アオイくんは嘘つくとき鼻が動くからわかりやす~い。で、どんなこ?」
即バレしたんだけど……
なんだその分かりやすい癖。
まったく知らなかったぞ……
道理で母さんにもましろにも、ついた嘘をいつも看破されるわけだ。
そしてこれも毎度のことだが、この姉は僕の話なんて聞いちゃいない。
こうなってしまったが最後。
僕が観念するまでねぇねぇと問い詰めてくることだろう。
僕は肩を落とし、はぁと大きめのため息をつく。
「わかったわかった。話せばいいんでしょ話せば」
まったくましろには困ったものだ。
姉という存在に弟はいつも振り回される。
なんとこの世の中は理不尽なのか。
とは言え、事のすべてを話すには、まだ心の準備もできているわけではない。
なんならそこまで話してやる義理もないし。
そこである提案を持ち掛ける。
「じゃあさ、ましろ。今度ちゃんと紹介できる時が来たら、そのとき話してやる」
「あーね、つまりウチに連れてこれる関係になるだけの自信はあるわけだ~?」
「お、おい。あくまでもしもの話ね。変な勘違いしないでくれ」
何を言うか、そんな自信あるわけなかろう。
大体、まだ友達とも言えない関係だぞ?
正直、現状はたまたま委員会同じになったクラスメイト程度。
時間をかけて少しずつお近づきになっていけたらなーという希望的観測。
しかし、それ故にこの場では時間稼ぎに有用。て算段なわけだ。
「ねーでも、それって好きな人がいることは認めるわけっしょ~?」
ましろはにやにやと僕を見つめる。
ま、まあ? この姉のことだし端から分かってて鎌をかけてるわけだし?
それも織り込み済みでの交渉なわけだから、今更別になんとも――
その思考とは裏腹に顔中から血が噴き出しそうなくらい、熱を帯びる。
思い浮かぶのは芥生さんの笑った表情。
「そ、そうだよ。好きな子…………いるよ」
ダァッ……なんかしてやられた気がするっ。悔しいぃぃぃ。
てか、改めて自分の気持ちを表に出すのって、こんなにも恥ずかしいのか。
「アオイくんってば~、そんなトマトみたいに真っ赤になってたら、こっちまで恥ずかしくなるっしょ~。
「う、うるさいうるさいっ。ほっといてくれーっ」
僕は慌てて両の手で顔を覆う。
「まったくぅぅううアオイくんは可愛いなあ」
俯く僕の頭をましろはわしゃわしゃと撫でてくる。
幼い頃と変わらぬその手つきに僕はむず痒い気分になる。
やめてくれ、いつまでも子ども扱いしないでくれ。
僕は頭上の手を振り払うと急かすように言う。
「は、はい。もう終わり。それ帰った帰った」
僕はましろの華奢な肩をつかんでドアの方へと押し出す。
「えー、そんな追い出さなくても~」
ましろは力を入れて踏ん張っているようだが、さほど重さは感じない。
「いいから、いいから」
あーだこーだ言っているが、構わずドアの目の前まで送り届ける。
「はい、は~い。今日はこの辺にしといてあげますよ~」
ようやく観念したのだろう。
ましろは大人しくドアノブに手をかけるとガチャと開けて部屋の外に踏み出す。
無下に扱ったからか、その背中には哀愁が漂う
いや、待てよ……?
ふと、思った。
これ、このまま帰したら、タダで情報を明け渡しただけにならないか?
そうだ。絶対そう。完全に僕が損しただけの男になる。
そんなの断じて許せるわけがない。
時々忘れそうになるが、ましろとて女性。
ならば利用しない手はない。
「あ、ましろ!」
「んあ?」
ましろは気が緩んだ間抜けな返事をすると振り返って僕を見る。
「あの……女の子とLINEする時の心得を教えてください………」
気恥ずかしさのあまり目を真っすぐ見ることができず、ぷいっと脇に逸らす。
途端にましろの表情はパァと明るくなる。
「ふふふ。そーね~、こういうものは男の子からまず積極的に行きなさい」
ましろは自慢げに、どこか誇らしげに答える。
「積極的にね……でもどんな話題を振れば?」
正直、ここが一番の山場。
いい感じに話を広げやすく、気兼ねなく話せて、なおかつ自然に打ち出せる話題など、そう簡単に見繕えれるのだろうか。
「それは、あなたにしかわからないことでしょう。まぁでも、一つアドバイスをするとすれば、気になったことを素直に質問してみたら? でも質問しすぎて尋問みたいになってはだめよ。ちゃんと興味を持って深堀してあげること」
助言をくれるましろの口調は普段のチャラけたりおっとりしたものではない。
とても頼りになる
この姉には時々こういうところがあるのだ。
弟のこととなると、いつも手を差し伸べてくれる。
今までにもたくさんこの姉に救われてきた。
ましろは間違いなく僕の自慢の姉だ。
そして受けた恩には結果として報いなければならない。
それが僕のモットーだ。
「わかったよ、ましろ。僕やってみる。今日はほんとにありがとう」
「はいよ~がんばりなよ~」
最後は普段通りの口調に戻っていた。
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